第2話 幼馴染と願望
「えー! やっと凛久と付き合い始めたんだ!」
「うん。今日告白されたの」
「うえ今日⁉」
前の席から自分の話をされている気がする。
微笑む真央と目を剥く同級生を、凛久は顔を
「聞いたぞ凛久! お前、ついに桜島さんと付き合い出したんだって⁉」
「……その話をする前に、まずこのウザい腕をどけろ」
危うく飛び出しそうになった心臓を抑えながら凛久は友人――
彼とは中学の頃からの付き合いだ。クラスも2年生の時から同じだったから、こうして新顔ばかりの教室でまだ距離感を図っている他者と違い、こんな風に初日からフランクに絡んでくる。ちなみに、真央と今話している女子――
飄々としていて楽観的な時也。だから凛久の鋭い双眸に臆することもなくさらに脇腹まで突きだした。
「お前、あれだけ桜島さんとはただの幼馴染だー、って言ってたじゃん!」
「確かに言った。でもそろそろ付き合うにはいい頃かなと思って告ったんだよ」
「なんだよそれ! ちょー軽い理由じゃん!」
「俺も告白して軽いなと思った。それにオッケーする真央も真央だけど」
「マジ羨ましいわ」
悔しそうに唇を
「くっそー。そんな軽い理由でオッケーもらえるなら俺もしておくべきだったなー」
「やめとけ。そんな軽い気持ちには応えない」
「なんだよ、その俺は特別だから感は!」
「実際特別だ」
「シンプルにうざっ⁉」
真央にとって、凛久は幼馴染だ。それも十年来の。お互いの良い所、悪い所も知り尽くしている仲なのだ。真央があんなに軽い告白に頷いたのも、おそらく既に彼女も決心がついていたのだろう。故に、最初から他者の介入など一切入る余地なんてなかったのだ。
「まお前、中学も誰とも付き合わなかったもんな。告白されてもなんか違うって理由で」
「思えば最初から、付き合う相手は真央以外に想像してなかったんだろうなぁ」
「それでよく今まで告白しなかったもんだ」
「中学はお互い部活で忙しかったから。特に真央」
「まぁ、桜島さん吹奏楽部だったもんな。練習ハードってよく聞くわ」
凛久たちの中学校は生徒たちに『勉学だけでなく多様性を身に着けて将来に対して視野を広げて欲しい』という学校方針で部活動の参加が義務付けられていた。
凛久はサッカー部とバスケ部は練習がハードそうだからという理由で却下し、野球部は全員ボーズだったから思案することなく選択肢から外し、剣道部は竹刀はカッコいいけど胴着が重いという理由で候補から消し、必然的に残った陸上部を選んだ。
真央は運動に自信がないからという理由で吹奏楽部に入部したが、いざ飛び込んでみれば過酷な毎日の幕開けだった。運動部並みのランニングに筋トレ、オフの日がろくにない練習漬けの日々。一年目の時は「もう辞めたい」と弱音を吐きながら凛久に泣きついたのを今でも覚えている。それでも真央は頑張り続け、三年生の時にはコンクールで金賞には届かなかったが銀賞を獲得した。
「真央が頑張れたから俺も中学は部活頑張れた」
「お前足速かったもんな。最後の地区総体で二位獲って此処でも部活に誘われてんだろ?」
なんで入んないんの? と首を傾げる時也に、凛久は机に肘を乗せて答えた。
「真央が高校は部活入らないっていうから」
「お前の行動基準って昔から桜島さんだよな」
時也の言う通り、凛久の行動基準は真央がやるかやらないかだ。
真央が部活に入るなら凛久も部活に入るし、真央が帰宅部なら凛久も帰宅部になる。前は逆だったはずなのに、今ではすっかり凛久の方が真央優先になってしまった。
「このまま真央に選択肢を委ねるってのも悪くない」
「それ男してみっともなくない?」
「真央は抜けてる俺も好きらしいから、変に見栄張ったりしない」
「んだよ惚気やがって! ずるいぞチクショウ!」
「お前が部活入らないのは中学できなかった青春する為だもんな」
「そうだ! 俺は華の高校生活をカノジョと一緒に満喫するんだ!」
と瞳にまだ見ぬ恋人を思い浮かべて闘志を燃やす時也。
そんな時也に凛久は誘われた眠気に抗うことなく机に突っ伏しながら
「頑張れ~。友人として一ミリは応援してやる」
「チッ。幼馴染と恋人になったからって浮かれやがって」
「悪いな先にカノジョ作っちゃって」
「死ね!」
時也が悔し涙を流す。
お互いに彼女いない歴=人生だったが、残念ながらそんな哀れな人生は今日で卒業だ。
ぐったりと机に体重を預けながら、凛久は真央を見る。
「(俺は中学の時誰とも付き合わなかったけど、真央も誰とも付き合わなかったな)」
きっと、真央も凛久と同じ思考だったのだろう。付き合うなら凛久と。なんて想像は流石に
凛久はそうでもないが、真央はモテる方だと思う。明るくお
中学の頃はそれが原因で疎まれたりもしたが、今真央と話している女子、倉山鈴と他数名が真央を守ってくれたので問題に発展することはなかった。無論、凛久もその一人に含まれている。
やはり人生平和が何より、と楽しそうに笑っている真央を見ながら思っていると、邪魔な顔がその光景を遮ってきた。
「友人と話してる最中だってのに、なによそ見してんだよ~」
「真央見てた」
楽しそうに笑っている真央を拝んでいる最中だというのに時也のムッとした表情が割って入ってきたので、腹いせに両目に指を突っ込めば「ぎゃー!」と悲鳴が上がった。
「もうちょっと友達を大切にしろよッ」
「笑ってる真央見てるんだからその邪魔すんな」
「凛久ってそんなに桜島さんのこと好きだったっけ?」
「好きだから見てる訳じゃない。真央の笑ってる顔が好きだから見てるんだ」
時也は何言ってんだコイツ、と首を捻る。
他人は理解できない感情だろう。なにせ、そこに恋愛感情はないのだから。あるのはただ純粋な幸福。真央が笑ってると、胸が満たされる気持ちになるのだ。
あいつは泣いてる顔より笑ってる顔が似合う、と胸中で思っていると、時也がやれやれと深くため息を吐いていた。
「いいですなぁ。その幼馴染だけが知り得る感情ってやつ」
「こればかりは幼馴染の特権だな」
「そこに恋人補正も加わってるだろ」
「どうだろ。恋人にはなったけど、別に今までと特に変わらない気がする」
一応、幼馴染から真央の恋人にはなった。
が、恋人らしい変化や進展は未だない。今日の、それも今朝から付き合い始めたのだから当たり前かもしれないが、それにしたってぎこちなさや恋人になってすぐにありがちな見ている側が照れてしまうような甘酸っぱさなんてものはなく、他愛もないが心地よい会話を続けていた。
でも一つだけ、明確に変わったことがある。
それは、
「……真央とキスしたいなぁ」
「教室で堂々と呟くなよ友人よ」
凛久に訪れた心境の変化を、友人は大いに呆れながら聞いていた。
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