後編
あれから一年たって、今日はバレンタイン。僕は再び、地上にやってきた。お仕事先は、もちろん去年と同じ、ルリちゃんのいる学校。
ルリちゃん、どうしてるかな。
僕はというと、あれからもっともっとキューピッドとしての勉強を重ねて、見習いを卒業するまであと少しだって言われたんだ。
だけどそうなるには、大事なものが足りないっても言われちゃった。一人前のキューピッドになるために大事なもの。いったい何だろう。
まあいいや。それより今は、早くルリちゃんに会いに行こう。
ワクワクしながら学校に入り、ルリちゃんを探す。確か今は5年生になってるはずだと、5年生の教室を、順番に見て回る。
「いた。ルリちゃんだ!」
廊下から見つけたルリちゃんは、去年より背が伸びて、ちょっぴり大人っぽくなっていた。その姿を見て、胸がドキドキする。
なんて声をかけよう。久しぶり? 元気だった? 僕のこと、覚えてるよね?
その時、僕は気づいた。ルリちゃんが、ハートの形をしたチョコを、大事そうに持っていることに。そして、恋のオーラを出してることに。
あれはきっと本命チョコだ。
そっか。ルリちゃん、好きな人できたんだ。これは、なんとしても叶えてあげないと。
だけど、どうしてだろう。その瞬間、さっきまでドキドキしてた胸に、ズキリと痛みが走った。
えっ、 なんで? どうして胸が痛いの?
不思議に思うけど、痛みはちっとも消えてくれず、それどころかますます強くなっていく。
それに、思うんだ。ルリちゃんに好きな人ができて、嫌だなって。
こんなのおかしい。だって、僕は恋のキューピッドだよ。ルリちゃんの恋だって、叶えてあげるって約束したんだよ。
それなのに、どうしてこんな気持ちになるのさ。
その時だ。ふと、ルリちゃんがこっちを向く。そして、僕に気づいた。
「あっ、キュピトくん。やっぱり来てくれたんだ」
ルリちゃんは僕を見たとたん、ニコニコ笑って近づいてきた。だけど、僕は笑えなかった。
そんな姿をルリちゃんに見られるのが嫌で、気がついたら、走って向けて逃げ出しちゃったんだ。
「あっ、キュピトくん!」
後ろでルリちゃんの呼ぶ声が聞こえるけど、僕の足は止まらない。
全力で走って、校舎の裏の誰もいないところに隠れる。
「僕、どうしちゃったんだろう」
胸の奥には、まだモヤモヤした気持ちが残ってる。ルリちゃんの恋、叶えたくない。
こんなことを思うなんて、僕、悪いキューピッドになっちゃったのかな。
「いたっ! キュピトくんだ!」
悩んでいると、ルリちゃんの声が飛んできた。せっかく逃げて隠れたのに、あっという間に見つかっちゃった。
「急に走っていくんだもん。びっくりしちゃったよ。どうしたの?」
「えっと……教室で僕とお話してたら、みんなから変に思われるかもしれないでしょ。だから、人のいないところに隠れたんだ」
とっさに嘘をつく。本当のことなんて絶対に言えない。
ルリちゃんはすぐにそれを信じてくれたみたいで、そっかと言いながら、また僕に笑いかけてくれた。
「ねえキュピトくん。わたし、好きな人ができたの。この恋が叶うように、協力してくれる?」
「えっ!?」
どうしよう。早速その話が出ちゃったよ。
本当は、嫌だって言いたい。けどそんなこと言ったら、ルリちゃんはきっと悲しむよね。もしかしたら、泣いちゃうかも。
そんなの嫌だ。ルリちゃんの恋が叶うのも嫌だけど、悲しむ顔を見るのは、もっと嫌だ。ルリちゃんには、いつだって笑っていてほしい。
どうすればいいんだ。
「も、もちろんだよ。約束したもんね。ルリちゃんに好きな人ができてたら、全力で応援するって」
こんなの嘘だ。本当は、応援なんてしたくない。嘘つくなんて、やっぱり僕はキューピッド失格かも。
けどそれでもいい。今だけは、全力でこの嘘をつかなきゃ。ルリちゃんを、もっともっと笑顔にするために。
「ありがとうキュピトくん。じゃあ、このチョコ受け取って」
そう言ってルリちゃんが差し出したのは、さっき持ってた本命チョコ。
えっ? 受け取ってって、僕に?
「ちょっと待って。ルリちゃんが好きな人って、もしかして僕!?」
「うん。キュピトくんとお別れしてから、早く会いたい、会ったらなにしようって、ずーっと考えてたの。これって恋だよね」
うん。それは、まちがいなく恋だ。キューピッドの僕にはわかる。ルリちゃんが出ている恋のオーラが、さっきよりもますます強くなっているのが。
そしてそのとたん、胸の奥で、さっきまで感じていた痛みがひいていく。かわりに、ドキドキとワクワクが広がっていく。
もしかして、僕もルリちゃんのこと好きだったの?
「キュピトくん。私の恋、叶えてくれる?」
「うん。叶えるよ。それに、ありがとう。僕に恋を教えてくれて」
チョコを受け取り、とっても幸せな気持ちになる。恋が叶うってってこんなに嬉しくて、こんなにすごいことだったんだ。キューピッドなのに知らなかった。
するとその時、僕に向かって天から光が舞い降りた。そして、辺りに声が響く。
「キュピト、よくやりましたね」
「この声は、キューピッド部長!」
「あなたが一人前のキューピッドになるのに足りなかったもの。それは、恋の辛さや喜びを、本当の意味で知らないことでした。ですがそれを知った今、見習いは卒業です。これからは一人前のキューピッドとして、地上でたくさんの人の恋を叶えてやるのです」
キューピッド部長がそこまで話したところで、光は消えて、声も聞こえなくなる。
「ねえキュピトくん。今のなに?」
「えっと……僕、一人前のキューピッドになれたみたい。だから、これからは地上でいることになったんだ」
「それって、バレンタインが終わっても帰らなくていいってこと?」
「うん。そうなるかな」
つまり、ずっとルリちゃんと一緒にいられるってこと。
「やったー!」
二人揃ってバンザイする。
キューピッド部長、一人前にしてくれて、ありがとうございます。
「そうだ。一人前になったってことは、ますますみんなの恋を叶えるお手伝いをしないと」
「そうだね。もちろんわたしも協力するよ。こんな嬉しい気持ち、みんなにも味わってほしいから」
僕も、ルリちゃんと両想いになって、ますますキューピッドの仕事の大切さがわかった気がするよ。
そうと決まれば、早速お仕事開始だ。
僕とルリちゃんは、ワクワクした気持ちを抱えながら、校舎の中へと飛び込んでいった。
そしてそれが終わったら、ルリちゃんと二人で、幸せなバレンタインをすごすんだ。
キューピッドは恋をする 無月兄 @tukuyomimutuki
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