なにげないリバが矢野先輩をきずつけた

  大学に入学し、それなりにそつなくこなしていた私だけど、やはり自分を偽らずにいられる趣味のつながりは、生きていくのに必須だと気づいてしまったのです。

 

 それは、漫画研究会の部室で談笑していたときのこと。ここでは誰もが趣味に全力で心地よく、特に2年の矢野先輩とは、腐女子同士色々と話ができて、これから大学生活楽しくやっていけそうだなと思っていた、そんな矢先のことでした……。


 ◆◆◆


「そうは言っても私はソラ✕ガイだと思うのよね。普段ぶっきらぼうで邪険にしてるのにいざそういう雰囲気になると本気になっちゃって激しくインストール……待って無理ほんと尊いってオイィ!ってあれ?ちょっとみんな聞いてる?もしかして私だけ性癖暴露して暴走しちゃってドン引かれてる感じ?」


 その矢野先輩が、めちゃくちゃ甲高い早口で同期の男子たちに無理やり意見を求めている。


「いや、俺はそっち興味ないんで」


 一人が漫画を読みながら見向きもせず答える。


「格ゲーはちょっとわかんないっすね。あ、文江ちゃんこれ読んだことある?一巻のここがさ」


 私と話していた先輩も漫画を勧めるのに夢中で、軽くあしらう。


 流石にフォローしてあげたほうがいいのかな。確かに、矢野先輩はあまり人のことを気にせず話し続けちゃうところがあるんだけど。私もその組み合わせには一家言あるし、いくらでも話せるのは間違いない。


 でも、どうしよう。本当に大丈夫かな。だって私の解釈は――。


 そう。リバだったのである。


「ちょっと、みんな聞いてる?どうかな私の解釈を聞いた感想は?もう、最近みんな薄情でお姉さんは悲しいぞーっと」


 でも、違う意見を言い合うことで、お互い新しい世界が広がることもあるかもしれないし。よし、勇気を出して私の妄想を聞いてもらうことにしよう!そのために漫研に入ったようなものだし。


「矢野先輩、私は、ガイ✕ソラも面白いかなって思うんですよね」

 

「どういうこと?」


「ほら、普段は線の細い美形で優男の元”性騎士団長”なのに”本気を見せましょう”とか言っちゃって実際すごいモノを見せちゃうし、更に”突き合ってもらうぞ”みたいな?キャラ相性的には6:4で不利なんだけど夜になると逆転して、ちょっと油断して適当に技出すと”硬直”に”一撃必殺”がエレガントに確定しちゃったりするわけ」


 いけない、止まらない。しかもちょっと漢字間違えた気もする。あまり上手くはないけど、私もキャラクターが気に入ってそのゲームは少しやっていたことある。矢野先輩に負けないくらいの早口でまくし立ててしまった。


「ははっ、それ好きだわ!普段とのギャップがいいんだよな。っていうか君詳しいし面白いね!」

 

 そっちは興味ないはずの先輩が楽しそうに乗っかってくる。


「なんか俺も色々と文江ちゃんに教えてもらいたくなってきたな!」


 さっき漫画を勧めてきた先輩もやたら食い気味だ。でも、みんな私にだけそんなに楽しそうに話したら矢野先輩が……。


「ねえ文江さん、ちょっと私より顔が良くて胸が大きくて身長高くて絵がうまくてモテるからって、最近調子に乗ってるんじゃない?」


 その盛り上がりを見ていた矢野先輩の口調が急に険しいものになって、不穏な空気が漂い始めた。


「あ、ごめんなさい!私はただ、その、また違った可能性に気づいてもらえたらなって」


 どうしよう、傷つけるつもりはなかったのに。それに、私のことそんな風に見てたなんて、せっかく私の話に着いてこられる人と仲良くなれたと思ってたのに、ちょっとショックだ。


 でも、顔の好みは人それぞれかもしれないけど、確かに胸と身長と絵に関しては、うん、こればっかりはごめんなさいとしか言いようがない。



「しょうがないよ、実際顔が良くて胸も大きくて身長も高くて絵もうまいんだからさ」


 とそっち興味ない先輩。


「ほら、流石に本当のことだからってはっきり言ったら矢野が可哀想じゃん!」


 格ゲーわからない先輩も乗っかる。


「ムキー!覚えてなさいよあんたたち!」


 漫画の小悪党みたいなわかりやすい反応をして部室を出ていく先輩。迂闊だった。解釈違いには気をつけるべきだった。でも、自分の性癖きもちに嘘はつけないから、私はどうすればよかったの?


「文江ちゃんは悪くないよ」


「ごめんね、矢野のやつもさ、あんくらいで大人げないよね」


 みんなが優しいのはありがたいけど、やっぱり申し訳ないことをしたかも。

 

 こうして矢野先輩が抜けたあと、正真正銘漫研の紅一点になってしまった私でした。


 ◆◆◆


 それから、誰かと話すたびに、その人とまた他の誰かが勝手に仲違いするようになっちゃいました。


 けんかをやめて。私のために、争わないで――。


 うん、なろうのガイドライン的にはギリギリかも。


 そして、たまたまキャンパスでばったり会ったからランチに行ったらその人と付き合ってることになったり、メアド交換してメールを送れば、私がその人を好きなことになってたり。

 

  私は誰ともお付き合いするつもりは一切なかったのに、気づけば勝手に人間関係が崩壊し、人数はどんどん減っていき、最後に残った私以外の一人からの告白をお断りした結果、漫研はきれいさっぱり消滅したのです。


 そんなこんなで、大学生活一年目は悲しい結末を迎えたのでした。


 好きとか付き合うとかそういうのは求めていなくて、ただお友達が欲しかっただけなのに。


 こんな私でも、いつか幸せになれる日が来るのでしょうか?

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福田文江は腐女子である 矢賀地 進 @yagachi_susumu

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