第5話 それでも僕は彼女の事が大好きみたいだ

 今日は二月十八日の土曜日。バレンタインデーに僕は生まれて初めてチョコを貰った。義理ではなく本命。しかも、僕が密かに惚れていた黒沢さんから貰えた。


 そして僕たち二人は付き合う事になった。今日は初めてのデートになるはず……なんだけど何かおかしい。


 そうだ。僕は黒沢さんにチョコを貰った。それはよく覚えている。始業前の屋上だった。その後の事がよくわからない。火曜日の朝にチョコを貰って今は土曜日のお昼だ。何故だかわからないが四日分の記憶がない。そして今は地学部の部室にいる。


「今夜は絶好の天体観測日和だ。二月にこのような好天に恵まれることは珍しいぞ」

「そうなんですね」

「そして何より、冬の大気は透明度が高い。肉眼でも見事な星座が拝めるし、望遠鏡を使えばより鮮明な観測が可能だ」

「土星は見えますか?」

「残念だが、今の土星は見かけの位置が太陽と近いため観測は難しい。しかし、金星と火星、木星はよく見えるぞ。木星のガリレオ衛星は双眼鏡でも見える」

「縞模様も双眼鏡で見えますか?」

「それは無理だな。まあ、自動導入の赤道儀モデルを用意してあるから好きな天体を見れるさ」


 自動導入とは……赤道儀とは……意味が分からないので後で調べよう。詳しい事は知らないのだが、今はそのよく見えるという天体望遠鏡を準備している最中なのだ。


 白い鏡筒の細長いモデルとオレンジ色の太いモデルの二種類だ。


「白い方が日本製の高級品だ。超高価だから気を付けろよ。オレンジ色は米国製の初心者向け。それでも自動で目標を捉えてくれるから重宝する」


 自動で目標を捉えてくれる……これが先ほどの自動導入の事かな。


「今夜はアンドロメダ銀河と三角座銀河を狙う。二つの銀河は我が天の川銀河と近しい関係にある」


 その話は聞いたことがある。そんな何百万光年も離れた星々を眺めるんだ。数百万年も前に発せられた光を今の地球で眺める。これが天体観測の醍醐味なのだろう。


 その時、黒沢さんのスマホが鳴った。


「はい。大丈夫です。新型AIへの書き換えは完了しています」

「いえ、その時は破壊します」


 彼女は部室から出て会話しているんだけど僕は聞き取れる。耳はすごくいいんだ。コンピュータ関係の話なのか、会話の内容は理解できなかった。


 電話を切った黒沢さんが僕を見つめる。好きな女の子に見つめられるのは凄い幸福感がある。今夜は彼女と二人っきりで天体観測。もしかしたらキスできるかもしれない。そんな期待感で胸が震えている。僕はやっぱり黒沢さんが好きなんだ。彼女としばらく見つめ合った後に、僕はそう確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

甘剣(あまけん) 暗黒星雲 @darknebula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ