KAC20231 推しアイドルの写真集! お小遣い振り絞ってたくさん買っちゃいます!

無月兄

第1話

「おじさん、予約していた本、ある?」

「やあ、リコちゃん。ちょっと待っててね」


 カウンターに座ってたおじさんは、すぐに後ろに引っ込み、本の束を持ってくる。中身は、最近売り出し中の新人アイドル、ショウの写真集。それが、5冊。全部同じものだ。


「これで間違いなかったね。けど同じもの5冊も買って、お小遣いは大丈夫かい?」

「い、いいんです。普通に楽しむ用と、保存用と、その予備。あと、学校で布教する用を考えると、これくらい必要ですから」


 小さい頃から何度も通ってる近所本屋さんで、中学生になった今では、このおじさんとはすっかり顔なじみ。そんな人にこれを見られるのは、正直少し恥ずかしい。こんなの、ものすっごい大ファンですって言ってるようなものじゃない。

 まあ、実際大好きだけどね。大ファンだけどね。最推しだけどね!


 だから通販で買おうかなとも思ったけど、やっぱりこの本屋さんで買うことにした。

 実は本って、通販で買うより本屋さんで買った方が重版に繋がりやすいらしい。だから、こういう好きなアイドルの写真集はもちろん、推しの作家さんの本だって、本屋さんで買った方が巡り巡ってその人のためになる……らしい。

 本当のところはどうか知らないけど、少しでも推しのためになるなら、そっちの方がいい。それが、ファンとしての私の矜恃だ。


 お金を払って写真集を受け取り、帰ろうとする。けどその時、おじさんが言った。


「あっ。待ってリコちゃん。それ買った人には、特典がつくことになってるから」

「特典?」


 言われて首を傾げる。この写真集のことは公式サイトで何度もチェックしたけど、特典がつくなんて、聞いてない。見落としてたのかな?


 不思議に思ったけど、特典がつくならもちろんそっちの方がいい。


「ちょっと、奥に取りにきてくれるかな?」

「はーい」


 おじさんが持ってくるんじゃなくて、私が取りに行くの?

 ますます首を傾げるけど、とりあえず言われた通り、カウンターの後ろにある、普段はお店の人しか入れない部屋に入っていく。


 するとそこには、一人の男の人が立っていた。

 それを見たとたん、思わず変な声が出る。


「ふぎゃっ!?!?」


 なんとも可愛くない声だけど、そんな反応になるのも当たり前だよ。だって出てきたのは、写真集に写ってるアイドル、ショウ本人だったんだから。


 ううん。もしかしたらこの場合、アイドルでなく、こう言った方がいいかも。


 私の隣の家に住んでた、少し歳上のお兄ちゃん。ショウちゃんだ。


「リコ、そんなに買ってくれてありがとな」

「ショ、ショウちゃん? いつ帰ってきたの!?」


 元々イケメンだったショウちゃんは、ある時アイドルのオーディションを受け、見事合格。


 それを機に、事務所の人が用意した寮に住み、同時に芸能活動しやすい学校に転校するため、この街を離れていった。帰ってくるのは、年にほんの数回。そのはずだった。


「初の写真集ってことで緊張して、本屋にどれくらい入ってるのか気になったんだ。それを親に話したら、このおじさんに話が伝わって、それから、リコが5冊も予約してるってのを聞いたんだ」

「ちょっとおじさん! 勝手にお客さんの情報漏らさないでよ!」


 ご近所故の、ユルユルなプライバシーだ。


「ごめんごめん。それで、話を聞いたショウちゃんが、ちょうどその日はオフだから、それならサプライズができるってことで、計画を立てたんだ」


 おじさんは笑いながら謝ったけど、もうそれどころじゃない。


 ショウちゃんは、私にとって推しのアイドルであるのと同時に、生まれた時からずっとそばにいた、隣のお兄ちゃん。そんな人の写真集を5冊も買ったってところを本人に見られたんだから、顔から火が出るくらい恥ずかしい。


 だいたい、それを聞いたからって、こんなサプライズ仕掛けることないじゃない。


「わ、わざわざそのためだけに帰ってきたの?」

「ああ。もしかして、迷惑だった?」

「べ、別に迷惑じゃないけど……」


 ただ、とんでもなくビックリした。今でも心臓が破裂しそうなくらいバクバクしてる。

 けどそんな私の気持ちを知ってか知らずか、ショウちゃんは嬉しそうに笑った。


「よかった。だって、リコは俺のファン第1号だろ。アイドルのオーディション受けたのだって、リコがやってみたらって何度も言ったからだよ。おかげで最近はあんまり会えなくなったけど、できる限りのファンサはやりたいんだ」

「ショウちゃん……」


 多分私、今までで一番顔を真っ赤にしてると思う。

 推しのアイドルに、小さい頃からずっと大好きな人にこんなこと言われて、嬉しくないはずがない。胸がはち切れそうなくらい、ドキドキする気持ちが溢れていく。


「けど、そんなに買って、本当にお小遣いは大丈夫か? なんなら、俺が払ってもいいけど──」

「ダメーっ! そんな特別扱いは禁止!」


こんなサプライズをした時点で十分すぎる特別扱いだけど、だからこそこれ以上甘えるわけにはいかない。

というか、ショウちゃんなら絶対そんなこと言い出すと思ったから、5冊も買うこと黙ってたんだよね。


「私は、ちゃんとファンとして自分のお金で買うの。わかった?」

「ああ、ありがとうな。これからも、俺のファンでいてくれ」

「うん!」


 もちろん、そんなの決まってる。だって私は、ショウちゃんのファン1号。そしてショウちゃんは、私にとって永遠の最推しなんだから。

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