第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 48
僕と言う一匹の少年太鼓持ちは、女心に十二分に気を使っている。
・・・そのつもりでいる。
だから余程の事が無い限りヨイショするのは“あきれたがーるず”限定なのだった。
彼女らに言わせればだな。
加納円の人生を彩る女性はメンバーだけで必要十分なのだそうだ。
「本当のギムレットはジンとローズ社のライムジュースを半分ずつ、他には何も入れない」
レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」の中でテリー・レノクッスはフィリップ・マーロウに熱く語る。
『加納円は毛利ルーシーと三島雪美と橘佐那子と秋山晶子をひとりずつ、他には誰もいらない』
“あきれたがーるず”のみんなは僕に熱く語る。
ちなみにある土曜日の昼下がり。
サントリーのジンとライムジュースでレノックスのレシピ通り1:1のギムレットを作ってみた。
激甘だった。
お酒代を半分出資してくれた上原は一口だけ口に含み顔をしかめた。
レノックスのレシピはサボイカクテルブックに掲載されているバローズ・プリマス・ジン1/2ローズ・ライム・ジュース1/2が元になっているらしい。
大人になったらその本物のギムレットを、オーセンティックバーで試すことが僕の内なる野望だ。
チャンドラーと言えば随分前に先輩に言われたことがある。
“If you wasn’t hard, you wouldn’t be alive. If you couldn’t ever be gentle, you wouldn’t deserve to be alive.”
だとさ。
「タフでなければ生きてゆけない。優しくなくては生きている資格がない」
角川のアレだよ。
もっとも後で調べてみたら原文はyouでは無くてIだったけどね。
フィリップ・マーロウは僕の心の師匠だけどさ。
あの時、ネイティブの発音でかまされた後、ニヤリと笑った先輩のお顔が今でも忘れられないよ?
とにかく僕は“あきれたがーるず“だけのことだけを考え。
“あきれたがーるず”だけの為に生きてればそれで良いらしい。
千年でも二千年でもね。
・・・難儀なことだよ。
『いざと言うときにはシスター藤原を見殺しにしてでも“あきれたがーるず”の皆さんをお護り致します』
だからさ。
忠誠の証しにと“あきれたがーるず”にとって分かり易い誓いも心の中で立ててみせたよ?
僕が異性として意識してよいのは“あきれたがーるず”だけ。
常々皆んなからはきつく言い渡されている。
そんな僕はいつ心を読まれても良いように常時明鏡止水の境地さ。
準備は万端、後は仕上げを御覧じろってこと。
まあね。
まかり間違ってシスターが、いつかがーるずに加わりでもしたらなんて考えるとどんより気が重い。
ざっかけなく言えば、彼女は正直なところかなり不気味な存在なので『やだな』と本心で思
ってしまう。
「僕は今更シスターとなれ合うつもりはないよ?
やばいことになったって、みんなにしたように真剣に助けようだなんてこれっぽっちも思えないな」
面と向かって言ったからね。
シスターはまたまた大泣きしちゃったよ。
皆んなの前では、そう言い放ったものの、実際にはそうもいかないないだろうさ。
荷厄介なことだけど、万事に休するまでは不手際を最小限に抑えたいもんだ。
シスター藤原には同級生の女子以上の距離を取る。
そんな原則を、常に意識化しておくことにした僕は、だから本当の苦労人だ。
君子危うきに近寄らずってやつだよ?
乗り心地は最悪だし、僕をめぐるみんなのガード堅牢だし、と言うことで案の定。
シスター藤原は二度と再び「私を空につれてって」なんて言わなくなった。
三島さんが朗らかに語った言によるとだね。
シスターは、僕らを完全な管理下に置くためには自分も“あきれたがーるず”の一員に成りたい。
そうして名実ともに“マドカズエンジェルズ”を形にしたいと密かに考えているらしいのだ。
まあ、三島さんの手込めうんたらの暴言を聞いた後でも、シスターがまだそう思っているのかどうか。
それはわからない。
シスター藤原の遊覧飛行における扱いの悪さは「あまりむやみやたらと僕に近づくな」という警告の意味があったらしい。
時系列から言うと、ロージナでの手込めうんたらかんたらという三島発言は、遊覧飛行の後だったからね。
三島さんの暴言は更にいっそうシスターの気をくじく駄目押しだったのだろう。
シスターは読心者から特定の意識野を隠ぺいする秘密の裏技があるつもりでいるらしい。
けれども三島さんに言わせれば、そんなの回避するのはちょろいもんらしい。
先輩と三島さんは『こと僕が絡みさえしなければ、シスター藤原とは仲良しのままでいますよ』とメッセージを送っているわけさ。
ふたりが中立キャラとすれば橘さんは敵対キャラで秋吉は親密妹キャラってとこだな。
“あきれたがーるず”のシスター藤原対策は緻密かつ万全ってこったろう。
恐怖のフライトとロージナ会談の後暫くしてのこと。
土曜女子会へのシスター復帰も認めたられた。
もしかするとシスターには“がーるず”の新メンバーに成ろうと言う野心が当面無くなったのかも知れないね。
なんたって千年の時を生きてきた老女狐のことだ。
チャンスはこれからいくらでもある。
そう考え方を変えたとしても不思議じゃないよ?
僕らは明け方には九州に到着するだろう。
意外と明るい深夜の瀬戸内海上空をフライパスしながら、僕らは語り合う。
これから会う予定である鎮西のご隠居と呼ばれる長老の怪しい人柄のこと。
まるで見通しの利かない茫漠とした未来のこと。
そんなことどもについて三人で語らい思いをはせる。
『創業のオリジナルメンバーが三人だけで過ごすと言うのは暫くなかったことだな』
僕はふとそんなことを考えた。
すると、いつの間にやら僕に絡めていた先輩と三島さんの腕に力が入るのを感じる。
そんなはずはないのに、ふたりの暖かな愛情がじんわりと全身に満ちてくるのを実感する。
なるほど、シスター藤原が吐き捨てたのも道理。
僕にとっては本当に都合がよすぎるドナムみたいだね。
もうすぐ朝が僕らに追いつく。
*本作は元々ここで終わりの予定でしたが、思いついたアイデアがあるので何れ続きをアップします。
現在、長らく手をつけずにいた異世界転生ものを執筆中です。
書き始めてみるとこれが面白い。
どんどん筆が進んで粗書きの段階でもう20万字を超えてしまいました。
話はまだ半ばにも到達していません。
当分の間楽しめそうです。
明日からは自分の中で進めているプロジェクト。
<スマホで読み易い>をロージナの風で新たに取り組みます。
加筆訂正と言う作業がこれまた楽しい。
作文と言うのは読書と並び実に心躍る趣味ではあります。
ご興味のある向きは、ロージナの風スマホバージョンをご一読願えれば幸いです。
垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達〜 岡田旬 @Starrynight1958
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