帰ってくるぬいぐるみ【KAC20232:ぬいぐるみ】
冬野ゆな
帰ってくるぬいぐるみ
ホーンテッド・ストリートの住民は、変わった人が多い。
そんな話があるけれど、私からすれば別段変わったこともない。
私自身、特に変わったこともない。
特に古い知人がやっている喫茶店なんて、可愛らしいクマの顔がついたアイコンが特徴だ。
知人はテディベアが好きで、念願の喫茶店を開いた時もそれを店のアイコンにしたくらいなのだ。
「クマ店長」と名付けられた店のオリジナルテディベアは、客にもかわいがられている。
なんにも変わったことはない。
山や自然の多い地域で育つとクマは人里に降りてくる恐ろしいイメージなので苦手、という人間もいるけれど、彼女は違った。テディベアは確か子供のクマを模したものだったし、ずいぶんと可愛らしくアレンジしてあるので平気だったんだろう。
そういうわけで、店の片隅や店の前にもクマ店長のぬいぐるみが置いてあった。
ところが、店主の視線が無い時を狙ってか、クマ店長が誰かに盗まれてしまっているという。
特に店の前に置かれているものがよく狙われるらしく、店主は心を痛めていた。
「欲しいのなら、ちゃんと売っているのに」
店主は店の片隅に置かれた商品のテディベアを見た。
店の看板テディベアの「クマ店長」は販売用もある。きちんと綺麗にビニールで包装されたものが、カゴの中に入っていた。
「こういう人は買うのが目的じゃないからね」
私がコーヒー片手に言うと、店主は呻くような声をあげた。
「張り紙も効果がないなら、表に出さなきゃいいのよ」
「それはそうなんだけど、開店した時から置いているものだから……」
それでも、さすがに三回目ともなると店主も考えてしまったらしい。
「SNSで拡散してもらうとかは?」
「それもやってもらってるけど、音沙汰がなくて」
「どう考えているかだよね。戻ってきてほしいの? それとも盗まれないでほしい?」
「うーん……。そりゃ、できれば戻ってきてほしいかな……」
「なるほど、それなら私が一計を与えよう」
大事な古い知人のためだ。
私はひと肌脱ぐことにした。
ぬいぐるみの一つにおまじないをかけて、ちゃんと戻ってきてねとお願いしておいた。これでオーケーだ。何かあっても戻ってくるだろう。その子は店の前に置かれる事になったので、ちょうどよかった。
それから何日かして、店の前を一人の女が通りがかった。
五十代くらいの女で、後ろで髪を結んでいるのにもかかわらずボサボサの髪をした女だった。店の前に置いてあるぬいぐるみを見つけると、一旦通りすぎた後、一、二分してまた戻ってきた。そうして再び店の前を通り過ぎようとしたとき、まるで自然な手つきで、ぬいぐるみを手に取って持っていってしまった。持って行かれたのは「クマ店長」だった。「クマ店長」は女の持っていたショッピングバッグの中へと押し込められ、そのまま連れ去られてしまったのだった。
女はホーンテッド・ストリートを出て、自分の住んでいる通りにある部屋に戻った。テーブルの上にショッピングバッグを置くと、戦利品である「クマ店長」を取り出した。ショッピングバッグの中からは、他にもいろいろなものを取り出した。中には値札がついたままだったり、レジを通していないものもたくさんあった。
女が物置の扉を開くと、似たようなものがごっそりと詰まっていた。その中にはクマ店長もいた。女は満足したようにへらへらと笑ったが、扉を閉めてしまうと、その満足はどこかへ行ってしまった。
女は別にそれが悪い事だとは思っていなかったし、日常茶飯事だったので、特に何も思わなかった。ただ家の中に戦利品が増えただけのことだった。
「そろそろ売ろうかなあ」
最近ではパソコンひとつあれば、こうした戦利品を売ることもできる。便利な世の中だ。
それに、商品もタダで手に入るのだから言うことはない。
「私みたいな頭のいい人間は、こうやって稼ぐのが一番ってわかってるのよ」
女は得意になって、パソコンを起動させた。
それにこれは、他の人のためでもある。手に入らない人のために、ちょっと金額を多くもらって売ってあげているのだ。
「そろそろあのクマのぬいぐるみも売り時かな。確か店の名前は、なんだったかな。まあ、適当でもいいかな……」
たぶん、店を知らない人間にはわからないだろうと思っていた。
女は、店の人間がサイトを覗く可能性や、誰かが店側に教える可能性を考えていなかった。そんなことはハナから頭になかった。
そうそう、写真も撮らないと――女はちらりと、撮影専用のテーブルに目を向けた。LEDのリングライトも装備した、特製のテーブルだ。これでこれで一枚撮ってしまえば、後は使い回しもできる。楽な仕事だった。
女は上機嫌になって、準備を始めた。
しかしそのとき、ガタガタと物置から音が聞こえてきた。
ガタガタ。ガタガタ。
「……なに?」
何か落ちてきたんだろうか。
ガタガタ、ガタガタ。
何か震えるような音だった。いい加減うるさくなって、女は立ち上がり物置の扉を開けた。何の音だろうと確かめるまでもなく、本物のクマのように鋭い爪と牙を携えたクマのぬいぐるみが、勢いよく飛びかかってきた。
「ぎゃっ!」
それが最後に見た光景だった。
目に鋭い痛みが走るのと同時に、誰かに電気を消されたように真っ暗になった。とてつもない痛みに転げ回りながら目を押さえる。その指先が、引き裂かれた傷に触れた……。
……
そんなことがあってから一週間後、私は再び知人の店へと向かった。
店の前には見覚えのないポスターが貼られている。
ポスターには手書きで「クマ店長、戻ってきました!」と感謝とともに書かれていた。
「すごいよ! あの後ちゃんと戻ってきたんだ」
私が喫茶店に入るや否や、店主はにこにこと笑って言った。
私も嬉しくなって頷いた。
「それに、盗まれた他のクマ店長も一緒に戻ってきたんだよ」
「うん。それは良かった」
出されたコーヒーを飲んでから、私は尋ねた。
「不備はなかった?」
「うーん。一匹、少し赤い汚れがついていたけど、大丈夫だったよ。売り物にはならないから、洗って、その子を置いておこうかなって」
「それがいいよ」
それからコーヒーを味わった後、私は外に出た。
外に置いてあるクマ店長を見ると、私は笑いかけた。
「あの子の事も守ってやってね」
私はもうひとつおまじないをかけて、店をあとにした。
それからしばらくして、近くの大通りのアパートメントで死後一週間した死体が発見されたと新聞の隅に載った。目ごと顔を引き裂かれた死体は、何か巨大な獣の爪に引き裂かれたようだったという。この不可解な死体は、結局犯人不明のまま迷宮入りになった。
だが、ホーンテッド・ストリートの住民にとっては、それも日常茶飯事だった。
帰ってくるぬいぐるみ【KAC20232:ぬいぐるみ】 冬野ゆな @unknown_winter
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