新人

 換気の為に窓を開け、気持ちのいい陽光差し込むある日の放課後。


「えー、今日から体験入部が始まるわけだが……正直に言おう。俺は期待していない」

「右に同じく」


 第二棟二階部室にて長谷川と誠也が言った。


「というかこれ以上増えられると困る」

「右に同じ……かない。俺は増えてほしいと思ってます」


 何故、長谷川が部員の増加を望まないのか。その理由は簡単。以前にも述べた通り人が増えればその分仕掛け発見のリスクが上がるから。ついでに言えば――


「あ、部長!これパッちんガムだよ!」

「クッ、また貴様か、ドッキリハンターがッ!」


 天城が悉く長谷川の仕掛けを潰していっているというのもある。無意識に。

 これには誠也や深月、明日香も驚き、次には喜んだ。救世主がやってきたと。


「これ懐かしいなぁー。おじいちゃんの骨にヒビ入っちゃったっけ」

「君は一体何をしたんだ?それはパッちんガムとは言わんぞ?」


 天城もまた祖父祖母相手に腕を磨いていたらしく、一通りのものは分かるらしい。後は熟練者の勘で仕掛けを発見しているとかなんとか。ちなみに部長に言わせると、天城はドッキラーの風上にも置けないとかなんとか。


(つーかドッキラーってなんだよ。ドッコラーポケモンか)


「私は欲しいな!先輩っぽいことやってみたいから」

「私もかなー」

「誠也君と天音ちゃんが実行委員に取られてしまいますから。労働力が欲しいんです」

「何気に月城が一番ひどくないか?」


 それには誠弥も同意する。新入部員はアルバイト要員ではないのだから。


「僕もこないと思うなー」

「先生がそれを言っちゃダメだと思います」


 グデっと、椅子に背中で座り窓際で日向ぼっこする猫……化け猫こと藤沢に深月が苦言を呈する。が、相手は第3中の昼行燈と名高きおっさん。素直に聞き入れるはずもなし。


「でも、事実だよ?高校っていうキラキラ輝く世界に夢見たお子様たちがボランティア部なんて選ぶはずがないじゃん。一年から入ってたのなんて君たち二人ぐらいだし」


 確かに入学時点から調査書のことを考えている15歳は珍しいだろう。それこそ上澄みの進学校でもない限り。


「だから一年生なんて来ないよ。というか、部員が増えると仕事が増える」

「それが本音じゃないですか」

「……てへ?」

「中年がやっても気持ち悪いだけだな。もう二度とやらないでください。受験に響く」

「えぇ……そんなにキモい?おじさんショック」


 肩を落とし分かりやすく落ち込む演技をする藤沢。これを美人イケメンがやれば可愛く見えるが、藤沢がやってもイラつくだけである。そのせいでちょっとヒリついた空気が部室に流れた時――


「す、すみません」


 一人の少年がやってきた。


「ここが、ボランティア部です、か?」


 黒髪黒目。中肉中背。平凡という言葉がピタリと当てはまる少年であり、だからこそ来るのも納得の属性である。

 だが、それでも不意を突かれた面々は脳が処理できずフリーズしてしまう。そんな中、深月が一番早く再起動し聖母の如き笑みを浮かべて


「はい。ここはボランティア部。世のため人のために役立ちたい。そんな人が集まる部活です」


 とても耳障りのいい言葉を吐いた。


「え、えっと」

「気にするなよ少年。あれは創部時の建前で実態は活動4割おしゃべり6割りのゆるい部活だ。因みに俺が部長な」

「そうそう。気楽でいいからね。あ、私は副部長」

「俺は2年の和泉誠也です。よろしく」

「私は天城天音!よろしくね、えっと……一年生君!」


 そしてそれぞれ挨拶をしていく部員の面々。それに小さくよろしくお願いします、と返した少年は、初対面に強烈な印象を残してきた相手から名前を聞いていないことに気づく。


「あの、その、そちらの方は?」

「私は2年の月城深月です。よろしくお願いします」

「あ、よ、よろしくお願いします!あ、僕は佐藤一樹です」


 完全に緊張して口が動いていない少年こと佐藤。そんな彼にこの部の悪心が近づいて行く。


「あー、君、入部希望者?」

「は、はい!」

「んー、やる気があるのはいいんだけど、ここ大変だよ?」

「それは、わかってます!」

「じゃ、何で入ろうと思ったの?」

「そ、それは……」


 藤沢、完全に入部を防ごうとする動きである。故にそれを見る部員の目は冷たい。もう氷河期レベル。

 そして突然無茶振りされた佐藤はというと、視線を彷徨わせ、口を開閉しておりちょっとしたパニックに陥っている。流石にこれは、そう思った誠也達がフォローに入ろうとした時、声が響いた。


「僕……運動出来ないんです」

「うん?」

「勉強も、かなり入学ギリギリのラインで、要領悪くて、とにかく良いところがないんです」

「うん」

「だから、運動部とか、文化部に入るより、人の役に立てるこの部の方が、なんかいいなって。そう思ったからです」


 短いし、ほぼ初対面の人間の言葉。だから感動とかそういうものはないけれど、彼の姿勢と声を聞けばそれが本当かどうかぐらいはわかる。こんな形でも藤沢は教師である故に。


「……よし、君は僕の手を煩わせる資格あり」

「えっと?」

「入部許可しますってこと。まぁとりあえず仮入部してからをお勧めするけど」


 一秒、二秒、三秒。それから佐藤はパッと顔を輝かせる。


「精一杯頑張ります!これからよろしくお願いします!」


 この日、天音に加え更にもう一人の部員が増えた。


(今年だけで二人増か……仲良くなれるかな)


 クラスだけではない。変化の少ないこの部でも、新しい風が吹いていた。

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