豚・呪い・ベーコン

朝起きると、豚にされていた。

夏の離宮に少人数で来たのが仇になったか。

この分では召使いから衛兵まで、全員まとめて豚になっているだろう。


「ブヒー!!ブヒヒブヒブヒ!?」

一匹の豚が、慌てた様子で私の部屋に入ってきた。

互いに豚だから言葉が通じる。

今のは「殿下!!これはいったいどういうことで!?」だ。

見た目ではわからなかったが、話しぶりからして衛兵のジョンらしい。

「雇われ魔女の呪いだよ。やり口から言ってな」

雇い主は公爵か、辺境伯あたりだろう。

唯一の直系王子である私が豚になれば、私が国を継ぐことは不可能になる。

それに乗じて、分家筋である公爵家や辺境伯家から次期国王を出し、国を乗っ取る算段だろう。公爵と辺境伯のどちらが黒幕か、最終的にはきっちりと調査しなければならないが……

「その前に、どうにかして人に戻らねばなるまい。ジョン、目覚めているのはお前だけか?」

「はい。今のところは」

「では、目覚めた者へは今説明したことを伝えるように。私は少し出てくる」

「はて、どこへでございますか?」

「麓の村だ。一般には知られていないが、あそこのベーコン神父は腕利きの魔法使いでもある。彼なら豚語がわかるはずだし、ひょっとすると解呪の方法も知っているかもしれない」


「三日で知らせがなければ、私は失敗したと考えてくれ」

そうジョンに伝えて、私は離宮を発った。

爽やかな初夏の朝だった。

豚でさえなければ、さぞ心地よかっただろう。

街道沿いに村へと向かう。

途中で体力が尽きてはいけないので、無理に急がない。

一般に、豚の歩く速さは人間とそう変わらないと言われている。

であれば、日が沈む前には村に到着できるはずだ。

何もなければ、の話だが。


豚として歩いてみて、気づいたことがある。

視点が低いから、遠くまで見通せない。僅かな起伏でも視界が遮られる。

村までは一本道なので迷うことはないのだが、これでは障害になるものがあっても直前まで気づくことが……足が空を切った。

バランスを崩す。

短足では抵抗も虚しく、まるまるとした豚の体は斜面を転げ落ちていく。

転がった先で、勢いよく水面に叩きつけられた。

溺れまいともがいたところで、豚にとっても大して深くないことに気づいた。

なんのことはない。小さな沢だった。

この沢は、離宮と村のちょうど中間にあるはず。

ここまでは順調に進んできたらしい。

沢の水をいくらか飲んでから、私は再び歩き始めた。


日もだいぶ傾いた頃、村の入口に到着した。

入り口では猫の一団が道を塞ぐようにたむろしていた。

「通してくれないか!」

と叫んでも、豚語は猫に通じぬようで、猫たちは嘲るような笑みを浮かべてにゃあにゃあ大合唱し始めた。豚の身には猫語は分からぬゆえ、何を言っているのかは定かではないが、あまり好意的ではなさそうだ。

体はこちらのほうが大きいとはいえ、数では不利。

農地に分け入って迂回する?いや、得策ではないだろう。

作物の背はこの体よりもかなり高い。

豚の視点ではすぐさま方向感覚を見失うのがオチだ。時間のロスは避けたい。

となれば……やはり強行突破しかあるまい。

私は数歩後退し、全力疾走を始めた。イノシシ譲りの突撃だ。

勢いに気圧されたか、猫たちは慌てて飛び退いた。

追ってくる様子はない。突破は成功だ。


狭い村だ。すぐ教会にたどり着いた。

早くベーコン神父を見つけなくては。

「神父!ベーコン神父!私だ!」

そう叫びながら、教会のドアに体当たりを繰り返す。

出てきたのは若い修道女だった。

礼拝堂の奥にいたベーコン神父は私を見てすぐに状況を察したようで、修道女になにやら指示を出すと、私を招き入れてくれた。


「そのお体では不便でしょう。解呪が先決ですな」

神父が短い杖を構えて神聖語の呪文を唱えると、次の瞬間、私は人間に戻っていた。右腕、左腕、右脚、左脚。順繰りに確かめる。どこにも異常はない。

「神父、助かったよ」

「いえいえ、呪いとしては初歩的なものでしたから」

「そうか、それで……」

「離宮の皆様も豚にされてしまったのでしょう?しかし今日はもう遅い。今晩はゆっくりと休んで、明朝一番、馬で離宮に向かいましょう」

「ああ、ああ、そうだな……そうしよう」

離宮に残した皆の解呪も目処が立ち、どっと疲れが出た。

教会のベッドに倒れ込んだ私は、そのまま眠ってしまった。


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習作三題噺集 木下ふぐすけ @torafugu

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