第34話『もう、立派な戦士になっているよ』

「本当にごめん。今日はアルマがやりたいようにやっていこう」

「大丈夫大丈夫。お願いしているのは僕の方だし」


 昨夕、完全に陽が沈んでしまう前に宿へ戻ることができたが、裏庭には当りをしっかりと照らしてくれる明かりがなく、ほどんと稽古ができなかった。

 だから今、昨日同様の時間に裏庭で集合している。


 それにしても現実世界もこの世界も朝は変わらないな。

 少し湿っている感じはするが、半袖でも気持ちの良い温度感で、深呼吸すると美味しい空気と草や土の匂いが体に染み渡る。

 心地良い朝とはまさにこのこと。


「というか、逆に昨日の夕方にやった時間は短くて助かったよ。体のあちらこちらが痛くって」

「あー、確かにそれはあるかもな」

「自業自得ではあるんだけどね」

「そればっかりは慣れるしかないからなぁ」

「だよねー」


 いわゆる筋肉痛。

 つい数日前だというのに、なんだか懐かしさを覚える。

 俺達も、情けないほどに貧弱な体だった。

 あの疲労感、あの筋肉痛、あの挫折感。

 レベルが上がってステータスが上昇していくにつれて、それらは感じられなくなってはいるが、たぶんまだ数百メートルを全力で走ったらバテるだろう。


 ということは、まだ確定ではないがこの世界の人間は、ステータスというものを所持していない可能性がある。

 一般人と冒険者に違いがあるかもしれないし、俺達と同じくなんらかの手段でステータスを保有している人がいるかもしれない。

 だから、もしも対人戦になったとしたら絶対に気を緩めてはいけないな。


「それで、本当に良いんだな?」

「うん、お願い」


 正直、物好きがすぎると思う。

 アルマは、今回の稽古で自分を痛めつけてほしいらしい。

 いや、直球でそんなドM発言をしたわけではなく、本番を想定した戦闘を経験したい、というものだった。


「確かに、優しい練習を積み続けても慣れないしな。痛いから、覚悟はするんだぞ?」

「う、うん」

「若干引け腰だな」

「うん。今まで、殴られたり叩かれたりしたのは、父のげんこつぐらいだから……正直に言ったら、恐怖心は拭えないね」

「気合だな」

「はは……もう少し、良さ気な助言がほしいところだよ」

「さて」


 俺は左足と左腕を前に、右足を後ろに右手を下げる。

 盾を少し前に、剣は下向きに。


「全力で来い」

「行くよっ!」


 昨日の今日ですぐに変わることはなく、正面から上段の攻撃。

 このまま盾で受け流すこともできるが、しかし実戦を想定したということなら。


「え、ぐっ」


 アルマは盾で受け流されるか弾かれるか、を想定していただろうが、俺は木刀に盾をぶつけ、勢いそのままに顔面に叩き込んだ。

 全身以外に意識が向いていなかったからか、アルマは踏ん張ることができず、足だけを残して後頭部を地面へ強打してしまう。


「いったー! いいいいいいいいいい」

「大丈夫か」

「痛すぎるーーー!」


 まあ、痛いだろうな。

 走っていたら、いきなり視界外から顔面に看板が当たった、ぐらいには痛いだろうし、勢いそのままに後頭部を強打しているんだから、痛みを想像しただけでも顔をしかめたくなる。


 これはさすがに一旦休憩――。


「次、お願い」

「大丈夫か?」

「視界が揺れているような気がするけど、まだできる――から」

「わかった。いつでも来い」


 見上げた根性だ。


「はぁっ!」


 次は突き。

 右足を前に出すと同時に、右手に持つ剣を前に突く。

 この攻撃は槍を使う人がよく使う攻撃手段であり、一撃の距離を伸ばすためのもの。

 それであれば、さっきと同じカウンターは来ない――よく考えた一撃だ。


 しかし。


「え! いった!」


 俺は半歩右に移動し、攻撃を回避した後に盾で剣を地面へ叩き突ける。

 勢い良く弾かれた木刀はアルマの体が開くように吹き飛ぶ。

 つまりアルマは今、丸腰で俺に体を開いているということだ。

 左手は後ろに置いているため、盾での防御は間に合わない。


 そして俺は、そのガラ空きになったアルマの腹部へ、半円を描く最終地点にて木刀をねじ込んだ。


「っ、――ぁ、――」


 アルマは全てを投げ出して地面に倒れ込み、体を丸め込んでいる。

 呼吸を必死に行おうとしているが、完全に呼吸困難状態。

 漏れ出す声はその苦しさを物語っていた。


「ごめん。少しやり過ぎた」

「っ――はっ――ぁ」


 本当に悪いと思っている。

 レベルアップの恩恵のせいだろう、昨朝の感覚そのままで打ち込んでしまった。

 ステータスアップによって、どれぐらいの攻撃力が上がっているのかわからないが、少なくとも昨日よりは強くなっているのだから、加減を考えなければ今のようになってしまう。

 感覚に慣れなければならないが……レベルアップの度に感覚がズレるっていうのはなかなか難しいな。


「こ、こんなに痛いんだね……」


 腹部を抑えたまま、膝を突いて丸まっているアルマは苦しそうな声で痛感している。


「もう少し加減を考えるよ。ごめん」

「で、でも、こんな危険と隣り合わせで戦っている、冒険者の人達って本当に凄いね」


 アルマはやっと呼吸が整ったのであろう、あぐらをかいてお腹を抱えている。


「まあ……そうだな」


 まさか俺達だけステータスというものを持っている、なんてことは言えない。


「でも、まだ続けたい。お願いできるかな」

「俺は大丈夫だが、本当に大丈夫か?」

「だって、次からはもう少しだけ手加減してくれるんでしょ? それに……僕はただ護られるだけは嫌なんだ。大切な人達は危険な時、戦えないなんて絶対に嫌だ」

「そうか」


 アルマお前――もう、立派な戦士になっているよ。


「まだまだ始めたばかり。これから難しいことの大変なこともある。当然、痛みも。だけど、アルマならちゃんとその人達を護れるさ」

「ありがとうカナト。そうだね、モンスターと対面していないんだし、本当にまだまだこれからだ。――よし、もっと気合いを入れてやらないとね」


 伝部に付いた土を払い、アルマは立ち上がった。

 その足で放り投げた剣と盾を拾う。


「カナト、続きをお願い」

「ああ、頑張れ」

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