誤送信
西しまこ
第1話
「あっ」
スマホを持つ手が震えた。
いつもいつも別れの言葉を書いては送信せずに消していた。でも、間違えて送信してしまった。
――春になるし、もう暖かくなるから別れませんか?
震える手で送信取り消ししようと思ったらすぐに既読がつき、返信が来てしまった。
――どういうこと?
どうしよう? どうしたらいいんだろう?
――まちがい きにしないで
焦っているから全部ひらがなになってしまう。
――今日会ったときにちゃんと話そう
いやだ。話したくなんてない。
既読にしたまま、返信をしなかった。だって、なんて返せばいいのか、分からない。
これまでのやりとりを見る。
ずっと昔に遡ったり、スクショに撮っておいたやりとりを見たり、二人で撮った写真を見たりする。
涙が、後から後から溢れてきた。いいときもあったのに。
もうずっと、いっしょにいてもさみしかった。
大きな出来事はない。だけど、ただ、いっしょにいてもさみしかった。とても。
苦しかった。もういっしょにいられないと思った。でも別れたくなかった。だけどいっしょにいても、たださみしくて。そのさみしさに押し潰されそうだった。
彼が社会人になって、あたしがまだ学生だから?
俺、就職したら、たぶん三年くらいはものすごく働くと思う。
ちゃんと、分かっている。だけど、彼のこころは仕事以外の部分も、きっと他の誰かに奪われていた。証拠なんてない。たぶん、浮気でもない。ただ、わたしのためにあったスペースが、他の誰かのために使われたことが分かるだけ。
いっしょにいてもさみしいだなんて。
駅のベンチから動けなくなってしまった。
以前なら、ここからいっしょに家に帰った。あたしの部屋に来ることの方が多かった。そうしていっしょにごはんを食べて、他愛ない話をしていっしょに眠って、またいっしょに出かけた。
仕事だから。
分かってる。疲れているんだよね。分かってる。だけど、もうずっといっしょに食事すらしていない。あなたの休日にあなたの部屋に行って、そっと添い寝するだけ。
あたしはスマホを握りしめた。あなたがスマホを握りしめているのは、仕事の連絡があるからなんだよね? でも分からない。よく分かっていたはずのあなたの気持ちがまるで分からなくなってしまった。別れたいかどうかも分からない。
ただ、あのころに戻りたいだけ。
了
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誤送信 西しまこ @nishi-shima
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