私の大好きな人が、今夜もいい夢を見られますように。

青山海里

私の大好きな人が、今夜もいい夢を見られますように。

「ゆず、コーヒー飲むけどゆずも飲む?」


「うん。ありがとう。優作さんの淹れてくれるコーヒーはいつも美味しい」


 毎晩八時頃になると交わされる私たちのこの会話。どんなに忙しくても、どんなにけんかをしていても、毎晩のこの時間を私たちはとても大事にしていた。結婚生活が何年続こうとも、それは変わらない。


「今日ね、優作さんが貸してくれた本、全部読み終わったよ」


「早いね。どうだった?」


「やっぱり優作さんのセンスいいなって思った。私ああいう、あのカフェのマスターみたいなすべてを悟ってる系の登場人物が出てくるお話だいたい好きなんだよね。なんか心が落ち着くっていうか。あの人、ちょっと優作さんっぽいなって思った」


 はい、どうぞ。と、淹れたばかりのコーヒーを優作さんが私の前に置いてくれる。何度嗅いでも飽きることのない、優しい香りがふわっと鼻腔をつく。優作さんが淹れてくれたコーヒーは、やっぱり今夜も美味しかった。


「僕に似てるかな…。でも僕もあの人好きだから嬉しい。あ、僕もゆずから借りた本読み終わったよ。会社の帰りの電車で読んでたんだけど、ウルっときて本閉じちゃった」


「優作さん涙もろいもんね。なんか昨日もテレビ観て泣いてたでしょ?」


「え、泣いてない泣いてない。というか、ゆずのこと起こしちゃったんだね、ごめんね」


「そりゃ起きるよ!なんかグスグス音したから何かと思ったら優作さん泣いてたから、びっくりした。会社でヤなことあったのかなって思ったけど、テレビ観たらワンちゃん出てたから、あぁーって納得した」


「だから泣いてないよ。でも今度からはもっと静かにしとくね」


「いいよ、別に。私、優作さんのそういうとこ嫌いじゃないよ。おじさんが泣いてるのってなんかかわいいし」


「おじさんって言わないでよ。僕、年の差結構気にしてるんだから」


「なんでよ?優作さんはおじさんでも、かっこいいおじさんだよ。イケオジってやつ。私の自慢のおじさん」


「何度もおじさんって言わないでよ。あ、コーヒーのお代わりいる?」


「ううん、ありがとう。ちょっと早いけどもう寝ようかな」


「そっか、明日始発だもんね。僕も寝ようかな」


「えー、優作さんはまだ起きてていいよ。テレビとか見てなよ」


「僕もゆずと一緒に起きたいから」


「うふふ。じゃー、寝るかー!」


 

 こうやって、私たちの毎日は静かに終わっていく。私は二十三歳、優作さんは四十八歳。二十五個の年の差があったって、私たちは立派な夫婦だ。



 ベッドに入ると、優作さんは決まって私の頭を優しく撫でてくれる。怖い夢を見るのが嫌だといった私に、僕が悪い夢を追い払うよとこの人は言ってくれた。


「優作さんー」


「なに?」


「おやすみ。いい夢見てね」


「ありがとう。ゆずもゆっくり休んでね」


 どんなにつらいことがあった日も、家に帰れば私はこの人に守られている。その安心感が、いつも私を包んでくれる。


 私の大好きな人が、今夜もいい夢を見られますように。


 誰に言うともなく心のなかでそうつぶやくと、私はそっと目を閉じた。


 


 


 




 

 



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私の大好きな人が、今夜もいい夢を見られますように。 青山海里 @Kairi_18

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