第4話 電話 ――友梨絵
そもそもキャンプに大切な包丁を持って行ったのもよくなかったかもしれない。
わたしが片付けをしていたとき、みんな盛り上がってたき火をしながらビールを飲んでいた。昭彦も飲んで陽気に笑っていた。わたしが、包丁がない包丁がないと困っていたとき、他の三人は包丁を燃やして、笑っていたのだ。
知らなかったんだ、わざとじゃないよ。また買えばいいよ。
せめてひと言謝ってほしかった。
わたしは柄のなくなった包丁を不燃ごみの袋に入れた。
それから、次々に目についたものを不燃ごみの袋に入れ始めた。
要らない、何もかも。
結婚式の写真立ても捨てた。新婚旅行の写真も、写真立てはすべて。おそろいのマグカップも捨てた。プレゼントされたコートも捨てた。こんなの趣味じゃない、本当は。
すっきりした室内を見て、気持ちも少しすっきりした。
そして最後に指輪を捨てた。
昭彦は食事の仕方が汚かった。咀嚼音が大きかったし、肘をついて食べることや、食べこぼすこと、お茶碗にごはんつぶがいつも残っていることなどが嫌だった。そして、食卓に料理を並べたら、わたしが座る前に食べ始め、食べ終わるとすぐに席を立ち、スマホゲームをするのが常で、それにも違和感を覚えていた。「肘をつかないで」とか「わたし、まだ食べているよ」とか言うと、機嫌が悪くなるから強く言えないまま過ぎていた。
些細なことだ。暴力をふるわれたわけではない。生活費がもらえなかったわけではない。ただでも、DVDを借りて来ていっしょに観ようと思っても、昭彦はスマホの画面を見ていて「それで、どういう話なの?」と、わたしに説明を求めた。説明を聞き、あれこれ感想は述べたけれど、もやもやしてしまうのでいっしょに映画を観るのは諦めた。
わたしは指輪を外した指を眺めた。
昭彦との間に子どもがいないのは幸いだった。しみじみと思う。昭彦とは、わたしが望むような家庭は築けない。
わたしは貴重品をまとめ、衣類をスーツケースに詰め始めた。必要最低限のものだけでいい。昭彦との想い出が蘇るものは全部捨ててしまおう。
そのとき、電話の音がした。
「もしもし?」
電話は昭彦の友だちの祐樹からだった。
祐樹は陰鬱な調子で、妻の香織と親友の昭彦が浮気をしている、と言った。そして、今からまずわたしと二人で話し合いたいと言う。
……めんどくさい。
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