Speech Balloon

大隅 スミヲ

Speech Balloon

 その力の存在にカヲルが気づいたのは、小学生の頃だった。

 学校の休み時間にかくれんぼをして遊んでいた際に、カヲルは鬼となった。

 みんな隠れるのがうまくて、他の子を全然探せないでいたのだが、ある時、茂みの中から『ドキドキ』という文字が湧き出てくるのをカヲルは目撃した。

 あれは何だろう。

 そう思って、カヲルが近づいていくと、そこにはクラスメイトのサクラちゃんがいた。

「あ、見つかっちゃった」

 サクラちゃんは、悔しそうに言った。

 そのあとも、何度かカヲルは鬼になったが、なぜかサクラちゃんのことだけは見つけることができた。いつも、サクラちゃんのいる場所からは『ドキドキ』という文字が浮かび上がってきていたのだ。


 これが自分に隠された能力であるということを知ったのは、中学生になってからだった。

 それまでは、みんな見えるものだと思っていた。

 だから、その存在については口にすることは無かったし、みんなも言わないので当たり前のことなのかと思っていたのだ。


 カヲルは自分の能力について、色々と研究をした。

 そこでわかったことがいくつかあった。

 その人の心の声は、文字で見える時と見えない時がある。

 これは見えやすい人と、見えにくい人がいるようだ。仲が良い友人とかだと、よく文字が見えたりするが、あまり会話をしたことがない人だったりすると見えなかったりする。

 だから、初対面でもこの人とは気が合うなとかは、実は話をする前にわかってしまったりしていたのだ。

 よく波長が合うなどといったりするが、まさにそれがカヲルの能力にも影響しているようだった。


『きょうこそ、カヲルくんに声を掛けよう』

 放課後、教室の掃除をしていたカヲルの目に見えたのは、そんな文字だった。

 まるで漫画の吹き出しのように文字が宙に浮かんでいたのだ。

 文字の出ている廊下の方へ視線をやると、そこにはサクラの姿があった。

 サクラとは小学生の頃はよく一緒に遊んでいたが、中学生になってからは会話すらもしなくなっていた。

 どういう意味だろうか。

 カヲルはサクラの頭から湧き出ている文字を見ながらそんなことを考えていた。


 カヲルが自分のことを見ているということに気づいたサクラは、カヲルに声を掛けて来た。

「あ、あの、カヲル君さ、もしよか……」

 そこまでサクラが言った時、一緒に掃除当番をしていた高木が声を掛けて来た。

「おい、カヲル。もう掃除終わりにしろよ。さっさと帰ろうぜ」

「あ、ああ」

 カヲルは高木くんに返事をして、掃除道具をロッカーへと片づけた。

「えっと、なんだっけ?」

 サクラのところへ戻ってカヲルが話を聞こうとしたが、サクラは「なんでもない」と言って、走って行ってしまった。

 なんだったんだろうか。

 カヲルはそんなことを思いながら、ひとりで下校した。


 ※ ※ ※ ※


 その日は、何十年に一度というクラスの大雪が降っていた。

 朝からテレビでは、大雪の情報が流れており、不要不急の外出は控えるようにという字幕が流れている。

 学校は休校となり、カヲルは家でダラダラとすごしていた。

 昼過ぎに、父親が家に帰ってきた。

 なにやら、玄関口で騒いでいる。

 話を聞いてみると、三宅さんの家が雪の重みで倒壊したとのことだった。

 三宅さんといえば、サクラの苗字も三宅だ。


 気がついたとき、カヲルは長靴を履いて、家を飛び出していた。

 サクラの家はすぐ近くだった。

 雪はまだ降り続いており、歩いていても肩に雪が積もってしまうほどだ。

 サクラの家が見えてきた。

 たしかに親父の言った通り、木造の家が半壊していた。

 遠くの方から消防車や救急車のサイレンが聞こえてきてはいるのだが、一向に近づいてくる気配はない。もしかしたら、雪道がうまく走れずに来るのが遅れているのかもしれない。

 消防団や近所の人たちがスコップで雪をかき分けながら、倒壊してしまった家屋へと近づこうとしている。

 サクラは無事なのだろうか。カヲルは消防団の人たちを手伝うように、雪をスコップで掻き出す作業に加わった。

『誰か、助けて』

 カヲルの視界にそんな文字が見えたのは、その時だった。

 半壊してしまっている屋根の向こう側。

 カヲルは雪をスコップで掘り進めながら、その場所へと近づいていく。

『助けて』

 その文字は、だんだんと小さくなっていっていた。

 カヲルは必死になって、雪をかき分けていく。

 雪の中から、手が見えた。

「おい、誰か。こっちに来て手伝ってくれっ!」

 カヲルは消防団の人たちに向かって大声をあげた。



「あの時さ、カヲルくんがいなかったら、わたし死んでたよ」

 いまでも大雪が降ると、サクラは思い出したかのようにいう。

 大人になってからは、人の心が文字として見えることは少なくなってきていた。

 思春期の頃は人の感情などが文字で見えすぎて、自分が嫌になることもあった。

 でも、この力があったからこそ、サクラを救うことができた。

 だから、カヲルはこの能力を嫌いにはなれなかった。


『ありがとう、カヲルくん。大好きだよ』


 時おり、サクラから見える文字。

 この文字だけは、消えない存在であってほしいとカヲルは思うのだった。

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