第8話 幼馴染と動物園


 幼馴染との初めてのデート先は『動物園』を選んだ。

 水族館や遊園地といった定番も捨てがたかったが、最終的に動物園になった理由は『見て・触れて・楽しめる』の三つが決めてとなった。

 それに真央が動物好きで、凛久も真央ほどではないが動物好きなので初デート先としてはうってつけの場所だ。凛久としては真央が喜ぶのなら何処でもいいのだが。

 そんな訳でやって来た動物園は――凛久の想像以上に楽しめていた。


「見てみてりっくん! パンダだよ! パンダ! はぁぁ可愛いねぇ」

「そうだな」


 ガラス越しのパンダにすっかり夢中の真央が目をキラキラさせていた。パンダよりもそんな真央の方が可愛いと思いながら、凛久はパンダを見る彼女を見つめる。


「ふふ、あんな風にごろごろして、まるで休みの日のりっくんみたい」

「俺あんなにだらけてるか?」

「うん。りっくん、ベッドの上でごろごろしながらよく漫画読んでるでしょ」

「痛い所突くな真央は」


 くすくすと笑う真央に、凛久は思わず苦笑い。


「はぁ、可愛いねぇ」

「笹食ってるだけでモテるとかずるいよな。でも、タイヤの上で遊んでるのは男の俺でも可愛いと思うわ」

「だよねぇ。癒されるよねぇ」

「……こっちの癒し効果も半端ないな」

「? 何か言った?」

「なんでも」


 そんなに近いとガラスに鼻息当たるぞ、と素っ気なく言えば、真央は恥ずかしそうに少し距離を取った。


「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな」

「いいんじゃないか。子どもみたいで可愛いぞ」

「もうっ。りっくんのイジワル!」


 にしし、と笑えば、真央はぽこぽこと腕を叩いてくる。

 それから真央は潤ませた瞳を上目遣いで向けて、


「りっくんだって、今日はすごくはしゃいでるくせに」

「よく判るな。あんま顔に出てないと思うんだけど」

「何年りっくんの幼馴染やってると思ってるの。判るに決まってるでしょ」

「流石は幼馴染」


 凛久は感情が表情に出ることが少ないが、ずっと付き合いのある真央にはその変化が分かるらしい。だから、凛久の胸がいつも以上に心躍っていることも彼女はお見通しらしい。

 真央と初デート。こんなにも可愛い幼馴染と今日はずっと一緒にいられるのだ。心が躍らない方が無理だ。

 しかしそれは胸の奥底に秘めておいて、


「パンダはもういいか?」

「りっくんが飽きてないならもうちょっと見たいな」

「真央が満足するまで見てていいよ。俺はパンダより、はしゃいでる真央見てる方が楽しいから」

「もうっ! もうっ!」


 真央がまた顔を赤くして腕をぽこぽこと叩いてくる。痛くないからやられっぱなしで、凛久は可愛い反応を見せてくれる幼馴染に思わず笑ってしまう。


「りっくん。恋人になってからイジワルになったと思う」

「たしかに前より遠慮はなくなったかも。恋人になったから、真央ともっと距離を縮められることが嬉しいんだなたぶん」


 十年以上の幼馴染といっても、真央は女の子だ。両親から「真央ちゃんを大切しなさい」と躾けられて育ったので、手を繋ぐことはあっても過剰に触れることはなかった。

 しかし、今は恋人なのだ。

 今の自分は、真央に幼馴染の距離感より、恋人としての距離感を求めているのかもしれない。


「真央が大切だから一気に距離を詰めることはないけど、でも、覚悟して」

「――――」

「十年以上、真央のことが好きだったんだ。その想いが溢れて止まらなくなるかもしれないから、ちゃんと受け止めてな」


 賑わう周囲の喧噪の中で、凛久は真央へ宣言する。

 それを聞き届けた真央は、戸惑いと喜びを瞳に宿しながら、


「り、りっくんの想いを受け止めきれるかは分からないけど、でも、頑張ります」

「なんで敬語?」

「だ、だって! 急にそんなこと言われちゃったから!」

「時と場所は選ぶべきだったか」

「自覚あるならそうしてよ⁉」

「言ったろ。溢れて止まらないんだって」


 真央は好きな気持ちは物心ついた時から変わらない。

 彼女への〝恋心〟が結ばれた瞬間から、もう手遅れなのだ。


「まぁ、今は他にお客さんいるしこれくらいにしておくか」

「うぅっ、これから先が思いやられるなぁ」

「気楽に受け取ってくれればいいよ。ほら、それよりもパンダ、まだ見るんだろ」

「りっくんのせいでパンダに集中できなくなっちゃったよ」

「そりゃ残念。なら次行くか」

「うん」


 見たかったらまた戻ってくればいいだけの話だ。

 それに、パンダばかりに真央の意識を取られるのも面白くない。

 動物相手になに嫉妬してるんだと呆れられるかもしれないが、凛久にとっては真央の一番はやはり自分がいいのだ。

 そんな自分が居たことに驚きながら、凛久は真央の手を引いて次に向かうのだった。


 ***


 パンダの次はレッサーパンダ。

 またパンダかよ、と思うが、真央が見たければ文句などないし受付もしない。それにレッサーパンダも滅茶苦茶可愛い。


「あぁぁ、可愛いねぇ!」

「はは。興奮してんなぁ」


 時間経過とともに興奮度合いも増していく真央。こんなにテンション上がってる真央を見るのも久々な気がした。

 まぁ、真央がこうなるのも当然といえば当然か。


「パンダとレッサーパンダどっちが好きなんだ?」

「そんなの決められないよ! どっちも可愛いんだもん!」


 りっくんはどうなの、と逆に聞かれてしまった。


「レッサーパンダの方が好きだな。パンダと違って小さいし愛でやすそう」

「えぇ、それだったらパンダの方が抱きしめられるよ」

「むむ、それは迷うな」

「あはは。りっくんも可愛いの好きだよね」

「可愛いもの、というより動物が好きだな」


 まぁ、真央には負けるが。

 真央がどれくらい動物好きかといえば、スマホに『癒し系動物』というフォルダが作られているくらいには好きである。しかも【猫・犬・その他】と動物の種類ごとにフォルダが分けられている。

 ちなみに、凛久が一番好きな動物はカワウソだ。将来的に飼おうかも検討中。


「また猫カフェも行くか」

「猫カフェにレッサーパンダはいないよ」

「知っとるわ。真央、家でペット飼ってないから遊びに行こうってこと」

「やった。じゃあ今度猫カフェ行こうね」


 真央がペットを飼わない理由は単純で、別れが悲しいから。

 猫や犬より人間の方がどうしても寿命が長いから、その最後を見届けることになってしまう。真央はそれが嫌でペットを飼わない。


「……真央、これからも俺が隣にいるからな」

「どうしたの急に?」


 ぽつりと呟いた言葉に真央が不思議そうに首を傾げる。そんな彼女の頭に手を置いて優しく撫でながら、凛久は微笑みを向けた。


「なんでもない。ただの独り言だよ」

「変なりっくん」

「ほら、レッサーパンダの動画撮らなくていいのか? 今丁度笹食ってるぞ」

「ほんとだ! これは動画撮らなきゃだね! 後で鈴ちゃんにも送ってあげよー」


 将来。もしかしたら真央と〝そうなる〟可能性があるかもしれない。そうなったら、動物好きな彼女の為にペットを飼おう。

 犬でもいい。猫でもいい。欲を言えばカワウソがいいが、真央が喜ぶならどんな子でも大歓迎だ。何なら全部飼えばいいだけの話。我が家は動物園か。

 そんな風に自分の考えにツッコミながら、凛久はレッサーパンダに夢中な幼馴染を見つめる。


「……俺にとっての幸せは、やっぱ真央が笑ってることだな」


 目をキラキラさせながらレッサーパンダをスマホに残している真央を見つめながら、凛久は幸せそうに微笑んだ。


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恋人になった幼馴染とただイチャイチャするだけの話。 結乃拓也/ゆのや @yunotakuya

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