第45話『話し合わなくても答えは出ている』

 ギルド会館からすぐ裏手――影になっていて人手が全くない裏通りへと足を踏み入れた。


「一応確認するが、さっきの会話を耳にしてわからなかったことはあるか」


 全員が首を横に振り、予想通りだった。

 なら、俺は問う。


「俺は、アルマ達を助けたい。――みんなの意見を聞かせてほしい」


 一瞬だけ、静寂が訪れる――。


「短い時間でも、一緒に旅をした人でもあるし、助けられるなら――助けたい」


 アケミの目は真剣さを帯びている。


「僕も同じ意見だよ。損得勘定なんて抜きにして」


 ケイヤも同じく。


「ボクもボクもーっ! しかも、モンスターと戦いたい放題なんでしょ? 行くっきゃないでしょっ」


 拳を突き上げて楽しそうなテンションで、物騒なことを言うのはやめてくれ。


 さて、ここまでは期待通りなところだが……。

 俺・アケミ・ケイヤ・ミサヤはアンナへ視線を向ける。

 なんせ、全てはアンナの決断に決まっているからだ。


「――何よ、みんなして」

「アンナはどうしたい?」

「――……ふんっ。見くびらないでちょうだい。あたしだってみんなと同じ気持ちよ。助けられるなら助けたい」


 そう、アケミがスキル【グランドワープ】を取得してくれるか否かにかかっている。

 俺も理解しているし、みんなも理解している通り、魔法系は選択肢の幅があまりにも広いため、容易にスキルポイントを割り振って無駄遣いができない。

 だから、アンナは俺らがステータス系で報告をし合っていても、出し渋るようにポイントを貯めている。


 悪気はないが、一瞬だけピクッと眉間に力を込めてしまう。


「もう一度言うわ。あたしを見くびらないでちょうだい。【グランドワープ】はすでに取得しているわよ」


 俺達は更に、悪気はないが「おぉ」と声を漏らす。


「あたしだってそこまでケチじゃないわよ。だって、このメンバーでこれから活動していくって時に、ちゃんと決めたでしょ」

「ああ、そうだな」


 俺達は、都度ある狩りや攻略での顔合わせにより意気投合していった。

 ほどなくして、クラン【夜空の太陽】という名前で活動していくと決まった日、俺達は決戦に挑む前などの掛け声を決めている。


「じゃあ、久しぶりにやるか」


 俺達は円に並び、胸に手を当てる。


「不屈」


 俺――何度倒されたとしても、何度だって立ち上がる。


「矜持」


 ケイヤ――自らに誇りを持ち、常に上を目指す向上心。


「勇気」


 アケミ――不条理な状況下でも一歩前に踏み出す意思。


「闘魂」


 ミサヤ――絶望を前にしても、心を滾らせ戦い続ける。


「慈愛」


 アンナ――助けを求める人へ差し伸べられる温かい手。


「「「「「――正義」」」」」


 俺達――クラン【夜空の太陽】が掲げる曲げない想い。


 常に迷い、最後まで考え、他人に願いや思いを預けず自らで決断する。


「じゃあ、使うわよ」

「頼む」

「【グランドワープ】」


 スキルが発動後、視界が光に包まれていき、若干だけ浮遊する感覚が訪れる――。



 ――着地。


「なんていうか、なんとも言えない感覚だな」


 全員が頭をふらふらと振っているか抑えている。

 簡単に言えば、20回ぐらいぐるぐると回転した後のような感覚。

 乗り物酔いともいえるが、吐き気を催すほどでもない。


「たった数日しか経ってないというのに、懐かしい感じがする」


 記憶に新しいこの場所。

 こっちの世界に来て一日目の夜に野宿をしたのは、今でも鮮明に憶えている。


「さて、ここに来たのは良いが……どっちに走れば良いんだ」

「それに、どれぐらいの距離があるかもわからないよね」

「絶対にあたしはヤバい距離感だと思うわよ」

「ボクは全然走れる気がするよ!」


 数日前まで歩いている最中へろへろになっていたのに、どの口が言っているんだ。


 具合が悪そうに姿勢を低くしていたと思っていたケイヤが、見事な推測を展開し始める。


「距離感はわからないけれど、方向はわかったよ。これを見て」


 ケイヤが指差す地面へ視線を凝らすと、そこには数頭の馬の足跡があった。


「なるほどな」

「それと……」


 そこから少し先に向けられたケイヤの視線を辿ると、数えきれないぐらいの小さな足跡が。

 今までの情報から、あれが意味するのはウルフ群のもの。


「迷っている暇はない。行くぞ」


 ごくわずかな情報ではあるが、俺達はその足跡を辿って駆け出す。


 普通であれば、一日間歩いた道を走るというのはどう考えても無理がある。

 しかし、俺達の誓いに迷いはなく、一秒でも早く援軍として向かわなければならない。

 それに、あの時は歩いていたし、俺達にはこちらの世界の住人にはないステータスがある。

 幸いなことに体力的にも向上するこのステータスは、今の俺達には最高なもの。


 急げ――。




『ワオォオオオオオオオオオン!』


 絶望の声が、響き渡る。


「なっ!?」

「な、なんだ今のは!?」

「ひゃっ」


 アルマは執事達と報酬を支払うための資金をまとめている最中――その声が耳に届き、この場に居る全員が驚愕を露にする。

 ちょうど追加分のお金を手に持っていたメイドは、あまりにも唐突なそんな出来事にお金を地面にバラまいてしまった。


「も、申し訳ありません!」

「大丈夫だよ。そんなことより二人共、緊急事態だ。事は急を要する。これより直ちに非難行動を開始し、僕達は僕達の役割を果たすんだ」

「かしこまりました」

「は、はいっ!」

「それでは旦那様と奥様は、責任をもってお連れ致します」

「アルマ様、急いで逃げましょう!」


 最近の近辺事情を鑑み、領主であるアーガット家は緊急事態時の備えとして避難等の準備を進めていた。

 アーガット家に仕える者は、皆が皆村人の避難に尽力し、責任を果たす。

 そして最後、この村には二本の入り口となる橋があり、その一方を落とすというもの。

 しかし、従者達にとって第一優先は主。


 だが。


「ごめん。僕はみんなを残して逃げるわけにはいかない」

「そんなのダメですよ! アルマ様を逃がすのは私達の絶対なんです!」

「ごめんね、ありがとう。その気持ちは受け取るよ」

「なら!」


 メイドは、その目に涙を浮かべながらアルマに詰め寄り、手を握る。


「私達にとって、アルマ様は恩人なんです。両親が病気で亡くなり、どこに行っても働く能がない私を雇ってくださり、今の今まで家族のように接してくれたことを忘れてはいません。だから……」

「ほらよしなさい。アルマ様に迷惑をかけるでない」

「でも……だって!」


 その好意を素直に受け取るべきであると、アルマは理解している。

 自分が生き残ることにより、それが希望となり、またどこでも復興できるということも。


 ――しかし。


「僕だってそうだ。こんな出来損ないみたいな僕に、みんなは親身になって接してくれて、沢山の家族が居るみたいで、沢山の気持ちを受け取った。だから、僕だってみんなを護りたい。――護らなきゃダメなんだ。二人が僕のことを想ってくれるように」

「……」

「それに実は僕、バネッサに行く途中で素敵な人達と出会って、いろんな経験をしたんだ。しかも、戦い方も教えてもらった。だから、今までの僕じゃないんだよ」

「申し訳ありません。少しだけ席を外します。急ぎ戻ってまいります」


 青年の執事は駆け足に部屋を後にした。


「アルマ様は、やっぱりお優しいです。優しすぎます」

「あはは、そうかな」

「そうです。――だから、絶対に生き残ってください」

「……わかった」


 この約束に確実性がなくとも、アルマはそう言葉にする。

 それが、みんなの希望へと繋がると信じ。


 メイドはアルマから離れ、零れてしまった涙を拭う。

 程なくして扉が勢いよく開かれ、執事は両手に荷物を抱えた状態で現れる。


「アルマ様、こちらをお持ち致しました」

「それは……?」


 執事が持っていたのは、右手に盾・左手に鞘へ収まる剣。


「アルマ様が次期領主として任命された日より、密かに準備してまいりました物になります」


 アルマは歩み寄ってきた執事から剣と盾を受け取る。


「軽い。だというのにとても頑丈そうだね」

「特注でございます」

「こういう時、ガチガチな鎧を身にまとい、重く鋭い武器を携えるのが定石だろうけれど……いいね、こっちの方が僕らしい。こんなひ弱な体には重い物は似合わないからね」


 左手で盾を握り、腰にベルトを巻いて鞘を固定。

 アルマは決意を胸に、誓う。


「村人は誰一人として死なせない。そして、みんなも――僕もだ。行動開始!」

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