第6話 幼馴染と耐性


「ねぇ、なんでりっくんはあんなに恥ずかしいことが言えるの?」

「恥ずかしいこと?」


 帰り道。真央が前髪を揺らしながら顔を覗き込むようにして問いかけた。

 それに凛久ははて、と小首を傾げると、真央は「ほら」と頬を赤らめて、


「私を守るのは俺の役目だー、とか、真央は世界一大切、とか」

「どれも全部事実だから」


 照れもなく肯定すれば、真央は「それだよ!」とぽこぽこと腕を叩いてくる。

 べつに痛くもないのでやられ続けていると、真央は羞恥心に瞳を潤ませて言った。


「りっくん。前はそんなこと言う人じゃなかったでしょ」

「言わなかっただけでずっと思ってた。真央は大切な幼馴染で、今は恋人だから」

「恋人だからたくさん言うようになったの?」

「真央が可愛くなったから、言わなきゃいけなくなったって感じかな」

「かわっ……私、可愛いかな?」

「幼馴染贔屓なしでも普通に可愛いと思うぞ」


 自信がなさそうに声を落とす真央に、凛久は強く頷く。

 真央は可愛い。小さい頃からそれは変わらないが、あか抜けた感じがなくなって一気に少女から女性へと成長した気がする。まだ顔に幼さの面影こそあるものの、それも徐々になくなっていくと思うと少し寂しい。


「私、自分で言うのもあれだけど、地味な子だと思うよ」

「地味っていうより大人しい子だな。眼鏡取ってコンタクトにするだけで、真央は一段と可愛くなると思う」


 頬に触れながら言うと、真央はしゅぼっと顔を赤くした。


「りっくんは、オシャレした私見たい?」

「そりゃ見たい。でも、普段の真央見慣れてるし、どっちでもいい」


 化粧を施した真央はまだ見たことがない。正確に言えば二人で出かけるときにリップやアイメイクをしている姿は見たことがあるが、張り切ってオシャレしている真央とは出会ったことがない。

 まぁ、そんなことは凛久にとっては粗末な問題だ。化粧をしていようがいなかろうが、結局真央が可愛いことに変わりはない。


「りっくんが見たいなら、ちょっとだけ頑張ろうかな」


 凛久の思いとは対照的に、真央は心境の変化を見せた。

 彼女ももう高校生だ。たまに鈴や他の女子と化粧の話をしているのを聞くことがある。時々目を輝かせることもあったから、やはりオシャレ自体には興味があるのだろう。


「なら今度、デートするか」

「で、でーと!」

「なんで驚いてんの?」


 驚愕する真央に不思議そうに首を捻れば、彼女は「だって」と恥ずかしそうに顔を俯かせて、


「りっくんとお出掛けすることはよくあるけど、デートって言われたのは初めてだから」

「当たり前だろ。俺たちが付き合い始めたの昨日からだぞ」


 それまではただの幼馴染だったから、二人で出掛けてもデートとは呼ばないだろう。他者からはそう思われたかもしれないが。


「今週の土曜、暇か?」

「うん。私が基本予定空いてるの、りっくん知ってるでしょ」

「真央インドアだもんな」

「そういうりっくんの方が外出ないでしょ」

「休日は家でだらけるに限る」


 だから真央が心配して外に連れ出すのだが。

とはいえ真央も家で読書する方が好きなタイプだ。休日は二人で本屋に行って、買った本をそのままどちらかの部屋で読むのがルーティーンになっている。

しかし、今は凛久と真央は恋人なのだ。だから、せっかくなら恋人らしいことがしてみたい。


「じゃあ、土曜は一日予定空いてるってことだな」

「デートするの決定なんだね」

「嫌か?」

「ううん。りっくんが積極的に誘ってくれるの珍しいし、私もりっくんとデートしたい」


 真央からの同意も得たので、これで週末の予定が決まった。


「よし、恋人になって初めてのお出掛けだ。オシャレした真央、期待してる」

「えぇ、私だけ荷が重いよぉ」

「俺が着飾っても誰も得しないだろう」

「私がするよ」

「ならそれなりに整った格好で行くか。が、期待はするな」

「ふふ。だーめ。期待してます」


 くすくすとイジワルに笑う真央。これは彼女なりの意趣返しだと察して、凛久は苦笑い。

 そして二人、手を繋ぎながら夕焼けを見つめる。


「楽しみだね、デート」

「あぁ。どこ行くか」

「どこ行こうか」

「こういうのは男の俺が考えなきゃダメなやつか?」

「りっくんが考えてくれるの?」

「それで真央の微妙な顔見たくないしな。やっぱり二人で決めて行こう」

「ふふ。そうだね。私はそうやって一緒に歩いてきたんだし」


 変わるものもあれば、変わらないものもある。

 それを、幼馴染と恋人になって知るのだった。


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