私の好きな騎士団長様には、隠し子がいた

属-金閣

第1話 派遣使用人

「……嘘、でしょ……」


 その日、私は仕事を失った。

 私の名前は、イリナ・カディナ二十二歳。

 昨日まで貴族家の使用人として働いていたのだが、今日朝出勤したらその屋敷はもぬけの殻だった。

 簡単に言えば、夜逃げしたのだ。

 確かに無名な貴族屋敷だと思っていたし、異様な程お金も使いまくってたから怪しいとは思っていたけど、やばい相手だったか……

 私は大きくため息をついた後、離してしまったカバンを握り直し屋敷の前からとぼとぼと歩き始める。

 特に行先はなく、今日から無職次の仕事の当てもない、使用人としてもまだ駆け出しでやっと拾ってもらった屋敷だった。

 だがそれももうなくなり、つてもない。


「あ~私の思い描いてたメイド像からどんどんかけ離れて行く~!」


 そう私は道の真ん中で大声を上げてしまうが、周囲の人から変な人だという目で見られている事に気付き、すぐさま走って逃げた。

 うわぁ~最悪……つい人生詰みかけて叫んじゃったよ……

 少し人通りが少ない所で足を止め、息を整え始めた。


「はぁ~……これからどうしよ。勢いよく実家を飛び出て来た手前帰りずらいし、父さん辺りに口うるさく言われそうだしな」


 愚痴を漏らした直後、お腹はそんな事関係なく鳴りだした。

 私はとりあえず朝食を食べようと店を探し始め、通りを歩いている時だったある張り紙が目に止まる。

 そこに書かれていた内容に、私は二度見してしまい食い入るように見つめた。


「嘘、本当に!? 本当!? これは朝食なんて食べてる場合じゃない。今すぐに行かなくちゃ!」


 私はすぐさまに張り紙に書かれていた店へと向かった。

 その張り紙に書かれていたのは「派遣使用人大募集!! 未経験者も大歓迎!」と言う求人の張り紙であったのだ。


「ここだ。派遣使用人屋って看板にも書いてあるし、思っていたより綺麗なお店だ」


 私が店の前で突っ立ていると、店の扉が開き出て来たのは銜えたばこをし少しツリ目で怖い雰囲気をした年上の女性であった。


「ん? 何だお前。うちに何か用か?」

「え、あ、はい! その、私をここで雇ってくれませんか!」

「あ?」


 やばい! テンパり過ぎて色々すっ飛ばして雇って下さいって言っちゃったー!

 私は名も知らないちょっと怖い人に頭を下げていると、その人が声を掛けて来た。


「あ~あのボケが適当に張りまくった張り紙でも見て来た奴か。とりあえず中で話を訊くから」


 そう言ってその女性は店の扉を開け、中へと入って行ったので私もその後を焦りながら付いて行った。

 それから店の中で面接的な事をし終えると、突然先程の女性が私の肩を笑いながら叩いて来た。


「あははは! アンタ大変だったね。いいよ、採用してやるよ。あ~遅れたが私がここの店長のシーラだ。よろしくな、イリナ」

「て、店長さんだったんですね。すいません、全然分からなくて」

「いいって、いいって。こんな格好の奴が店長と思う方が変だよ。それじゃ、早速だけどうちの説明をするよ」

「はい! お願いします!」


 派遣使用人――それは名前の通り、執事やメイドを雇いたいという人にシーラが経営する店に所属している者を、期間を決めて派遣するものである。

 近年一部の一般家庭でもお手伝いさんが欲しいという需要があると聞いたシーラが、面白半分で始めたものであった。

 が、思った以上に反響もあり今ではシーラ以外にも派遣使用人をやりだす店も増えているらしい。

 その為、シーラの店は最初の頃より人気は下がり所属する使用人も減ったのだ。

 原因は他店の待遇差や対応顧客、賃金などと色々とあるらしい。

 現在は、一部常連さんや新規に依頼してくる貴族などを相手に使用人を派遣している。


「つうわけで、うち以外にも派遣使用人をやってる店があるがどうする? イリナなら別の所でも雇ってもらえると思うがいいのか?」

「はい! 私が派遣使用人を知れたのはあの張り紙のお陰ですし、運命だと思うんで」

「あははは、あんた面白いね。うちは曲者が多いけど、皆いい奴だけど賃金は他に比べて低いぞ? それでもいいのか?」

「賃金は高い事に越したことはないですが、この王都でメイドとして食っていけるなら問題ないです!」

「それを言うならうちの店じゃ……って、それを言ったら堂々巡りか。まぁ、とりあえずは試験採用って事で気が変わったら言ってくれ」


 するとシーラは立ち上がり、近くの掲示板を見て一枚紙を剥がして私に渡して来た。

 私はそれを受け取り、書かれていた内容を読み始めた。


「さっそくだが、仕事だ。昨日突然依頼されて、今日だけの派遣なんだが予定していた奴が別の仕事で延長になってしまったらしくてな。どうすっかと困ってたんだ」

「それを私にですか? 確かに内容的にも給仕とか掃除などなので、昨日までやっていた仕事と変わりないので問題ないと思います。でも、まだまだ半人前の私で大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。人が居ないから私が行こうかと思ってたくらいだし、それに半人前ならとにかく実戦あるのみだ。仕事して経験積むのが一番だ」


 シーラはそう言って口に銜えていたたばこを取り、灰皿に潰した。


「とは言ったが、本当は最初くらい他の奴と組ませて行かせてやりたいんだ。が、何故か今日に限って誰もいねぇんだ。悪いな」

「いえ、いきなり仕事を任せて貰えるだけで嬉しいです! 半人前ですが、全力でやらせていただきます店長!」

「いい意気込みだ。じゃ、準備してからいっておいで」

「準備ですか?」


 私がシーラの言葉に首を傾げていると、手をこまねて来たので後を付いて行くと、とある一室に案内された。

 そこには綺麗な執事服やメイド服から様々な道具などがずらっと並んでいた。


「うわぁ~何ですかここ!? 凄いじゃないですか」

「そうなのかい? 私にはイマイチ分からんが、うちの奴で異様に細かい奴がいてなその辺の店より道具とかは諸々揃ってるんだよ。うちの店員なら使うのは自由さ」

「え、いいんですか! ここにある物使って!?」

「お前はもううちの店員なんだ使っても問題ないよ。ほら、さっさと準備してお客さん所に行ってきな」

「はい! ありがとうございます店長!」


 私は目を輝かせながら準備を行い、その後シーラに見送ってもらい私は初仕事へと向かった。

 そして私と入れ違いの様に使用人の格好をした男子二人女子一人の三人組が店にやって来た。


「ただいま戻りました、シーラさん」

「全くあんたのせいで仕事が長引いちまったろ」

「俺のせいかよ!? 俺じゃねぇって」

「あれ? お前ら帰って来たのか? 何だよ、早く終わるんだったら通信用の魔道具で連絡しろって毎回言ってるだろ」


 シーラがそう言うと、三人組は目を背けた。


「デラン、あんたが一番しっかりしてるのにどうしてだ?」

「すいません、シーラさん。通信用の魔道具が壊れてしまって」

「それを壊したのが、ウルなんですよシーラさん」

「全く、またお前かウル。一番若いからって、何でもかんでも許す訳じゃねぇって言ったよな?」

「オリック、何言ってるんだよ!? 俺じゃないっすよ店長!」


 ウルはシーラの視線に気付き反論を始める。だが、それを適当に聞き流すシーラ。その後デランから仕事内容の報告を聞く為、二人は別室へと向かう。

 一方で残ったオリックは、ウルの方を見てうっすら笑う。


「ドンマイ、ウル」

「あんたのせいでもあるろうが、あんたの!」

「あ~何の事だか聞こえな~い~」


 オリックはとぼけながら荷物を持って奥の部屋へと向かって行く。


「くっそ~オリックめ……はぁ~誰か新人入らねぇかな。俺が一番下っ端だからこんな感じだけど、新人入ればこの立ち位置も終わりなのにな~」


 そう口にしながら、ウルはふと店の外に視線を向ける。

 店前ですれ違った使用人服を着て急いで走って行くイリナの後ろ姿が目に入った。

 が、シーラに呼び出され店の奥へとため息をつきながら向かうのだった。

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