第9話

一週間後


 あれから二日間ジャングルを彷徨い続けて山へと出ることができた。


 それから更に五日間かけて山を越え森を彷徨い、ようやく森の出口が見えてきた。


 この一週間、何度も死にかけた。ジャングルは別格として山にも森にも化け物がうじゃうじゃいやがった。


 何が食べられるもので何が危険なものか、方向は合っているのか。


 案内されていたとはいえずっと気が気じゃなかった。結果的にほぼ最短ルートだったのだろうとは思う。


 服もほとんど破れて病気にもかかった。薬ですぐ直ったが。紫色の島の薬品の効果ヤバすぎだろ、ゲームのポーションじゃないんだぞ。そんなことをツッコむ元気もないほどくたくたのボロボロだ。


 今鏡を見たら、随分やつれていることだろう。


 それでも何とか森の入り口が見える所までやってこれた。


 「やった……出口だ!」


 「達者でな。俺はやり残したことがある。お前はもう落ちてくんなよ」


 投げかけられた言葉はほとんど聞こえていなかった。後々になってそういえばそんなことを言われたかも。と思い返すまでは気がついていなかった。


 足場の悪い森を走り抜けて草原へと出た。そこには人がいた。沢山の視線が俺の方へ一斉に向いた。


 そこで俺の記憶は一度途切れた。



 目が覚めた時。白い天井が目に映った。


 身体はなんとなく重いが、ジャングルへと落ちてからずっとあった疲労やしんどさ、筋肉痛などはすっかり無くなっていた。


 「ここは……」


 呟くと俺の顔を覗き込む様にウヅキの顔が視界に入ってきた。


 「ケンタロウ!」


 涙目でそう叫んでいた。その後、ドアが開く音がして母さんと叔父さんが来た。


 母さんが俺の名前を叫びながら抱きつく。


 「ケンタロウ! 心配したんだよこの子は!」


 いい年の大人がわんわんと泣き続けていた。三分くらいずっとそんな状態。


 少し落ち着いたのか泣きながらも声は出さないように座り直したところでようやく俺が切り出した。


 「なあ、俺あれからどうなったんだ? 森を出てそれからの記憶が……」


 「ケンタロウ、お前落ちたんだよ。奈落に」


 「知ってるよ。つーか突き落とされたんだ。ウヅキのストーカーに」


 「ああ、既にとっ捕まえてる。現場近くにいたカップルが犯行の瞬間をカメラで撮ってくれていてな。通報もあってすぐに取り押さえたよ。

 まだ未成年とはいえ、故意で溝に突き落としたとなれば相応にバツが下る。重罪だからな」


 「そうか。なら安心だ。よかったなウヅキ。これでもうストーカーに悩まされずに済む」


 「……」


 「ウヅキ?」


 「ゴメン……私の問題に巻きこんじゃって」


 「巻きこんだのはストーカーの方だろ。お前は被害者なんだから気にすんなって」


 「気にするよ。ケンタロウもう死んだと思って……」


 ウヅキは紙袋を抱えていた。あの時俺が勝った誕生日プレゼントの奴だ。突き落とされた時に運良く奈落じゃなくて島の方に落ちたのか。


 「そういえば今日何日だ?」


 「五月十二日。ケンタロウ二日間眠りっぱなしだったんだ」


 叔父さんが答えてくれた。そうか、なんとか間に合ったな。


 「ウヅキ、誕生日おめでとう。そのプレゼント気に入ったか?」


 「……バカ! 直接渡せバカ!」


 泣きながら怒鳴られた。でもその後笑っていた。


 母さんも叔父さんも。そして俺も。



 「で、ケンタロウ。お前どうやって戻って来れた? 何があった?」


 叔父さんが神妙な面持ちで訊ねてきた。


 母さんは今病室を出て仕事に行った親父に電話している。


 ここにいるのは俺と叔父さんとウヅキだけ。そのウヅキも真剣な眼差しで俺を見つめていた。


 「気がついたらジャングルで、とにかく必死に駆け回って、なんとか山を越えて森について森からも出た。

 怪物に襲われながらだったから細かいことは覚えてない。逃げるのに必死だったし」


 嘘はついていない。でもあの男のことには触れなかった。


 ジャングルを出て森を歩いている際に『無事出られても俺のことは話すな。なるべくな』と何度も釘を刺されたから。命の恩人の言葉を無下にはできない。


 「とにかく帰りたい帰りたいって思いながらだったから、どうやって戻ってこれたかもあまり……」


 「そうか……でも本当によかったよ。無事でさ」


 「うん。本当に」


 「でもこっから忙しくなるぞ! なにせ超々久々の生還者だからな。取材に取り調べ。一躍スターになるぞ!」


 「うわっ……面倒くさいな」


 「今の内になんて答えるか考えておけよ。あぁでも、まずはじっくり休め。病み上がりだからな。無理するな」


 「私も今日は帰る。一人で落ち着いて」


 「ああ、助かるよ。ありがとう」


 ドアが閉まると随分と静かになった。


 ここには誰もいない。一人になって俺は再び上半身を寝かせる。


 そしてふと、あの時のことを思い出していた――



――



 「……いったい何なんだよあんた」


 「……俺はナナシマ テト。 “カラレス”だ」

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