第5話 幼馴染と昼食

「真央おはよー! ってあらら~」


 登校中。背後から聞き覚えのある声がして振り返ってみれば、やはり見知った相手だった。


 甘栗色のショートヘア。幼さの残る顔立ちに猫のように丸い瞳。笑った顔はまさにひまわりのひような可憐さで、そのあどけない笑顔に虜にされた男子も少なくない。

 身長は小柄で、体型はスレンダー。華奢という印象を抱かせるが、実際のところはそんなことはなく、肉体は陸上部で鍛え上げられた筋肉がしっかりとついている。

 

 同じ中学出身。加えて凛久にとっては同じ部活所属していた経緯もあり彼女との仲は腐れ縁と呼ぶのが最適で、真央にとっては大切な親友が彼女――倉山鈴くらやますずだ。


 鈴は朝から一緒に登校している凛久と真央を見つけると、にやにやと不快気な笑みを浮かべながら寄ってきた。


「朝から仲良く手を繋ぎながら登校とは熱々ですなぁ」

「羨ましいならお前もカレシ作れ」

「作れるもんならとっくに作っとるわい!」


 恋人繋ぎを指摘されて顔を真っ赤にしてしまっている真央に代わって軽口を叩けば、鈴は悔しそうに頬を膨らませた。

 その隙に真央が手を離そうとするも、凛久が固く握りしめてそれを阻む。

 離すつもりはないと悟った真央は、ぷくぅと頬を膨らませた。


「……りっくんいじわる」

「人に見られたくらいで離してたらキリがないだろ」


 ゆっくり関係を進めていこうとは思っているが、手を繋ぐくらいは積極的にしていきたい。

 これも慣れ、だと真央に言い聞かせて、友人の前でも恋人繋ぎは続行。


「いいなぁ。凛久は。こーんな可愛いカノジョが出来て」

「羨ましいか?」

「呪い殺したくなる」

「俺が死ぬと真央が悲しむけど」

「真央が悲しむ顔は見たくない!」


 親友思いな鈴は嫉妬と祝福の間でせめぎ合う。

 唸る友人と歩幅を合わせながら学校へ向かえば、その最中に他のクラスメイトたちともすれ違った。


「少しずつ慣れて、学校でも手繋げるといいな」

「えぇ。私にはハードル高いよ」


 真央は人見知りではないが消極的だ。キスの一件からも分かる通り、受け身なことが多い。

 それでも恋人繋ぎは真央の方からしてきてくれたので、少しずつその性格も改善していこうと努力しているのだろう。

 変わろうとしている幼馴染を尊敬しつつ、凛久は真央と会話を続ける。


「真央、今日の昼飯一緒に食べよう」

「いいよ。でも珍しいね、今日はお弁当なんだ」

「母さんは面倒だって作ってくれなかったから、自分で作ってみた」

「わっ。凄いねりっくん」


 お弁当作ったくらいで褒められるなんて子どもと思われているようで不服だが、彼女は凛久が面倒くさがりということを知っている。なので、その驚きは『よく朝早く起きてお弁当作れたね』という意味なのだろう。


「いつもは学食だけど、たまには真央と一緒に食べたいからな」

「なら明日は私が学食にするよ」


 そんな会話をしていると、


「二人だけで話しててずるーい! 私も混ぜて! そしてお昼一緒に食べさせて!」

「うん。鈴ちゃんも一緒だよ」

「勝手にしろ」

「アンタ、ホントッ真央以外には冷たいわよね!」

「真央は特別」


 と答えれば真央は嬉しそうにはにかんで、鈴はケッと唾を吐いた。


「真央が特別なのはアンタだけじゃないですぅ。私だって真央の唯一無二の親友ですぅ」


 ぐいっと真央を引っ張った鈴はそのまま腕に抱きつく。


「俺は真央の幼馴染で恋人だっ」


 今度は凛久がぐいっと真央を引っ張って、強く抱きしめる。


「私!」

「俺!」

「私!」

「俺!」


 お互いに思いを譲らず、真央を奪い合う。

 そんな犬猿の仲の二人の間に挟まれる真央は、目をぐるぐるさせながら、


「二人とも仲良くしてぇぇぇぇ」


 と涙目になりながら二人には届かぬ想いを必死に叫ぶのだった。 


 ***


「「いただきます」」


 朝の約束通り、昼食は凛久、真央、鈴の三人で食べることになった。


「うんうん。ちゃんとお野菜も入ってるね」

「おかんか」

「だってりっくん。好きなものばっか入れそうだから」


 開けた弁当箱をチェックする真央が満足げに微笑む。


「ほういえば、真央って料理できるのにお弁当は作ったりしないよね」


 一足先に弁当を食べ始めた鈴が何気なく問いかけて、それに真央はこくりと頷く。


「お弁当はいつもお母さんが作ってくれるからね」

「真央だけの手料理は美味いからな」

「むぅ。嫌な言い方。まるで私が加わったら不味くなるみたいじゃん!」

「実際中学の調理実習で塩と砂糖の分量間違えたろ」

「あん時はすんませんしたー!」


 ぱくっとブロッコリーを頬張りながら中学での黒歴史を暴露すれば、いつもは反抗的な鈴も机に頭を擦りつける。

 肉じゃがを作る授業だったか。その時に鈴が砂糖と塩の分量を間違えたのだ。その結果なんとも塩辛な肉じゃがが完成してしまい、凛久と真央、他一名を大いに困らせた。


「肉じゃが一口に対して白米四杯でなんとか中和できた辛さだった」

「だからアレは何度も謝ったじゃん! そうやって人の嫌な思い出掘り返すの凛久の悪い所だよ!」

「まぁまぁ、落ち着いて鈴ちゃん。りっくんも、鈴ちゃん反省してるんだから傷口に塩塗らないのっ」


 めっと怒られてしまった。


「ごめんな」

「素直かっ! ……真央の言う事なら聞くのホント何なのよ」

「真央を怒らせると怖いからな」

「いや、うん。そうだね」

「なんか妙な納得されてる⁉」


 そんなに怒ると私怖い⁉ と狼狽する真央に、二人は気まずくて視線を逸らす。

 本気で怒った真央はおそらく凛久しか見たことがないだろうが、言葉にはできない恐ろしさがあるのだ。

 表情はいつもと変わらないが目が笑っておらず、謝ろうとしても数日は話を聞いてくれない。ようやく謝ろうとすれば今度は氷よりも冷たい絶対零度の目を向けられながら相手が泣くまで倫理的に追い詰めてくる。

 謝る側が限界を迎えて大泣きして、ようやく謝罪が完了するのだ。

 怒った真央は世界一恐ろしい。触らぬ神に祟りなし、ではなく触らぬ真央に祟りなし、ということで知人の間では真央を怒らせるということはまずない。


「真央は怒る前にまず泣いちゃうからねぇ。それもあって怒らせづらいんだよ」

「あんま真央を困らせると俺が近づけさせないぞ」

「さらにその前にアンタがいるから余計にねっ!」


 真央あるところに凛久あり、ということも友人たちには共通認識になっている。


「アンタ、真央とそんなに一緒にいてキモイとか思わないの?」

「誰に向かって言ってたんだ。俺と真央は物心ついた時からずっと一緒にいるんだぞ。もう半身みたいなもんだ」


 煮卵を食べながら言えば、鈴は「……キモ」と遠慮なくディスる。


「鈴は平気なの? こんな幼馴染がくっつき虫でも」


 さらりと罵倒しながら鈴は真央に問いかけた。それに真央はしっかりと咀嚼し終えてから笑顔を浮かべると、


「うん。りっくんが一緒にいてくれると安心するから。それに、私もりっくんと同じ気持ちかな。小さい頃からずっと一緒にいるから、むしろりっくんがいない方が不安になっちゃう」

「ずっと隣にいるからな」

親友を差し置いて惚気るな!」


 真央と微笑みを交わし合っていると、鈴が悔しそうに涙を浮かべていた。


「勿論、鈴ちゃんも一緒にいてくれると安心するよ」

「真央ぉ! ホントに真央は世界一可愛いな!」

「それだけは同意見だ」


 鈴とは意見が合わないことが多いが、真央に対する意見だけは合う。

 食事中なので抱きつきたくても出来ないもどかしさに歯噛みする鈴は、キッと凛久を睨むと、


「アンタ、こんな可愛いカノジョ世界一大切にしなさいよ」

「言われなくともそうする。真央を守るのは幼馴染の役目だ」


 さも当然のように誓えば、二人の会話を聞いていた真央は真っ赤にした顔を両手で隠すのだった。

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