第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 47

 シスター藤原の熱望で実現したフライト。

それは、あれやこれやでドタバタしたプラットフォームの導入劇から、しばらくしての事だった。

シスターはプラットホーム初号機のハードポイントに腹這い姿勢で吊るされた。

ツナギを着た橘さんがそれは嬉しそうに、シスターを初号機の床下に固定したもんだ。

この状態での飛行は相当怖かったらしい。

そりゃそうだろう。

シスターは初号機の腹に爆弾みたいに懸架されたんだからね。

床上じゃ物理法則から解放された先輩と僕が、座席に収まった楽な姿勢で暢気そうに会話している。

それなのに、自分一人だけ慣性の法則に従って前後左右上下と加速度の打擲を受けるのだ。 

シスターは腹ばいで懸架された状態なので地上は何百メートルも下だ。

風圧や気温、気圧の変化だって半端じゃない。

ピーターパンがウエンディを、スーパーマンがロイス・レーンを遊覧飛行に連れ出すのとは訳が違う。

シスターの気分は間違いなく、空中でエスコートされるレディと言うよりは、ゼロ戦が腹に抱えた250キロ爆弾に近かったろう。

ちょっと想像してみたけれど楽しい訳がない。

高所恐怖症の人じゃなくたって失神する程怖いに違い無いよ?

 橘さんがシスターの試験飛行に大賛成だった訳が分かったよ。

「シスターにも物理法則のキャンセルが利くとおもってましたぁ」

フライトの後、橘さんは涼しい顔をしてシレっとそんなこと言ってたけどね。

実はそうじゃないと思う。

橘さんは多分、物理法則のキャンセルは“あきれたがーるず”にしか有効じゃない。

そのことを事前に予測していたんだろうな。

 実際フライトを始めたとたん、僕はシスターを重いと感じたし、先輩も舵取りが難しくなったとふたりして驚いたんだよ。

離陸してすぐ初号機の下から聞こえる悲鳴に気付いた時にはもう遅かった。

ものの一分も経たない内にシスターはすっかり出来上がっていたのさ。

ファーストフライトの時にゲロゲロになった先輩より酷いことになっちゃってたよ。

シスターは嘔吐だけじゃなくて失禁もしてた。

お漏らしは僕らの前では二度目だね。

橘さんの姦計は大当たりだったってこと。

つくづく僕らのドナムは、僕らの都合と利便の為だけに機能すると思ったことさ。

 フライトの後、ボロボロになって涙を流しながらえずくシスターに言わせればね。

僕らのドナムは加納円の加納円による加納円の為のドナムってことらしいよ?

どういうことかと言うと。

“あきれたがーるず”だけに物理法則のキャンセルが働くのは、僕の無意識が彼女たちを自分の一部と認識しているに他ならないからだそうだ。

 「なぜ三座にして真ん中に座らせてくれなかったのでしょう」

もう吐くものが無くなったシスターにさんざんに泣かれたけどさ。

「重量運搬物の懸架試験でも良いから飛んでみたい!」

そう言い張ったのはシスターだったんだよ?

「私は円さんにとっては全くの赤の他人かただのモノ。

円さんの無意識は、私を人型の質量としか認識していないのデスネ」

後日シスターには恨みがましい目でなじられた。

「シスターの仰る通りですが何か不都合でも?」

ちょっとイラっとしたのでそう答えたら、シスターの大きな目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

 よく泣く人だと閉口していると、橘さんが満面の笑みを湛えてサムズアップする。

「まんざら知らない仲では無いのだから、少しは口を慎みなさい!」

先輩は「藤原さんにもキャンセルが働くと思っていたの」と弁解しながら僕を𠮟りつけてくる。

「マドカ君がわたくしたちに対して。

シスターにしたみたいな無神経な傲慢かましたら・・・。

死刑!」

まぜっかえすように三島さんがこまわり君の真似をする。

秋吉は僕を嗜めるような目で見ると、咽び泣くシスターの肩を抱いて慰めの言葉をかける。

 

 そもそも最初は反対した癖に、結局シスターのフライトにゴーサインを出したのは先輩だよ?

それに。

「どうせ飛ぶならハードポイントに吊るして試験飛行してほしい」

なんて意地の悪そうな顔で提案したのは設計者の橘さんだよ?

僕がシスターに責められる筋合いなんか何処にもないし。

 恨み言を口にするシスターは、その場で当然僕の視点を確認してたのだろうけどさ。

嘘偽らざる僕の目を通して自分を客観視してもなお、僕の不人情が悔しかったのだろうか。

シスターは悲しいと言うよりは、じっとりとした上目使いで顎を震わせていた。

ちょっと可哀そうだったかもしれない。

まあね。

シスター藤原は清楚に見える僧衣のベール越しでこれをやるものだからね。

鑑賞するだけならばとても可愛らしいのだ。

ただ残念なことに、その程度の挑発など“あきれたがーるず”の傍若無人ですっかり慣れっこになっている僕にとってはどうだろう。

たまさか目の保養にはなっても今更心拍に何の影響もないっちゅーの。

 橘さんが日頃から言う通り。

なるほど、シスター藤原は“したたかなババア”なのかもしれないが、いつもいまいち詰めが甘い。

「千年やってきた成功体験が一本調子なぶりっ子だけとは笑止!」

僕を叱る先輩の隣で冷笑している橘さんは、いつも通りシスターに対して身も蓋もない橘さんだ。

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