【KAC20237】なんやかんやで幸せになる二人

宇部 松清

第1話

「もうGPSアプリを入れるしかないと思う」

『おい』

「だってそうだろ? まさか家の中に閉じ込めておくわけにもいかないし」

『落ち着けって』

「あぁ、何で俺一緒の学校じゃないんだろ」

『それはお前、神田の大学には体育学部もないし、そもそものレベルが。いや、そうじゃなくて』


 落ち着けよ南城、と、高校からの友人・遠藤は電話の向こうで呆れた声を上げた。


『気持ちはわからないでもないけどな? 姉ちゃんから聞いたよ。なんかジムのやべぇやつがストーカー化したとか』

「……うん」

『そんで先々週のアレだろ? 何だろうな、変なやつに好かれやすいのかな、神田って』

「変なやつだけじゃない。なんか、大学に入ってますますモテるようになったんだ。だってそもそも見た目良し、中身良しのところに、医学部生って肩書だぞ! 男だけじゃない、女だってほっとくはずがない! むしろいままで無事だったのが奇跡なんだ!」


 あぁ、何で俺は男に産まれてしまったんだぁぁ、とテーブルに突っ伏す。つけっぱなしのテレビから『人生を成功に導くアンラッキー7の法則』なんてわけのわからない特番が始まったのが聞こえた。


『どんなにモテようが、周りに女がいようが、関係ないと思うけどな、俺は。一緒に住んでるんだし』

「そうだけどさぁ」

『ていうか神田は? 今日土曜なのに学校か?』

「出掛けた」

『は? クリスマスなのに?』

「出掛けた」

『いや出掛けたってお前。えっ、何、お前らクリスマスなのになんもしねぇの? 良い感じのレストランとかさ』

「予約しようと思ったんだけど、夜宵が、しなくて良いって」

『え? そんでどうするわけ?』

「『萩ちゃんは何もしなくて良いから、家で待ってて』って。あと『大事な話がある』って」

『大事な話かぁ……』

「もう俺嫌な予感しかしないんだ」

『えっ、そっち? 絶対そんなことないと思うけど?!』

「そんなことある! だって……」


 ここ数日の夜宵はなんだか変なのである。前よりも部屋にこもるようになったし、こまめにスマホをチェックするようになったし、こっそり深夜に出掛けてもいるようだ。以前はバイトが終わったらすぐに帰って来てたのに、どこかに寄っているようで、帰宅時間も遅くなっている。もしやいつもの本屋さんかと思い、遠藤のお姉さんにそれとなく聞いてみるも、お姉さんもお姉さんで何だか挙動不審なのである。もしかしたら、お姉さんもグルになって何か隠しているのかも!


 そう思った俺は、そのお姉さんの弟である遠藤に電話をしたというわけだ。お姉さんが挙動不審の点に関しては、「少々訳ありのコミュ障なだけだから業務外のことを聞かれるとそうなるんだ」と言われたけど、本当だろうか。


 とにもかくにも、お姉さんが無関係だとしてもだ。

 絶対に何かある。

 

 今日はクリスマス。

 本当はかねてから用意していた例のアレを夜宵に渡して、今後のことなんかをじっくり話すつもりでいたのである。それで、夜宵も同じ気持ちでいてくれたら、今日こそは、という思いでいたのだ。


 けれども。


 もしかしたら。

 考えたくはないけどもしかしたら。


 夜宵は他に気になる子でも出来たんじゃないだろうか。

 俺のことは大事には思ってくれているだろうけど、もしかしたら、夜宵の中では『恋人』なんて肩書はとっくになくなっているのかもしれない。いつでも良いよって言ってくれたのに、俺がヘタレで何もしてこないから、愛想を尽かされたのかも。


 と話すと遠藤は、電話の向こうで何やらものすごくデカいため息をついた。


『あのな。絶対に考えすぎだって。あとお前な、その自ら拗れに行くのそろそろ直せよ』

「何だよ、自ら拗れるって。自ら拗れるわけがないだろ」

『冷静な第三者からはそう見えるんだって。とにかく大人しく神田の帰りを待てよ。そんで、ちゃんと話し合え。な?』

「おう」


 

 確かに、ここでぐちゃぐちゃと考えていてもしょうがないのである。夜宵が何を考えて、何を隠しているのか、その辺はやっぱり本人に直接聞かなくてはわからないのだ。


 遠藤との通話を終え、スマホを床に置いて、ごろりと寝そべる。ガチャ、と玄関のドアが開く音がしてむくりと身体を起こした。


「お待たせ萩ちゃん。ただいま」

「おう、お帰り。早かったな」

「思ってたより早く終わったんだ」

「そっか」


 がさがさと、何やら大量の荷物を抱えて、夜宵は鼻の頭を真っ赤にしている。その荷物をキッチンの調理台の上に置いて、こちらを見た。


「萩ちゃん、あの」

「うん?」

「早速なんだけど、お話、良いかな?」

「えっ、あ、お、おう」



 で。

 テーブルに向かい合って座る。

 コーヒーからは、ほわほわとのんきな湯気が上がっている。

 一応、ポケットには、あの箱がある。もしかしたら、出番はないかもしれないな、なんて悲観的な気持ちになると、指先がどんどん冷たくなっていくのがわかる。マグカップを包むようにして持った。


「萩ちゃんあのね、実は僕、萩ちゃんに隠してたことがあって」


 来た!

 ついに来た!


「お、おう、何……?」

「いくつかあるんだけど」

「いくつか?! お、お前そんないくつも隠しごとしてたのか!?」


 意外な告白に、思わず立ち上がる。


「あ、あの、いいわけさせてほしいんだけど、あの、ほんと、疚しいことではなくて」

「だとしても、隠されるのは、そんな気分の良いもんじゃないだろ。ここ最近、なんかずっとおかしかったし」

「ごめん。でも、あの、それも今日までだから。もう今日全部話したら終わりだから。そしたらあとはもう何もないから」

「ほんとだな」

「うん」

「あ、あとその……何だ。あの、別れるとか、そういうのじゃ、ないんだよな?」

「えっ!? 何言ってるの萩ちゃん! そんなこと天地がひっくり返ってもないよ! そんな悲しいこと言わないでよ!」

 

 今度は夜宵が立ち上がった。僕はそんなこと一瞬たりとも考えてないよ! と両手を振って力説する。うっわ。何この可愛い生き物。


 とにかくお互い落ち着こう、と座り直してコーヒーを飲む。それで、と夜宵は話し始めた。



「……筋トレぇ?」

「うん。ほら、ここ最近色々あったからさ。ちゃんと自分でも対処出来るようにならないとって思って。それで、椰潮やしおさんに相談して」

「むしろ俺に相談しろ! 何で兄貴なんだよ!」

「だ、だって恥ずかしくて……!」

「クソ兄貴め……! 身内だからって油断してた……! もしかして深夜出歩いてたのは――」

「ランニングしてた」

「それで結局、筋トレの効果は?」

「一応あったんだけど、やっぱり椰潮さんとか萩ちゃんみたいな感じにはならなくて」


 そう言いながら、服をぺらりと捲って腹を見せる。筋肉がないというわけではなく、むしろ引き締まった身体である。いやもう見せんな見せんな。


「それと……、あっ! 萩ちゃん、お腹空いてない?」

「え? あぁ、まぁ、ちょっと。でも、何も用意して……」

「それがもう一つの隠しごとなんだ。ちょっと待ってて」


 と、調理台の上に置きっぱなしになっている紙袋をテーブルの上に置く。中のモノを慎重に取り出して、ガサガサと包みを剥がすと――、


「うっわ、すげぇ……」

「今日ね、これを作りに行ってたんだ。駅前のお料理教室で」


 フライドチキンに、何かよくわからないパイの包み焼き、それから、スープジャーに入れられたトマト系のスープ。あと、これはさすがに買ってきたらしい、バゲットである。


「一緒に住んで初めてのクリスマスだったから、自分で作りたくて。それで、何も用意しなくて良いよって言ったんだ」

「マジかぁ……」

「そのお料理教室ね、通えない時はリモート参加も出来るし、アプリで過去のレシピ動画が見られて便利なんだよ。お気に入りしたやつは何度でも確認出来たりして」


 ほら、とスマホ画面を見せてくる。ずらりと並んだお気に入りレシピはどれもこれもここ最近夜宵が作ってくれたものだ。


「いままではずっとリモート参加してたんだけど、さすがにこのメニューはリモートじゃ無理かなって思って。それで」


 ごめんね、どうしても驚かせたくて、と俯く。


「いや! 全然! ていうか、もう全然アレだし! その、えっと、何だろ、やべぇ、言葉が全然出てこねぇ! とにかくあの、ありがとう!」


 何で漫画やアニメのキャラってスラスラと言葉が出てくるんだろう。こういう時、なんかもっと気の利いたカッコいいこと言えたら良いのに。


「良かった。喜んでもらえて。それで、あのね、実はケーキもあるんだ」

「んなっ!? マジで!?」

「スポンジから焼いたやつじゃなくて、市販のロールケーキをちょっとデコレーションしただけなんだけど」


 それはデザートの時のお楽しみね、と照れたように笑う。


 うわ、俺こんなに幸せで良いのかな。いや、与えられてばかりでは駄目だ。


「夜宵、あの、俺からもあるんだけど」

「何?」


 と、ずっと温めまくっていたポケットの中の箱を取り出して、テーブルの上に置く。


「開けてみて」

「う、うん」


 手のひらに収まるくらいの小さな箱だ。それを、ぱか、と開けると、中に入っているのは――、


「ピアスだ」

「もう一ヶ月経ったから、そのファーストピアス外せるからさ。どうしてもプレゼントしたくて、前々から準備してた」

「ありがとう萩ちゃん。着けて良い?」

「もちろん。そんで、その、ちょ、恥ずかしいから出来れば夜宵から気づいてほしいんだけど」


 と、不自然なくらいに片耳を突き出して見せる。


「もしかして……」

「もしかしない」

「お揃い?」

「そ」


 こく、と頷く。


「本当は指輪を贈りたかったんだけどさ。俺、夜宵のサイズも知らないし、サイズ測らせてって言ったらサプライズにもならねぇし」

「指輪も考えてたの?」

「だっ……て、夜宵最近すげぇモテるしさぁ。そういうのでもあったらその、魔除けになるかなって思ったりして、っつぅか」


 あっ、でも、いずれ贈る気ではいるけどな?! その、大学出たら、その、なんだ、けじめっつーか、そういうので、っていうか!


 などとついついいらんことまで口を滑らせていると、夜宵が、何やら恥ずかしそうにポケットから箱を取り出した。


「え、何これ」

「僕は用意してた」

「は? 何を?」

「開けてみて」


 いや、だってお前これ、どう見てもさ。


 言われるがまま、ぱか、と開けると、仲良く二つ並んだ銀色の指輪がある。


「えっ、これ、おま。俺のサイズなんていつの間に」

「たまに萩ちゃんここで寝落ちするでしょ。その時にそーっと」

「マジか! そっか、そういう時に測れば良かったのか!」


 そうだ、こいつは昔から意外と抜け目がないんだった。


「受け取ってくれる? その、僕とお揃いだけど」

「つけるに決まってんだろ。お揃い以外のがあってたまるか」


 

 それで、だ。

 そのわけのわからない番組を一緒に見ながら夜宵が作ってくれたご馳走とケーキを食べて、それで。


 それでいま、夜宵の部屋に二人でいる。

 なんやかんやで先延ばしにいていたけれども、今日こそはと、そういう気持ちで、ベッドの上に向かい合って座っている。


「あの、よ、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ。って萩ちゃん緊張しすぎじゃない?」

「馬鹿お前、緊張するだろそりゃ」

「あはは。だよね。僕もドキドキしてる」

「その割には余裕そうだけど」

「そうかな」


 などとおしゃべりしていたら今日も何も出来ずに終わってしまう。いつまでも待たせるわけにはいかないのだ。


 触れる程度のキスを合図に押し倒し、服のボタンを外そうとしたところで、ベッドサイドのぬいぐるみが目に入る。弥栄さんからもらったという、はしっコずまいのライオンである。


「悪いけど、ここから先はお前にも見せらんねぇから」


 そう呟いて、ぱたりと伏せた。

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【KAC20237】なんやかんやで幸せになる二人 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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