第5話 話し合い ――関係者全員


 昭彦と香織は神妙な面持ちでファミレスのテーブルの上の証拠品の数々を見つめていた。ホテルに入る写真、腕を組んでいる写真。キスをしている写真まであった。


 ……言い逃れは出来ない。どうしたら、最小限のダメージで切り抜けらるだろうか、と昭彦が考えていたら、香織がいきなり「あたしたち、愛し合っているんだから! 結婚前からのつきあいなんだから!」と爆弾を投下して、昭彦は溜め息をついた。


 祐樹は「お二人に慰謝料を請求します」と冷静に言った。

「友だちだろ、何言ってんだよ、祐樹」と昭彦が言うと、「友だちだからこそ、悪質ですよね? 五百万ずつ要求させていただきます」と祐樹が応えた。

「はあ? お前、何言ってんだよ。あり得ないだろ」と昭彦が不機嫌に言い、「信じられない!」と香織がヒステリー気味に騒ぐ。

「いいえ、本気です」

 対する祐樹は弁護士を交えた話し合いの日程などを事務的に話していく。


「……祐樹、友だちだろ」

「……昭彦のことを友だちだと思ったことは、一度もないよ。……由美のこと、覚えてる?」

「由美?」祐樹に言われて、昭彦は眉間に皺を寄せた。

「お前が高校時代に、妊娠させて捨てた女だよ」

 そう言えば、そんなこともあった気がする、と昭彦は思った。あの頃から常に複数の女とつきあっていたから、よく覚えていなかった。

「由美はオレの妹なんだ。……死んだよ」

「え?」

「自殺したんだ。――お前も地獄に落ちるといい」

 美しい妻に愛想をつかされて、香織といっしょに。お前の妻はオレがもらってやるよ、と祐樹はこころの中で付け加えた。この浮気の一件で、祐樹は友梨絵の支えとなり、友梨絵のこころを掴んだと思っていた。


 祐樹はこれまで一言も発していない友梨絵の方を見た。自分のことを頼もしく思ったに違いないと確信して。しかし、友梨絵は祐樹と目が合うと、深く息を吐き、こう言った。

「もういいよ。終わり。わたしは、慰謝料は要らないから、縁を切って。あなたたち全員」

 祐樹が「え?」と言い、昭彦と香織は「慰謝料は要らない」に反応して少し目を輝かせた。


「あのね、昭彦。わたし、あなたとは結婚していなかったの、実は。結婚式はしたけれど、籍は入っていないのよ。父に反対されていたの。あなたのこと、調べたのよ。だから、あなたの女癖が悪いことも、妊娠させて捨てた女がいたことも、それから香織さんのことも知ってた。


 でもね、わたし、あなたの顔が好きだったの、とても。だからお見合いをお願いしたの。わたし、顔がきれいな男のひとが好きなのよ。でも、それって、ダメな男にひっかかちゃうのよね。これまでもそうだった。だから父が様子を見てから籍を入れろって言ったのよ。


 ……あなたとつきあうのが初めてなんて、嘘に決まってるじゃない。その方が好きでしょ? だからそうしてあげてたの。でも、めんどさいから、もう終わり。マンションはわたしのものだから、あなた、出て行ってね。あそこは気分が悪いから、早々に売るから。それから、仕事。もう出世は諦めた方がいいわよ。


 そうそう、あなたとのセックスはつまらなかったわ。香織さん、あとはよろしくね。じゃあね。

 あ、祐樹さん、お世話になりました! あなた、いいひとだけど、顔が好みじゃないのよ。ごめんさいね」


 言いたいことを言って、友梨絵は呆然としている三人を残し、自分の飲食代を置いて、最後ににっこりと笑うと颯爽と立ち去った――



   了


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結末 西しまこ @nishi-shima

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