第5話 無表情仮面破壊作戦

———今日もまた朝が来た。


 いつもなら朝ごはんを頂いて、行ってらっしゃいと挨拶をするだけの朝。

でも今日は違う、リリアン•キャンベルにとって結婚して三年での、ようやくの、ヘロン•キャンベルとまともにデートに行く休日だからだ。


 今日のための準備はした。

旦那様が内緒で送ってくれたドレスに身を包んで、茶色の髪もいつもと違って編み込んでみた。


 旦那様にもらったドレスは首の後ろに大きなリボンがついた白に紺色でアクセントがついた可愛らしいものだった。

私にこういうのが似合うと思ってくれたんだろうか?だったら嬉しい。


 髪の編み込みは小人のスコラーが慣れた手つきで手伝ってくれた。

一週間みっちり練習してくれたらしい。


「さぁ!あとはどこにエスコートされるかだけね…!どこに行ったって作戦はバッチリよ」


 作戦だって妖精たち三人とみっちり練り込んだ。

妖精たち三人も小さな手と羽根で拳を作ってリリアンの声に応え、それぞれの配置について行った。


 鏡の向こうの自分に最後にもう一度気合を入れてリリアン•キャンベルはいつも引きこもっている自室のドアを開いた。



———ダイニングルームに入ると、今日も六人掛けの食卓のいつもの場所でヘロンは無表情で座っていた。


 おめかしをしたリリアンを見つめる視線がいつものより熱いような気がしたのは気のせいではない…はず。


 ヘロンはいつも仕事に行くのと変わらない格好———金の髪を一つに束ねて、白いシャツにベストを着て、王家の紋章が付いたワインレッドのスカーフを身につけていた。


「おはようございます」


「あぁ」


「今日は…お出掛け、二人きりのデートですよね?」


「…あぁ」


 デート…という言葉に一瞬間をあけたことをリリアンは見逃さなかった。

一週間の間、旦那様を観察し続けると色んなことが見えるようになった。


 例えば緊張して何か言いたいときはこんな風に少し間が長くなる。

すごくすごく可愛い。


コーヒーを飲み終えて玄関の扉の前に立つ。


「行ってきます」


 こっちに来て初めて口にした気がする、新鮮なセリフだった。



———玄関を出てすぐ旦那様の腕に自分の腕を絡めてみた。

細いと思っていたけれど、こうして抱きしめてるとやっぱり男の人のしっかりとした腕だった。


 次第にガチガチに力が入って旦那様の腕が鉄の棒のようになった。


 多分緊張しているらしい…冷徹そうな無表情な顔をして、バレてないと思ってるのかな?

か、可愛い。


「今日はどこに連れて行ってもらえるんですか?」


「あたりの店を少し見てから昼食、そのあと演劇を見に行こうと思ってるよ」


 ヘロンは早口で職務上の報告をするように答えた。


「楽しみです。旦那様はこの辺りは詳しいんですか?」


「あぁ」


 街デートか…用意していた作戦の半分は使えなくなっちゃったけど、まだ使える作戦は残ってる。

リリアンはそんなことを考えながらヘロンの腕をギュッと握りしめた。


 軽く手に触れてみると洗った後のように手汗でびっしょりとしていた。



———ヘロンは可愛らしい小物店へとリリアンをエスコートした。

お手軽な価格の髪留めやアクセサリー、それと置き物なんかを取り揃えているお店で、自分たち以外は十代の可愛らしい女の子ばかりのお店だった。


 もぉっ、子供扱いして…とも思ったが、自分のことをそんな風に思ってくれてるのか、と考えるとそれも悪くない気がした。


 小物店で可愛らしい置き物を見つけた。

ハートを持ったネズミのぬいぐるみを手に取りライアンに似てるな、と思った。

そんな時に耳元で声がした。


「御嬢様っ!御嬢様っ!そろそろ作戦を実行しますか!?」


 作戦の実行役としてリリアンの肩で待機している小鳥のグリフィンの声だった。


(まだダメ…もう少し人気がなくなってからお願い)


「ガッテンショウチッ!」


 リリアンは心の中でグリフィンに囁きかけた。

どうやらそれで妖精たちには声が届くらしい。


 スコラーによれば『妖精の声が周りに聞こえないのだから縁深き御嬢様の声が周りに聞こえなのも至極当然のことでございます』ということらしい。


———小物店を出るとヘロンが少し遅れて店から出てきた。


「次はご飯ですね?旦那様のおすすめですよね?なんでしょうか?お肉?お魚?私なんでもすごくすごく好きです」


「……あぁ、お昼だから肉だけの簡単なランチだよ」


「楽しみ〜!お腹空いてきました!」


「あぁ」


 リリアンは店の場所を知らなかったが、ヘロンより少し前を歩いた。

そうすると後ろから「次は右だよ」と優しい声を聞くことができたからだ。


———しばらく歩くと閑静な道に出た。

小物店の周りよりもなんだか高そうなお店とお屋敷が立ち並び、人気もまばらな場所だった。


 なんとなく大人!って感じの場所…ここがチャンス…そうリリアンは思った。


(グリフィン…!作戦番号八番!実行よ!)


「ガッテンッ!」


 心の中でグリフィンに語りかけると、小鳥の妖精は元気よく返事をして肩から飛び立った。

そして小さなクチバシでリリアンのスカートを捲りあげ、美しい白い太ももをあらわにした。


「きゃっ!風…ですかね?」


 そう言って旦那様の方を振り向くと、リリアンの太ももがあった場所を見つめたまま固まっていた。


「恥ずかしいものを見せちゃいましたね…」


「あぁ…いや、何も見ていないよ」


 そういうと旦那様は真っ赤な耳をして、一つに束ねた金髪を揺らしながら首を振った。


———ねぇねぇ!私のスカートの中を見てあんなに赤くなっちゃったの!?とってもとっても可愛い…!


 そんなヘロンの態度はリリアンのイタズラ心を大きく刺激した。


「本当に…?」


「あぁ」


「本当の本当の本当に何も見てませんか?」


 リリアンは上目遣いをしてヘロンの顔を覗き込んだ。


「…ほんの少しだけ視界の端に映っただけだよ」


「もぅ…!旦那様の嘘つき」


「…大丈夫。ほとんど見えていないよ」


「私の脚は…どうでしたか?変だった?」


「………あぁ。いや。あの、そんなことは…ないよ」


 ヘロンは高速で薄紫の瞳を右へ左へと移動させながら頭を回転させているようだった。

そして、なんとか言葉を口から搾り出して手汗をたっぷり流しながら、リリアンにカチコチの笑顔で微笑んだ。





———昼食は前菜とお肉の簡単なランチコース、それと素敵なデザートだった。


 落ち着いた閑静なレストランはすごくすごく素敵な雰囲気だった。

でも、リリアンは本当はもう少し賑やかな場所でご飯を食べるヘロンを見てみたかった。


「こうして向き合ってご飯を食べるのなんて久しぶりですね?」


「あぁ」


「最初の頃は向き合って食べていたような気がするんですけど、いつのまにか隣で食べるようになりましたね」


———そう、最初のうちは向き合っていたのだけどいつの間にか旦那様が横にいた。

私は座る場所を変えてないからきっと旦那様が近づいてくれたんだと思う。


「あぁ……今度からは向き合って食べようか?」


「い〜え!私、旦那様の隣で食べてる横顔を見ているのも好きですから」


 そう答えてニコッと少女のようにリリアンが笑うとヘロンはものすごい勢いでパスタを巻いて口に運び始めた。


「リ、リリアン様!このライアンが確認したところヘロン様の心臓が張り裂けそうなほど強く鼓動しております!」


こっそりと後をつけてきたライアンが旦那様の胸元に忍び込んで心臓の高鳴りを報告してくれた。


こうやってヘロンの顔色や身の回りを観察して報告するのが今日のライアンの任務だった。


(ありがと!ライアン!やっぱり恥ずかしがってるのね、私の旦那様ったらすっごくすごく可愛いと思わない!?)


「リリアン様の旦那様ですから!世界一素敵な御仁です」


無心でパスタを食べ尽くそうとするヘロンにリリアンがもう一つ質問をした。


「旦那様は私の食べてる横顔を見てどう思いますか?」


「…………あぁ」


———すごくすごく長い沈黙があったってことは、すごくすごく恥ずかしいことを言いたかったってこと!?もぉ!もぉっ!可愛い!でも…

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