第5話 二人っきりの夕食

「先程は大変失礼いたしました、アーク様」

「気にしなくていいよ。にしても、まさか君が派遣使用人として来るとはね。こんな偶然あるんだね」


 アークは私がいれた紅茶を飲みながら優しく笑う。

 あの後、私はアークにひとまず屋敷の中で話そうと言われ中へと招かれた。

 屋敷内には運び込まれた荷物がまだ片付いておらず、ひとまず梱包されたままあちこちに置かれていた。

 紅茶を飲みながらアークは事情を話し始める。

 どうやら、元々別の屋敷に住んでいたのだが色々と面倒事があるらしく新しく屋敷を購入したらしい。

 さすがは騎士団長様、さらっと屋敷を購入するあたりが凄すぎる。

 しかも元の屋敷はそのままで、そちらは元々雇っていた使用人たちに任せて出て来ているらしい。

 え、どう言う事って思うよね。私も同じ感覚。

 さすがにその辺の個人的な事情に踏み込むような私ではないので、そこは流し仕事についての話を私は進めた。


「ひとまず今日は、家具などの包装を解いてくれるかい? 運ぶのは私の方でやるので、イリナさんは食器などキッチン周りを担当してくれるかい?」

「分かりました、ご主人様」

「あーそれと、呼び方はご主人様でなくていいよ。アークと気軽に呼んでくれ」

「い、いい、いえ、そんな事出来ませんよ! 騎士団長様を呼び捨てなんて」

「では、イリナさんが呼びやすいように言ってくれ。ご主人様はむず痒くてね」

「……分かりました、お客様がそうおっしゃるのであれば。アーク様と呼ばせて頂きます」

「まぁ、まだそっちの方がいいね。それじゃ今日は頼むよイリナさん」

「はい、お任せください」


 それから、私はアークに言われた通りの仕事をこなしキッチンを完璧に整え、屋敷の掃除もテキパキと行った。

 すると時間もあっという間に過ぎ、夕刻となっていた。

 この日で全ての荷物を片付けられた訳ではなかったが、アークは私の働きに少し驚いていた。


「まさか、ここまで綺麗になると思ってなかったよ。イリナさんは凄いね」

「いえいえ、まだまだです」

「そんなに謙遜しなくてもいいのに。今日のイリナさんの仕事ぶりを見て決めたよ。明日からもお願いしてもいいかな?」

「は、はい! 継続と言う事でいいんですか?」

「うん。出来ればイリナさんに毎日来て欲しいんだけど、どうかな?」

「わ、私ですか!?」


 まさかの指名に私は驚き、きょろきょろとしてしまう。

 仕事中は出来るだけアークの事を意識せずにやれていたが、好意を寄せている人から感謝されるだけでなく、急にそんな事を言われて完全に動揺してしまう。


「ひひひ、ひと、ひとまず、この継続書類にサインしていただいていいですか」


 アークは私が震えながら出した書類を受け取ると、中身を読み始めた。

 やばいやばいやばい! 心臓が飛び出そう! 継続出来たのは嬉しいし、シーラさんも喜ぶけど、それよりも私を指名ってどう言う事!? 嬉しいけど、これから毎日アーク様と会ってサポートをするって事でしょ。

 それを想像するだけでやばいんだけどー!

 するとアークは書類にサインし終えて私に渡して来た。


「おあ、お預かりします。明日の件に関しましては、店長に報告した後また連絡があると思いますので、それをお待ちください」

「分かりました、連絡を待っています。イリナさん、今日のお仕事お疲れ様でした。また、来る際はよろしくお願いしますね」

「はい! これからも『ジェムストーン』をよろしくお願い致します。で、では、今日はこれにて失礼いたします。お疲れ様でした」


 私は焦りながらもアークに挨拶した後、早歩きで屋敷から出て行きアークから見えなくなった所で店へと急いで戻った。


「イリナさんか……派遣使用人も悪くないね。うちの使用人と同レベルの仕事が出来るのは凄いな。にしても、まさかあの時助けた子だったとはね……」


 その後私はシーラに継続の書類を出すとシーラは直ぐにアークに連絡し、要望などを訊き定期契約を結ぶ。

 そしてアークから正式に指名を受け、明日から毎日屋敷に行き掃除や荷物整理に食事などを継続的に行う事が決定したのだった。

 次の日、私は朝から夕方までアークの屋敷内でドキドキしながらも仕事を毎日こなした。

 そんな日々が一か月続いた頃には、そこまで緊張する事無く日々アークと接していた。


「それでは、後の事は頼むよイリナさん」

「はい、お任せくださいアーク様」


 アークはそう告げると、いつもより遅く屋敷を出て行った。

 基本的にアークは朝早く屋敷を出て行く為、私が屋敷に来るときにたまにすれ違うくらいだが、たまに遅番なのか私が屋敷に来てから仕事へ向かう事がある。

 そして日中は屋敷には私だけであり、掃除や家事などを基本的にこなし夕方に帰宅と言う流れだ。

 夕飯を作る時もあれば、作らずにいいと言う日もあるのでその日のアークからの指示に合わせている。

 週五日で屋敷に通い、たまにアークが休みの日には共に屋敷で食事をしたりと、アークとのコミュニケーションを取りつつ信頼もされた日々を過ごした。

 そうして今日もいつも通りに屋敷の掃除をし洗濯物を干したり、散らばった本などを整理しているとあっという間に時間が過ぎて行った。


「さてと、今日は後夕飯だけ作っておしまいっと。にしても、アーク様って意外と片付け苦手なんだな。特に書斎がいつも酷い」


 初めて見せられた時は驚いたが、それからアークから書斎も掃除する様に言われてからなるべく分かりやすいように日々片付けている。

 そんな事を思いながら、私は二階から一階のキッチンへと向かった。

 既に食材は昼のうちに買いに行き、準備は出来ているので早速調理を始めていると屋敷のベルが鳴る。

 私は急いで火を止め、玄関へと向かい扉を開けるとそこに居たのはアークであった。


「アーク様?」

「良かった、まだいるね。今日は仕事が早く終わってね、急いで帰って来たんだ」

「そうだったんですね。でも、それならゆっくりと帰宅されても良かったのでは?」

「それだとイリナさんが帰ってしまうだろ。今日は久々に一緒に夕飯でもどうかと思ってね」

「えっ」

「ダメ、かな?」


 少し困り顔で私の方を覗き込んで来たアークに、私は耳が赤くなってしまい咄嗟に両手を顔の前に持ってきた。


「でで、ですが、アーク様もお疲れだと思いますし私と一緒に食事するより一人の方がよろしいんじゃないですか?」

「一人で食事は寂しくてね。強制はしないけどイリナさんが嫌じゃなければ、また一緒に食事をしてくれないかい?」

「っっ! ……わ、分かりました。まだ勤務時間内ですし……わ、私も嫌ではないので」


 私は少し顔を俯けながら、最後の方はぼそぼそとアークに聞こえない様に話した。


「ありがとうイリナさん。それじゃ私も、夕飯作り手伝うよ。とは言っても私の屋敷だから、私がやるのが普通なんだけどね」

「いいえ、使用人を雇っているならばこういうのも使用人の役目です。アーク様は座ってくつろいで待っていてください」

「いやいや、そう言う訳に行かないよ」

「いいえ! ダメです。アーク様は椅子に座ってどすっと待っていて下さい。それが屋敷の主人と言うものです」

「それはイメージが偏り過ぎてないかい、イリナさん?」


 そんな会話をしながら、何とかアークには座ってもらい私だけで夕飯を完成させ、机の上に並べた。

 シチューをメインとした料理をアークも美味しそうに食べてくれ、私もアークに食べる様に進められ椅子に座り自分の料理を食べ始めた。

 その後料理も食べ終わり、食器を片付け食後の紅茶を出す。


「イリナさんは料理も上手いね。私にはない才能だよ」

「何を言ってるんですかアーク様。アーク様は王国を護っていて、私なんかより何倍も凄いですよ」

「私はそんなに凄くないよ。どちらかと言えば、嫌われている存在さ。部下からも、あまりよく思われてないし酷い事をした事もあるんだよ」


 突然アークがそのような事を言い出し、私は驚いてしまうが誰にだって見られたくない一面や弱気になる事もあると理解していたので、否定する様な言葉ではなく共感する言葉を掛けた。


「……そうなんですね。アーク様も完璧超人ではないという事ですね。でも、それで私はいいと思います」

「え?」

「あ、嫌われたままがとかじゃないですよ。自分の事を理解しつつ、アーク様は王国を護るために動き、結果王国は平和なのですから! それに私はアーク様の事嫌いではありませんので、少なくとも一人は好きな人がいると分かっていいではありませんか」

「あははは。そんな風に言われたのは初めてだよ。そもそも弱音をつい吐いてしまうとは、私もまだまだだね。でも、イリナさんといると何でか気持ちが緩んでしまうんだよね」

「そ、それって私がアーク様をダメにしてるって事ですか!?」

「ぷっ、あははは! そうかもしれないね」

「それは一大事ですよ! どどど、どうしましょう」

「冗談だよ。私はイリナさんが居てくれて助かってるよ。いなくなると、屋敷が汚くなってしまうから困るよ」

「もう、からかわないでくださいよアーク様」


 そして楽しく会話をしていたが、勤務時間が終了に迫っていたので私は帰宅の準備をし、アークに挨拶をし屋敷を後にするがアークに呼び止められる。


「この辺は街灯も少ないし、途中まで私が送って行こうか?」

「いえ、そこまで気にしていただかなくても大丈夫ですよ。こう見えても、私強いですから」


 そう答えるとアークは優しく笑いながら見送ってくれた。

 私は改めてアークに一礼してからゆっくりと歩いて店へと向かった。

 次の日、私が店を出ようとした時にシーラに呼び止められる。


「何ですかシーラさん?」

「悪いねイリナ。ちょっと話があるんだ、いいかい?」


 そう言われて私は一度店の奥へと入って行き、部屋へと入るとそこにはウルが待っていた。


「ウル?」

「おうイリナ」

「何してるの? 今日オリックとペアの仕事じゃなかった?」


 私がウルに訊ねると、シーラが椅子に座り足を組み話し出した。


「その話なんだが、元々二人でも問題ないと言われていたんだが、さっき連絡があってな。今日は一人だけでいいって言われてな、オリックだけ向かわせたんだ」

「そうなんですか。それじゃ、ウルは待機?」

「それも考えたんだが、イリナあんたあの客の所もう一か月は行って仕事も慣れて来ただろ」


 あの客って、アーク様だよね。

 私はそう思い頷くと、シーラはビシッと指を向けて来た。


「と言う訳で、あんたの所に今日だけウルを付ける」

「えっ!?」

「はぁ!?」


 何故か私だけでなくウルも驚きの声を上げていた。

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