朝の寒気と温もりと

第1話

 ああ、寒い。

  

 冬もまだまだ続くこの頃だが、異様に寒い。暖房器具は何一つつけていない部屋に中、僕は身を縮こませ、思わずその寒さに身慄いまでする程の寒さにさらされていた。

 朝も早いその時間。

 正確な時間は分からないし、分かりたく無い。遮光カーテンの隙間から薄ら光でも差し込んだ光が見えた気がするけれども、気の所為だと自分に無理くり言い聞かる。

 微睡の端っこに捕まって何とか眠りの底へと逆戻りしたいのに、寒さのせいで身体が覚醒しようとしている。何とか阻止しなければならない。 

 

 ストーブもエアコンも乾燥するからと言う理由で、眠っている時はつけない。と言うより、掛け布団と毛布と二人分の温もりで十分暖かいのだ。

 なのにこの異様な寒さは何だ、と眠気から覚醒しつつある思考で考えるも、そもそもその暖かさを保つ筈の重みがない事に気がつく。

 寝る前はしっかりと被っていた筈、蹴ったにしろ落ちたにしろ多少は残っていてもおかしく無いのに、布団一枚の上に放り出された状態だ。

 しっかりとスウェットを着込んでいても、冷んやりとした空気で首がすくむ。 

 寒い、寒すぎる。

 

 まだ寝ていたい。出来る事なら二度寝タイムに突入したい。だが、その願望を叶える為にはこの眠気を維持しなければならない。

 起き上がる事も、目も開ける事も避けなければならない中、そこら中に手を這わせて手探りで逃げた温もりを探る。

 そうして、背後でそれらしき布地を掴んだが、どれだけ引っ張ってもピンと張るだけで身体を覆うには足りない。

 片手で力を入れた所で、上手い具合に毛布も布団も重しがしっかりと捕まえてしまっているからかほんのちょっぴり取り戻せただけだ。


 まあ、犯人は判っている。というか、一人しかいない。その犯人に物申さないと気が済まなくなった僕は嫌々ながらも身体を起こす。

 その目の先に毛布と掛け布団にしっかりと身体を埋め小さく丸まった彼女の姿。宛ら、大鋸屑に埋もれたハムスターも同然だ。確りと毛布を独占しながらも、その肩は呼吸を繰り返しては揺れている。

 眠気なんて冷めてしまった。いや、もう随分前に冷めていたんだけれども。なのに、温もりを独り占めして、一人穏やかに眠っているかと思うと無性に腹立つ。こっちは寒くてそれどころじゃ無いんだってのに。

 呑気に夢の中にいる彼女から毛布をひっぺがしてやろうと手を伸ばし、彼女の体の下敷きになっていた掛け布団と毛布の端を強く掴む。

 早起きさせられた恨みを思い知れ。


 ――一、二の、三!


 勢いよく捲り上げ、ぬくぬくと温まっている布団の中へと冷気が入り込んだのか、僕に背を向ける状態で蹲っていた彼女は思わず身動ぎして更にその身体を小さくを丸めた……が、起きない。

 いや、起きろよ。嫌がらせにならないだろ。

 寒いとは感じているのか、もじもじとは動く。

 ふと、僕はその横たわる肢体に思わず目が留まった。下こそ厚手のスウェットを履いているが、上はキャミソール一枚だ。

 そんな格好しているから寒いんだ、寒いならば着込めば良いのにと呆れた反面、キャミソールの紐が肩からズレている上に長い髪の隙間から除く頸が妙に色っぽく見えた。昨夜のたわやかな彼女の姿を思い出すと自然と顔がニヤついた。

  

 うん、悪くはない。

  

 そうしていると、彼女は寝返りを打って僕の方へと身体を向けた。

 起きたのかとも思ったが、「ううん」と色っぽく唸るだけで、目も開けない。

 けれど僕がじいっと眼福に浸っている中、その艶やかな唇が動いた。 

   

「ねえ、起きるの?」


 起き抜けだが昨夜を思い起こさせる色付いた声色で、気づいた時には僕は捲った毛布の中へと潜り込んでいた。あんな色っぽい声で言われたら、起こされた恨みなんて吹き飛んで言われるがままになる決まっているだろう。

 頭まで布団と毛布で覆って、二人で暖を取り合う。


「あったかい?」

「うん。もしかして、布団取ったのわざと?」


 彼女は、えへへと悪戯に笑うと僕の腕の中にすっぽりと収まる。 

 肌寄せ合って、だんだんと身体は温まっていく。


 早起きも、悪く無い。

 温もりの中、微睡の中へ逆戻りできたかどうかは――

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