ACT.10/魔女と女騎士



「というわけで、結局、ナキア殿の予想がほとんど当たっていたようだ。パーシル料理店に聞き込みを行ったところ、料理の材料にするため、スライムの干物を仕入れていたことが確認できた」

「そうですか」

「実際には、運輸業者の対応が杜撰で、保管していた箱の中に、水が入ってしまっていたらしい」


 三ヵ月が、経った。

 港町ライルを襲った呪い、〈渇き病〉は一応の終息を見せ、ナキアも町を離れ、自身の住処へと帰還することができていた。


 いや、「終息を見せ」とひとことで終わらせてはいけない。ナキアにとっての仕事・・は、あの会合の後が『本番』と言ってよかった。


 試作した〈スライム下し〉の本格増産に向けた素材の調達や、より大量の薬が作れる製造設備の確保。さらに、人体に投与する際の影響の検査、そして、成分の調節。改善。アクアル・モヴィオのより詳細な生態調査。エトセトラエトセトラ。やるべきことは山ほどあり、やるべきことをやるために、寝食を削り没頭した。三ヵ月で体重はかなり落ちることとなる。


 なんにせよ、そのおかげで、ひとまずは、ライルの町に平穏が戻ったのだ。

 平穏が戻ったというのは、決して、以前の状態に戻ったというわけではない。失われた命は戻らない。しかし、それでも、目に見えない『呪い』に苦しめられるということはなくなった。


 原因がわからず、対処することもできない災禍は、人間の手によって解決可能な問題へと引きずり落されたのだ。


 ――呪いは、解けたのである。


 ナキアも、自分の家に戻り、魔術の研究に没頭する、以前の生活に戻ることができたのだ。カルラと出会う前の、引き篭もりの魔女に。


 今日は、依頼の報酬を持ってきたカルラとともに、事後報告を兼ねて、お茶を楽しんでいる所だった。

 足の踏み場もないほど散らかっていた小屋の中も、幾分かマシになっている。


「この紅茶、いい香りだな」カルラがほほ笑む。「飲んだことがない味だ、すっきりとしていて、目が覚める感じが好ましい」

「気に入っていただけて、よかったです。夜飲むと、眠気が飛んで、眠る必要がなくなっていいんですよ」

「……眠たくなくなったとしても、眠る必要はなくならないぞ? ナキア殿の不規則な生活は、もしかして、普段からそうなのか?」

「そんなことないですよ。……たぶん」

「食事も、ちゃんと取っているのか? 前会った時からさらに痩せてないか?」

「食べてます食べてます」

「ちなみに、昨日は何を食べたんだ?」

「昨日はちょうど、何も食べない日でしたね」

「いいかナキア殿。『何も食べない日』なんてものは、無いんだよ――」





 楽しい時間は、あっという間に流れる。

 ナキアは、去り際のカルラに、一枚の木札を渡した。


「これは……?」カルラが尋ねる。「ドザン殿が持っていたものと、同じもののようだが」

「特別なおまじないがかけられた、カードになります。この家には、私の許可がないと近づけないようになっているんですが、そのカードを持っている人は、いつでも来られるようになっているんです」

「許可証のようなものか」カルラは頷いた。「私が以前にアポイントなく訪ねることができたのは、ドザン殿の札を持っていたから、ということだな」


 厳密には、札を持っている者と、その周囲の者にも効果がある。許可証を持たない〈梟〉がこの小屋に近づけたのは、音を立てない特殊技能を用いて、非常に近い距離で、カルラたちを尾行していたからだろう。


「はい。ですので、もしまた困ったことがあったら、それを持って、会いに来てください」

「ありがとう、ナキア殿。大切にするよ」


 カルラは、木札を服にしまうと、にっこりと笑った。

 別れを惜しむように、カルラはナキアを抱き寄せる。抱擁。

 あたたかい。

 目を丸くするナキアをよそに、女騎士はぱっと離れると、颯爽と馬にまたがる。


「それじゃあ、ナキア殿。また、いつか」


 カルラは、別れの挨拶を告げると、森の出口へ向けて馬を歩かせた。

 女騎士の背中が遠くなる。


 ナキアは、彼女の背中を見送りながら、想像以上にさみしく思っている自分に驚いていた。


(『また、いつか』か――)


 おそらく、その『いつか』が来るのはずっと先になるだろう。あるいは、もう二度と来ない可能性もある。


 アザリア剣誓騎士団の女騎士と、一介の魔女。〈渇き病〉という非常事態が引き起こした偶然の出会い。身分が違う。住んでいる場所も遠い。何か用事がなければ来ることはない。


(そもそも私は、カルラさんに釣り合うだけの人間ではない)


 もしかしたら、これが、今生の別れになるのかもしれない。

 そんな風にひとりごちながら、ナキアは自分の小屋の中へ入っていった。


 しかし、ナキアのセンチメンタルな予感に反して――、

 魔女と女騎士の再会は、想像よりもずっと早く訪れるのであった。






〈Chapter.01 『乾き病』――了〉



 To Be Continued...















(※)

 作中冒頭のエピグラフは、

 シモーヌ・ヴェイユ著『重力と恩寵』/田辺保[訳] ちくま学芸文庫

 より引用したものになります。


  

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焜燿の魔女エルトナキア 朽尾明核 @ersatz

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