辺境へ向かうバス
朝吹
辺境へ向かうバス
(お題)
『ある日、民俗学者のAは辺境の村を訪れた。手厚い歓迎に気を良くし、長居すること1か月。村民が見守る中、Aは泣きながら村を出た。翌週、「行かなければ良かった」という遺書を残してAは自殺する。…なぜか?』(100字)
・400字程度であること。
・Yes/Noの質問で辿り着ける内容であること。
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運転手が「明日までバスはありませんよ」と声をかけてきた。ぼくは「承知です」と応えてそのままバスを降りた。そこから半時間歩く。そんな僻地なのだ。
ぼくが帰省したことを知ると、村の人たちは代わる代わる顔を出してきて、野菜や味噌や漬物を差し入れてくれた。
「滅多と逢えんし。ゆるりとしていき」
そうするよと頷いて、ぼくは天然の温泉に浸かったり、幼馴染のこうちゃんやさっちゃんと川で釣りをしたり、林業や畑のしごとを手伝った。鼻孔の奥まで空の色に染まるような里なのだ。
一日に二便しかないバスに乗って一か月後、村を離れた。見送りの村人たちはみんな泣いた。ぼくも泣いた。
憔悴したぼくの顔が住居型有料老人ホームの鏡に映っている。もういいだろ。もう頑張ったよな。
ぼくの生まれ育った村は柳田邦男「遠野物語」のような処だが、電力不足を補う開発の波に呑まれて来年ダムの底に沈むのだ。
建設反対運動に尽力してきた半生だった。はりつめたものが最後に古里を訪れたことでプツンと切れた。のどかな村をすでに取り囲んでいた大量の建材や土工用重機。
明日の朝刊の片隅には民俗学者として生きたぼくの自死の報が載るだろう。
[了]
辺境へ向かうバス 朝吹 @asabuki
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