ACT.09/呪いの正体


 〈焜耀の魔女〉エルトナキアが、港町ライルを訪れてから、一週間が経った。

 町の中央部にある石造りの建物――庁舎の会議室に、六人の人間が集まっている。


 その男は、巨大だった。身体も、肩幅も、顔も、手も、腕も、腹も、腰も、足も、大きい。胸板は厚く、身長も高い。椅子に座ってなお、ナキアよりも高い位置に頭があるのだ。

 顔つきは鋭く、野生の獣のような眼光があたりを油断なく見渡している。


 〈アザリア剣誓騎士団〉副団長――ゲオルグ・ケンフォード。


 ナキアは今日初めて会うが、感じる威圧感は尋常では無かった。「悪い人ではない」とカルラは言っていたが、良いとか悪いとかの前に、生物としての強さが、自分とはかけ離れていると感じた。


 もう一人の男は、ゲオルグと比べれば、ずいぶん細く見えた(もっとも、ゲオルグと比べれば、大概の人間は細く小さく見えるだろうが)。幸が薄そうな若者は、この町の前町長の息子だということらしい。前町長が〈渇き病〉に倒れたため、急遽代理としてこの場に参加している。


 そして、三人目は、ロイド司祭だ。ナキアが最後にあったのは、町にやってきた初日――一週間前だが、そこから、さらに憔悴しているように見える。頬が痩け、目の下の隈もひどい。しかし、それでもナキアに対する憎悪の感情は少しも減っていないことが、その視線から見て取れた。睨むだけで人が殺せるならば、ナキアはすでに三回は死んでいるに違いなかった。



 そして四人目。


 会議室の椅子に優雅に腰掛けているのは、第八王子ディルヘルム・XXXX・ハーザイトその人である。どう見ても本人であるにもかかわらず、「いやいや、一国の王子が、呪い蔓延る町に足を運ぶ訳ないだろ。俺は代理人――ディルと呼んでくれ」などと世迷い事をのたまうのである。あくまで本人では無いという言だが、誰も信じていない。


 たしかに、王位継承権が低いとはいえ、このような危険地帯に王族が来ることはありえない。だからこそ、代理人であると主張しているのだろう。周囲の人間からすれば、頭を痛めるような行動ではあるが、ナキアにとっては都合がいいことも事実であった。


 五人目は、女騎士カルラ。


 そして最後に、〈焜耀の魔女〉エルトナキア。


 以上六名が、一同に会していた。


 ゲオルグ、町長の息子、ロイド司祭、ディルヘルム王子が席に座り、彼らと対峙するように、ナキアとカルラが並んで立っている。


「えー……」ナキアが、座っている四人に向けて話し始める。「本日はお集まりいただきありがとうございます。本日皆様に来ていただいたのは、いま、この町――港町ライルに蔓延している呪い、〈渇き病〉の解析と、その対策方法が見つかりましたので、ご報告をさせていただくためです」


 ぱちぱちぱち、と、拍手。しているのは、ディルヘルム王子ただひとりだ。「あ、どうも」とナキアは頭を下げる。


「じゃあ、さっそくですが、説明をさせていただきます。カルラさん、お願いします」


 ナキアの指示により、カルラが席に座る四人に、ふたつのものを配る。

 ひとつは、小さいモノを大きく見ることができるレンズ、拡大鏡だ。そして、もうひとつは――


「これは……?」

「皆さんにお配りしたのは、薄い硝子の板を二枚重ね合わせたモノです。硝子板の間には、町の井戸から採取した井戸水が入っています」

「井戸水……?」王子が、渡された板を眺めながら質問する。「じゃあ、やっぱり呪いは井戸から伝わったってことなのかな?」

「はい。感染経路は『井戸水』です」

「それはあり得ない」ロイド司祭が言った。「教会でも検査を集中的に実施したが、なんの異常も発見できなかった」


「あー……」カルラは頬を掻く。「とりあえず、最後まで説明させてもらっても良いでしょうか。質問とか、反論とかあれば、説明が終わったあと、まとめて受け付けますので……」

 ロイド司祭は、不承不承と言った様子で矛を収める。

「それでは、お手元の拡大鏡で、お配りした井戸水を見ていただければと思います」


 ナキアの指示に従い、四者それぞれが、拡大鏡を覗く。しかし、しばらく経ってもなんの反応もなかった。強いて言えば『困惑』だ。


「えっと……何も無いように、見えるのですが」町長の息子が、たじろぎながら質問する。

「よく見てください」ナキアは促す。「よーく見ると、小さく、ぽつぽつと、丸い、白っぽいモノがあるはずです」

「え――あ、これ?」王子が声を上げる。「これ、気泡じゃなかったんだ」

「あー言われてみれば確かに、俺のところにもあるな」ゲオルグが言った。「ひとつだけじゃねぇ、気づくと、いろんなトコロにぷつぷつと、たくさんあるぜ。なんだ、こりゃ」


 拡大鏡から目を上げた、四人の視線がナキアに集まる。



「それは、『スライムの卵』です」ナキアは、彼らの疑問に対して答える。「そして、そのスライムの卵・・・・・こそが・・・この町の呪い・・・・・・、〈渇き病・・・の正体だったんです・・・・・・・・・



「スライムの卵……? いや、それは――」ゲオルグが呟く。

「ゲオルグ、反論は最後にしようじゃないか」王子がたしなめた。

「ん、ああ。すまん、話の腰を折って。続けてくれ」騎士団長は魔女に頭を下げる。


 ナキアは、説明を続ける。


「今回の〈渇き病〉は、スライムの卵が人間の体内に入ることによって引き起こされます。今回ライルの町の井戸には、スライムの核――死骸ですね。も、合わせて発見されました。知らないうちに井戸に潜り込み、そこで産卵したものだと思われます。確認していただいた通り、この卵は、肉眼で見えるか見えないかというぐらい、非常に小さいため、普通に生活していれば、まず気づくことはありません。したがって、住民も知らないうちにこの卵を飲んでしまったんです」


 ナキアはそこで、ひとつの硝子瓶を取り出した。


「卵には孵化のための条件があります。調べたところ、まず『水分』、そして『栄養素』、最後に『適当な温度』――この三つの条件が、孵化には必要でした。三要素がそろわない限りは、孵ることはありません」

「井戸の中では孵らないってことか」ディルヘルム王子が言った。

「はい。逆に、飲み水などと共に人間の体内へ入っていった場合、そこは理想的な孵化環境、ということになります」


 ナキアは、手にした硝子瓶を掲げて見せる。

 それは水で満たされており、一見水しか入っていないように見えるが、よく目を凝らすと、ちいさな白いクラゲのようなモノが、何匹も漂っている。


「これは、同じく井戸の水を、条件を整えて時間経過させたものになります。およそ三日ぐらいですね。中にいる小さなモノが、スライムの幼体です」


「スライムの赤ちゃんか……」


 四人は、硝子瓶を回しながら、順番に眺める。


「体内で孵化した幼体は、その後、胃の壁に穴を開け、血管内に侵入します」

「こんな小さい奴がか」ゲオルグが感心したような声をあげる。

「はい。身体は小さいですが、すでに人間の胃酸より強い溶解液は分泌できます。その際に腹痛として症状に表れます。そして、血管内に侵入したスライムは、そこでさらに成長し、全身を駆け巡ります。最終的に、人間の内臓を内側から溶かし、食らいつくすことで死に至らしめる、というわけですね」


 説明を聞いた四人の間に、驚きの表情が浮かぶ。


「はい」ディルヘルム王子が手を挙げる。「質問をしてもいいだろうか」

「どうぞ」

「今回の呪いがスライムの卵によって引き起こされたものだとしたら、もっといろいろな地域で似たような現象が見られていないとおかしいんじゃない? スライムが井戸に入る事なんて、そんなに珍しいことじゃないだろうし。なんでいままで、スライムの卵が危険だっていう話にならなかったの?」

「それはですね、この国では、スライムは卵を産まないからです」


 ナキアの言葉に、四人が目を丸くする。


「スライムは一般的に交尾をした後に、分裂をして数を増やします。二匹のスライムのそれぞれの核が分かれ、四つになり、八つになり、十六になり……核の数が増えるほど、スライムの体積は小さくなりますが、そうやって分かれた後に、再度成長をして大きくなるのです」

「だよなぁ」ゲオルグが言った。「俺がさっき言いかけたのもそれなんだよ、スライムは卵を産まないってこと」


この国では・・・・・ということは、別の国では産卵するスライムがいるということでしょうか?」


 町長の息子が尋ねる。


「そうです」ナキアは頷く。「卵を産むタイプのスライムは、砂漠の国アレーナの、ダウード地方という場所にだけ生息しています。熱さと乾燥に弱いスライム種は、基本的にアレーナでは生きていけません。しかし、ごく一部の地域に限り、独自の進化を遂げることで、環境に適応しました。この種類のスライムは〈アクアル・モヴィオ〉――現地の言葉で、〝動く水〟を意味する名前で呼ばれています。アクアル・モヴィオは乾燥に非常に強く、体内の水分量が一定値を下回り、干からびた状態になっても、仮死状態になり、かなり長い間生き延びることができます」

「どれくらい?」王子が言った。

「約一年。長い例だと、三年近く生きていたこともあったそうです。――アクアル・モヴィオの卵も、乾燥や熱に強く、卵の状態のまま、死滅せずに耐え続けることができます。乾季を乗り越え、雨季に入り、周囲が水と、豊富な栄養で満たされるようになって、やっと孵化するような習性になっているそうです」


「じゃあ、そのダウード地方だと、今回みたいな事態はよくあるのか?」ゲオルグが手を挙げると同時に質問を投げかける。

「そうですね。〈水熱アクヒルダ〉という風土病として知られています。なので、ダウード地方の住人たちは、決して生水を飲みません。必ず煮沸消毒を行い、飲み水を保管するための水瓶も、密閉性の高いつくりになっているそうです。また、川魚などを食べる際も、生で食べることは絶対にせず、良く火を通したものしか口にしないとのことでした」

「魚がスライムを食べてて、それを食べて二次感染するリスクがあるからか」王子が頷く。

「魚の体内に入り込み、成長して内側から食い破る。そうして魚の死体ができれば、今度はその死体が分解され――その水場の栄養が豊富になり、さらに他の卵が孵化する環境になっていく、というわけです」

「えげつねェな……」ゲオルグが呟く。


 もともと、ナキアはそこまでアクアル・モヴィオに詳しいわけではなかった。ライルの町に来るまでの道中で、カルラに語った雑学程度の「アレーナには卵を産むスライムがいる」という聞きかじりの知識しかもっていなかったのである。もしかして、スライムの卵が〈渇き病〉を引き起こしているのでは無いか――という仮説を立ててから、魔女連盟に連絡を取り、アレーナの風土病や、魔物の生態に関する研究資料を取り寄せ、詳細な情報をかき集めたのだった。


「対策も見つけたって言ってたよね?」ディルヘルムが質問する。

「はい。まず一つは沸騰させることですね。アクアル・モヴィオの卵は環境変化には強いですが、さすがにぐらぐらと沸かしたお湯の中では生きていけません。数分間煮立てることで、死滅させられます」

「薪代は嵩むだろうが、それが一番確実か」ゲオルグが頷く。


「私の方でも、対処薬の開発を進めました」ナキアは懐から、小さな小瓶を取り出す。「リュウガイセンダンの樹皮を主成分とした――〈スライム下し〉とでも名付けましょうか――調合薬になります。これを、飲む前の水に混ぜれば、アクアル・モヴィオの卵を殺すことができます。人体に害はありません。人が飲んでも大丈夫です」

「井戸に直接入れれば、まとめてスライムを駆除できるんじゃないのか?」


 ゲオルグが髭をなぞりながら質問する。


「そうですね。量が多い分、調合に時間を取る必要があるのと、定期的に散布する必要はありますが、十分可能だと思います」


「むしろ、〈渇き病〉の症状が出てる患者に飲ませたら、治療薬になったりはしないの?」王子の質問。

「……その方法は、まだ臨床試験ができていないので、なんとも言えない部分ではありますが、理論上、症状が重症化する前であれば、一定の効果は望めるのでは無いかと思います。つまり、血管の中に幼体が侵入する前ですね」


「血液の中に入っちゃったら、手遅れ、か」


「その場合は、注射で直接血管に〈スライム下し〉を注入する必要がありますが……人体にどんな影響があるかはわかりません……」


「なるほど、ね」


 ディルヘルム王子は頷く。


「とはいえ、突破口は見えたわけだ。まず町の人に向けてこの事実の周知と、対策方法について教える。エルトナキア殿には、〈スライム下し〉の量産と、それから、飲むタイプと、注射するタイプの調整や臨床試験を行ってもらう。……あ、カルラの〈剣の誓い〉は上書きして置いてもらう必要があるね。それで――大丈夫かな」


 ディルヘルム王子のまとめに、他の参加者たちも頷いた。

 しかし、王子の隣に座るゲオルグが、何かに気づいたように声をあげる。


「ちょっと待ってください、王子。ひとつ抜けてますぜ」

「抜けてる?」

「呪いの正体の解析と、その対策。それと、感染経路の特定は、魔女殿がやってくれた。あとひとつ、『術者』についてだ。犯人捜しですよ」


「呪いを掛けた、魔女についてってこと?」


「スライムの卵は目に見えにくいです。せっかく魔女殿が薬を開発して、それを井戸に撒いて防いだとしても、別の方法で呪いを再発させようとしてくるやもしれません。わざわざ外国のスライムの卵を持ってきてまでこの町を滅ぼそうとした魔女だ。他にもえげつない呪いを知っている可能性も高いでしょう」

「〈渇き病〉が収束したとしても、安心はできない、と?」


 ゲオルグとディルヘルムの会話を聞いていたナキアが、手をあげる。ふたりの視線が、魔女に集まった。


「えっと……、その件についても、仮説がありまして……聞いていただいても?」

「マジか」ゲオルグが目を丸くする。「いや、ぜひ聞きたいね。話してくれ」

「はい。えっと、こちらを見てください」


 ナキアは、机の上に置いてあった資料を見せる。それは、以前カルラに頼んで入手してもらった、港町ライルの交易記録のひとつである。


「これは、輸入品ですね……その記録なんですけど、ちょうど、〈渇き病〉が流行する少し前のものになります」


 ナキアが示した部分、その商品名が、問題だった。


「これは――アレーナから『スライムの干物』が仕入れられている……?」王子が呟く。「仕入れたのは、パーシル料理店……」

「あ、そこは知ってます」町長の息子が言った。「この町で、結構有名な高級レストランです。大商人とか、ここに別荘を持ってる貴族の人たちが食べるような、高い料理の」

「いや、待て」ゲオルグが眉間を抑える。「どういうことだ? そのレストランが魔女とつながっていたのか? 第一、そんな証拠になるようなモノを、こんな記録が残る形で、堂々と正規のルートで購入なんて……」


「そうか」王子がはっと声をあげる。「スライム食・・・・・――スライムは、食材として輸入されたのか」


「私も、おそらくそうではないかと思います」ナキアは頷いた。「グルメな貴族への料理として、珍味を振る舞うために、スライムを輸入した。国内のスライムではなく、わざわざ外国のものを取り寄せたのも、さらなる高級感の演出でしょう。遠い異国のものをありがたがるお金持ちは多いですからね」

「え……スライムを食うのか?」


 ゲオルグが、嘘だろというような声を出す。


「食べるよ」王子が言った。「最近王都の貴族間で、魔物食がブームなんだ。俺もこの前食べたし。乾燥させたスライムをもどして、スープの中に入れるんだ」

「へぇ……味は?」

「旨いことは旨かったんだけど……、あれはどっちかっていうとスープの味かな。スライム自体は大して味がしないから、味と言うより、食感を楽しむものだよね」


「スライムはほぼ水ですからね」ナキアが言う。「しかし、パーシル料理店の誤算は、アレーナのスライムは、乾燥させても生きているということでした。湿気の多い海上やこの町で保管される内に、水分を取り戻して、動き始めたんでしょう。そして、町へ逃げ出し、さらなる水を求めて河や、井戸へ潜り込んだ――そして、そこで卵を産んだ。交尾をしたのか、あるいは、もともと子持ちだったのかもしれません」


「じゃあ、〈渇き病〉は――」


 ゲオルグが目を見開く。


「はい」ナキアは、机に座る四人を見て、言った。「魔女の掛けた『呪い』ではなく、偶発的な『事故』だった――そういうことではないかと、思います」



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