第7話 幼馴染とデート


『りっくん準備できたよー』


 ぽこん、可愛らしい音がスマホから鳴って、覗いてみると真央からメッセ―ジが届いた。


「よし、行くか」


 ずず、とお茶を飲み干して、凛久は腰を上げた。

 椅子にぶら下げていたショルダーバッグを肩に掛ける最中、キッチンからひょこっと顔を覗かせた母親が「あら」と声を上げた。


「こんな朝早くから出掛けるなんて珍しいわね」

「ん。真央とデート」

「え今デートって言った⁉」


 そういえばまだ母親には報告していなかったと思い出して、凛久は嘆息。

 そんな息子の態度に母親は色々と察したのだろう。あはぁ、と不快な笑みを浮かべると、にじり寄ってきた。


「なに、アンタとうとう真央ちゃんと付き合い始めたの⁉」

「その話は帰ってからする」

「否定しないってことは確定でいいのね⁉」


 交際を認めたような言い方に母は大はしゃぎ。

 これは今夜は夕食が豪華だな(あるいは真央の家族と焼肉かもしれない)と母の高揚ぶりから推測しながら、凛久は気恥しそうに「行ってくる」とリビングを出た。


「真央ちゃんによろしくね~」

「ん」

「あそうそう、ホテルに行くならご馳走は明日にするから、その時は連絡頂戴ねっ」

「ホッ⁉ ……俺と真央はまだそんな進んでない」

「なら今日大人の階段進んできなさいよ」


 なんでこの母親は息子に不純異性交遊を推奨してくるのか。

 はぁ、と呆れた風にため息を落としながら凛久は母親を睨むと、


「真央の両親と変な画策するなよ?」

「向こうも孫の顔は早く見たいと思うわ!」

「行ってくる!」


 付き合ってられん! と顔を赤くしながら凛久はリビングを去る。


「……何が孫だ。まだキスしかしてないってのに」


 ホテル。孫の顔……母親との会話のせいで、邪な妄想が勝手に働いてしまう。

 これから真央と会うのに変な目で見てしまうではないか。

 そりゃ、凛久だって真央と〝したい〟という欲求はある。しかし、それで真央を傷つけては元も子もない。大事なのは自分の欲望より真央の意思。そう言い聞かせながら、廊下を渡って玄関で靴を履く。

 真央は消極的で受け身だから、余計凛久がしっかりしなきゃいけないのだ。

 押し切ればワンチャン……


「ふんっ!」


 邪な思考が過った瞬間、凛久は思いっ切り自分の頬を叩いた。

 今日はただのデート。してもキスしかしない。それ以上は、今回は絶対に起こさない。


「――ふぅ」


 深く息を吐いて、思考を切り替える。

 ガチャ、と扉を開ければ、凛久は家の前に立っている少女を捉えた。

 一瞬誰かと思ったが、けれど横顔を見てすぐに気づく。

 普段とは明らかに雰囲気の違う彼女に思わず見惚れてしまっていると、玄関の閉じる音が聞こえた彼女はこちらに振り向いた。


「あ、りっくん!」

「真央」


 ぱぁ、と凛久を捉えた真央が満開の笑みを咲かせる。

 どうやら朝が弱い凛久を心配して迎えに来ようとしたらしい彼女は、笑顔を魅せながらトタトタと駆け寄ってくる。


「よかったぁ。ちゃんと朝起きれたんだね」

「真央と初デートなのに寝坊なんかする訳ないだろ」


 偉い偉い、と子どもを褒めるみたく真央が頭を撫でてくる。

 それをそっと払いながら――オシャレした真央を凝視する。

 そんな凛久の視線に真央も気づいて、体をもじもじさせながら聞いてきた。


「ど、どうかな」

「めっちゃ可愛い」


 真央はいつも可愛いが、今日の真央は一段と可愛かった。

 綺麗な黒髪はいつものポニーテールからクラウンハーフアップへ。黒縁眼鏡もコンタクトに変えてくれて、唇も普段は保湿用のリップを塗っているが、今日は女性らしさを強調する口紅が塗られていた。

 これだけで真央が今日のデートに力を入れてくれているのが伝わったが、洋服もいつもと違う。

 白のブラウスにダークピンクのハイウエストスカート。靴は目的地に合わせて動きやすくも可愛いピンクのヒール。


「約束通り、オシャレしてくれたんだ」

「りっくんと初めてのデートだもん。気合い入れなきゃ、女の子としてダメな気がしたから……わっぷ」


 驚いたような声音が上がったのは、凛久が何の予備動作もなし真央を抱きしめたから。

 りっくん、と胸の中から驚いた声音が上がって、凛久は抱きしめた理由を吐露する。


「ごめん。真央が可愛すぎて我慢できなかった」

「そ、そんなに可愛い?」

「倉山に今日の真央見せつけたいくらいには可愛い」


 真央大好きな鈴が今日の真央を見たらきっと涎を垂らすことだろう。後で写真送りつけてやろうと悪戯心を覗かせながら、凛久はオシャレしてくれた真央をぎゅっと抱きしめる。


「りっくん。いつまでもこうしてると、おばさんに見られちゃうかもよ」

「母さんにはもう真央と付き合ってること言った」

「言っちゃったんだ」

「ダメだったか?」

「ううん。私も、今日お母さんになんでそんな気合入れてるのって言われて……りっくんとデートするって言っちゃったから」

「なんだ。真央も同じか」


 どうやら、真央も同じタイミングで親にカミングアウトしたらしい。

 ここまで行動が似ると兄妹みたいだな、と苦笑しながら――ふと真央から漂う匂いに眉根を寄せた。


「……甘い香り。香水?」

「うん。かけてみたんだ」

「真央が香水かけるなんて珍しいな。初めてじゃないか?」


 うん、と頷いた真央は、それから上から目線で尋ねてくる。


「嫌じゃないかな」

「もっと抱きしめたくなる」

「りっくん⁉ これ以上は私が限界だよ⁉」


 髪型が崩れないよう意識しながらより強く抱きしめれば、先に限界が訪れた真央が顔を真っ赤にしながら背中を叩いてくる。

 名残惜しいが柔らかな体から腕を離せば、まだ頬に朱みが残る真央が上目遣いで言う。


「……それじゃあ、デート、しよっか」

「あぁ。今日は二人で、めいっぱい楽しもう」


 ゆっくりとお互いに手を伸ばして、触れた指先を一つずつ絡めていく。

 そして五指が余す事なく絡まれば、離さぬよう強く握りしめ合って歩き出していく。


「――あ、そうだ。言い忘れてたけど、今日のりっくん。ものすごくカッコいいよ」

「ありがとな。可愛い真央の隣に立つんだから、俺もそれなりに身だしなみは整えないと」

「ふふっ。りっくんのそういう考え、私大好き」

「大好きとか言われると、また抱きしめたくなるな」

「い、今は絶対だめ! 腰ぬかしちゃうかも!」

「むぅ。名残惜しいが後で抱きしめるとするか」


 今日は幼馴染と恋人になって初めてのデート。

 それは始まりから幸せを体感させるのだった。


 ――――

【あとがき】

最近またウマ娘のゲームにハマりました。なので更新休むかも。


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