キューピッドは恋をする

無月兄

前編

 恋のキューピッドって、みんなは信じる?

 人間には見えないけど、彼らは日々、誰かの恋が叶うよう、応援やお手伝いをしてるんだ。


 僕、キュピトも、そんなキューピッドの一人。って言っても、まだまだ見習いで、普段は天界で一人前のキューピッドになる勉強中だけどね。

 けどそんな見習いキューピッドにも、年に一度だけ、地上の世界に行く日がある。

 それが、2月14日。バレンタインだ。


 恋する人間たちが一年で一番頑張るこの日は、僕らキューピッドも大忙し。見習いの僕たちもこの日ばかりは地上に降りて、恋する人のお手伝いをするんだ。

 ここで活躍すれば、上司であるキューピッド部長に認められ、見習いじゃなく一人前のキューピッドになれるかもしれない。がんばるぞー!






 というわけで、僕は背中の羽をパタパタさせながら、とある小学校へとやってきた。ここでたくさんの恋を実らせるのが、僕の役目だ。僕もキューピッド年齢は同じくらいだから、この子たちの気持ちがわかるだろうって言われたんだ。


 と言っても、一番頑張らなきゃいけないのは、実際に恋してる人たち。僕らキューピッドにできるのは、そんな人たちの背中を押してあげること。


 つまりどういうことかって? そうだな──あっ。ちょうどそこに、いい感じの二人がいた。

 キューピッドは、恋する人間のオーラがわかるんだ。


 どうやら女の子がチョコを渡したくて男の子を呼び出したんだけど、恥ずかしくってなかなか渡せないみたい。チョコを隠したまま、ずっとモジモジしてる。


 こんな時こそ僕の出番。僕は人間に姿が見えないのをいいことに、そっと女の子の後ろに近づくと、その背中を押してあげたんだ。

 えいや!


「きゃっ!」


 急に背中を押されてよろめく女の子。その拍子に、隠してたチョコを落としちゃった。そしてそれは、男の子もバッチリ見てた。


「大丈夫か? 何か落としたけど、これってもしかしてチョコレート」

「う、うん。君にあげようと思ってたんだけど、受け取ってくれるかな?」

「あ、ああ。ありがとうな」


 真っ赤になってチョコを渡す女の子。男の子も恥ずかしがりながらも、それを受け取った。

 これにて、恋が成立。早速一つの恋を叶えるなんて、僕って相当優秀なキューピッドなんじゃないの。


 後は二人っきりにさせてあげよう。そっとその場を後にすると、廊下の角を曲がったところで、一人の女の子がいた。

 4年生くらいかな。ってことは、歳は僕とそう変わらない。目がクリっとした、可愛い子だ。


 けどその子は、恋のオーラを出てない。どうやらまだ恋をしてないみたい。別の子を探そう。


 けどその時、その女の子が僕を見て声をあげた。


「あなた、どうして背中から羽がはえてるの?」

「えっ? 君、僕のことが見えるの!?」


 そういえば、僕たちキューピッドは基本人間には見えないけど、たま〜に見える人もいるんだよって、キューピッド部長が言ってたっけ。


「えっとね。僕は恋のキューピッド。この学校にいる人たちの恋を叶えにきたんだ」


 僕はその子に自分のことを説明した。最初は、キューピッドなんてホントにいるのと半信半疑だったその子も、僕の熱意が伝わって、信じてくれた。


「そうなんだ。みんなの恋を叶えてあげるなんて、優しいね。ねえ、わたしもお手伝いできない?」

「えっ、君も?」


 人間がキューピッドのお手伝いするなんて聞いたことないけど、いいのかな。

 けど、この子はもうやる気満々だ。


「だって、恋を叶えたらみんな幸せになれるしまゃない。わたしはまだ好きな人いないからよくわからないけど、誰かをできるなんてすごいじゃない。わたしもやってみたい!」


 いやー。キューピッドの仕事をそんな風に言ってもらえると、なんだか照れるな。

 それに、人間に協力してもらっちゃダメって言われたこともないし、それならいいかな。


「わかった。じゃあ、一緒にたくさんの恋を実らせよう」

「やったー! あっ。名前まだ言ってなかったっけ。わたし、ルリっていうの。よろしくね」

「ルリちゃんか。僕はキュピト。こっちこそよろしく」


 こうして、僕とルリちゃんは、一緒にみんなの恋を叶えることになった。


 まずはルリちゃん。好きな人がいるけど告白できないって友達と話して、相談に乗ってあげたんだ。


「じゃあ、せっかくチョコ作ってきたのに、義理っていって渡すつもりなの?」

「うん。だって、本命ですって言って断れたら嫌だもん」

「けど、本当は好きなんでしょ。せっかくのチャンスなんだし、言わないのはもったいないよ」

「うーん。そうかな」


 一方僕は、相手の男の子を呼んでくる。実は二人が両思いだってのは、恋のオーラを見てもうわかってたんだ。だからあとは、いい感じのタイミングで会わせさえすれば大丈夫。

 人間には見えないキューピッドの特性を利用して、後ろから背中を押す。背中を押す。背中を押すんだーっ!


「わわっ。なんだか体が勝手に動くぞ。まるで誰かに押されてるみたいだ」


 僕にグイグイ押された男の子がやってきたところで、ちょうどルリちゃんが話をしていた女の子が、告白する決心をした。


「決めた。わたし、あの子に告白する。義理じゃなく本命ですって言って、チョコ渡す!」


 その言葉、男の子にもバッチリ聞こえたよ。

 こうなったら、僕やルリちゃんはおじゃま虫だよね。二人っきりにさせるため、僕らはそろって退散する。


「やったねルリちゃん!」

「うん。この調子で、どんなに恋を叶えていこう!」


 ルリちゃんと一緒なら、一人でやるよりずっとずっとできるような気がした。

 実際、それから僕たちは、一日で何人もの恋を叶えた。まだ付き合ってない二人を恋人にするだけじゃなく、それまで名前も知らなかった子を意識させたり、ケンカ中のカップルを仲直りさせたりもした。

 多分、僕一人じゃこんなにたくさんはできなかっただろうな。


 誰かが笑顔になると、僕も嬉しくなる。それはルリちゃんも同じ。放課後になる頃には、僕らはニコニコ笑いながらハイタッチしていた。


「たくさんの恋を叶えちゃった。ねえ、わたしたちってすごくない?」

「うん。こんなのきっと、一人前のキューピッドにだってできやしないよ」


 僕とルリちゃんが力を合わせたら、どんなキューピッドよりも凄いことができるかも。


「えっ? キュピトくん、一人前のキューピッドじゃないの?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 実はそうなんだ。だから普段は天界に住んでいて、地上に来れるのはバレンタインの日だけなんだ」


 すると、それを聞いたルリちゃんの顔が曇る。


「それじゃ、もうすぐキュピトくんは帰っちゃうの? 明日からは会えないの?」

「あ……」


 そうだった。楽しくてつい忘れてたけど、ルリちゃんとはもうすぐお別れしなきゃいけないんだ。

 せっかく仲良くなったのに、寂しいよ。


 ルリちゃんも、さっきまで笑ってたのが嘘みたいにしょんぼりしてる。

 ダメだ。ルリちゃんにこんな顔をさせた、ままお別れなんてできないよ。なんとかして笑顔にせなきゃ。


「来年!」

「えっ?」

「来年もやって来るから。そしたら、また一緒にみんなの恋を叶えよう」


 来年もまたバレンタインになれば、僕はまた地上に降りてこられる。

 キューピッド部長にお願いして、次もこの学校の担当にしてもらえば、ルリちゃんと会えるんだ。


「本当? 本当に、来年また来てくれる?」

「もちろんだよ。約束する」


 それから僕らは、指切りをした。


 一年会えないのは寂しいけど、そこは我慢だ。ううん。一年後、またルリちゃんに会えるって楽しみが待ってるんだ。

 その頃には、もしかしたら、ルリちゃんにも好きな人ができてるかもしれない。


「その時ルリちゃんに好きな人ができてたら、全力で応援するから。絶対にそれを叶えるから」

「うん。約束だよ」


 ルリちゃんの恋を叶えて、喜ぶ顔が見られるなら、こんなに嬉しいことはない。


 こうして、僕は天界に帰っていき、ルリちゃんとはさよならした。

 一年後、また会うって約束を胸に誓いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る