第4話 幼馴染とファーストキス
凛久と真央の家は隣同士だ。近所ではなく、隣。
「じゃあまた明日ね」
「…………」
「りっくん?」
真央の話に
そして手を振る真央が、無言でいる凛久に気付き小首を傾げる。
「りっくん。おーいりっくん。聞こえてますかー?」
「聞こえてるよ。フリーズしてた訳じゃなくてちょっと考え事してた」
「家の前で?」
家の前、だからである。
さてどうするか。
腕を組んでしばし思案する。
「(真央としたいなぁ)」
朝からそれを考えていた。しかしまだ恋人になって初日。初日でそれを済ませるのは如何なものかと悩む反面、付き合いの長さ的には熟年夫婦並みに相手の考えていることがなんとなく分かる関係値だ。
それに、真央も自分のことがずっと好きだったと言ってくれた。
ならば、少し勇気を出して提案してみてもいいのではないか。例え断られるとしても、自分にその
よし。
「なぁ、真央――キスしたい」
「…………」
大胆に告白すれば、真央は目をぱちぱちと瞬かせる。
五秒ほど時が経つと、真央はようやく「っ⁉」と顔を真っ赤にした。
「そ、それ家の前でするの?」
驚いたような声で言う真央に、凛久はこくりと頷いた。
「もちろん真央が嫌なら我慢する」
「うぅっ。りっくんずるい」
「なんで?」
蚊の鳴くような声で非難されれば、意味が分からず首を捻る。
そんな凛久に真央は真っ赤になった顔を両手で隠しながら言った。
「だってそれ、私がいいよ、って言ったらするってことでしょ」
「そうだな」
「私にとっても魅力的なお誘いなのに、断るっていう選択肢はないよぉ」
それはつまり合意ということでいいのだろうか。
まだはっきりと許可は取れていないのでどうするべきかと思案していると、
「家の前でするのはちょっと……」
「じゃあ、
この時間は、おそらく両親はまだ帰ってきていない。なので真央が懸念している『人に見られるかも』という状況はまずない。
「お家で、キスするの?」
「真央はどうしたい?」
潤んだ瞳に問いかける。
強行するのは気が引けるから、真央に選択肢を
「真央が段階を刻みながら進んでいきたいっていうなら俺はその意思を尊重する。真央のこと大切だし、傷つけたくない。でも、俺はめちゃくちゃ真央とキスしてみたいって思ってます」
「なんで敬語?」
「しょうがいないだろ。俺だってわりと勇気振り絞って言ってるんだから」
ぷっと拭いた真央と顔を赤くする凛久。
わずかに緊張が緩んだのか、真央の頬から硬さが消えると同時に答えもくれた。
「りっくんは本当に私に優しいね。――うん。覚悟、決めました」
「それって……」
「お家、少しだけ寄っていい?」
「それはオッケーってこと?」
「――――」
返事はない。けれど、潤んだ瞳に揺らがない意思が見えて、それが答えを物語っていた。
たぶん、恥ずかしくて言葉にはできないのだろう。それを悟ると、凛久は無言で真央に手を差し伸べた。その手を真央も無言で握ってきて、凛久はそれを合図に彼女を玄関まで連れて行く。
玄関の鍵を差し込んで施錠を解けば、扉がキィィ、と音を立てながら開く。
先に凛久が家に入って、その後に続くように真央が深呼吸をしてから入ってくる。
「「…………」」
閉じた扉を背にした真央に、凛久は迫るように距離を密着させた。
「やっぱり、お家に入って正解だったね」
「そうだな。外でしたら、子どもたちに見られたかも」
玄関から学校帰りの子どもたちの声が聞こえてきて、凛久は真央の提案が正しかったと苦笑をこぼす。
「ごめん。今、りっくんの直視できない」
「真央、顔真っ赤だぞ」
「見ないでぇ」
明かりは点けてないから玄関は薄暗い。それでも、真央が緊張しているというのはよく分かる。
昂まっていく心臓の鼓動。ドクンドクンと騒がしさを増していく。
「……真央」
大切な幼馴染の名前を呼べば、彼女はぎこちない笑みを浮かべた。
「あはは。緊張するね」
「よかった。一緒だ」
「りっくんも緊張してるんだ」
「めっちゃしてる。だって初めてだから」
「それも一緒なんだね。私もファーストキスだよ」
「有難いな」
「私、恋人としてすることはりっくんが全部初めてになるんだね」
「全部貰っていい?」
震える肩。少しでも恐怖心を和らげようと優しく触れながら問いかければ、真央は「はい」と微笑みながら頷いた。
「私の初めて、全部りっくんに貰って欲しいです」
「それは光栄だな。真央が全部くれるなら、俺の全部も、真央にやる」
「あはは。それは私冥利に尽きるね」
真央は可愛い幼馴染だ。
そんな可愛い幼馴染の全部をもらえるのだと思うと、幸せでたまらなくなる。
だからそのお返しに、凛久も彼女に全ての初めてを捧げるつもりだ。
このファーストキスをその始まりにしよう。
「言い忘れてたけど、俺、ちゃんと真央のこと好きだからな。今までも、ずっと好きだった」
「ふふ。じゃあ、私はずっとりっくんの『好き』を独り占めできてたってことだね」
「なにそれ。可愛すぎるんですけど」
そんなことを言われては、もう我慢できなくなる。
溢れる想いが止まらなくなって、それを早く伝えたいと焦燥に駆られる。
「――ぁ」
「するから。待ったなしだぞ」
「……うん」
ゆっくりと顔が近づいて、吐息が頬に触れる。
震えを和らげる為に乗せていた手を彼女の頬に添えれば、その瞬間は遂に訪れて――
「「――っ」」
甘い香りに、柔らかな感触。
幸せとわずかな切なさを伴うファーストキスは、数秒にも満たずに終わる。
離れていく唇にまだ残る互いの熱にうなされながら、真央は微笑んだ。
「ずっと大好きだよ、りっくん」
「俺も、真央のことずっと好きだよ」
十年以上掛けてようやく結ばれた恋慕は、このファーストキスを始まりにゆったりと加速していくのだった。
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