第10話 ミリスお嬢様には逆らえない

「ミリス様、どう言う事なんすかぁぁああ! リナたんが居なくなるなんて……」


「落ち着け、今から説明する」


 私は王国暗部より火急の報告を受け、トラビスを自室に呼んだ。


 報告では王都内の光聖神流14派が昨日深夜、悉く襲撃を受け壊滅、さらにリナと合わせて有望剣士100人強が行方不明。先日、不穏な動きを見せていた剛武殺儀流・骸秘剣派と王都冒険者ギルド第3席・ギリスとその協力者どもは既に逮捕済みではあるが、やはりこれは氷山の一角であり、現在予測不可能な状況が王都内にて進行している旨を告げた。


 ただし、王国暗部も黙ってはいない。頭領のジョルノは近衛魔術師団団長アルベルトと親友であり、現場の魔術痕解析からアルベルトのオリジナル魔術「ダイバーサーチ」により、敵の強力な結界を潜り抜け、その居場所を特定した。


 ただし、我がトリスティアナ王国のトップ戦力である光聖神流14派を撃破した危険性から、緊急で王命を拝し、王国暗部、近衛魔術師団全軍を動かし、さらにマリア、ローブ、ゾルゲを私は向かわせている。


「そういう状況だ。そして今から我々も向かうぞ!」


「えっ、ミリス様も? 危険ではないっすか?」


「大丈夫だ、私は色々な魔道武装を所持している。戦えはしないが自分の安全は確保出来る。いいか、敵が潜伏しているのは貧民街、旧闘技場アルレシオンだ!」


 こうして、私とトラビスも急ぎ貧民街を目指した。私はジョルノが操舵する馬車だが、驚く事にトモエが鋭い勘で察したのか、厩舎を抜け出し玄関まで来ており、その背にトラビスを初めて乗せた。トラビスは嬉しさのあまり、つい「トモエたん」と呼び一度振り落とされた。まだまだだな。





 旧闘技場アルレシオン、かつての激しい激闘により施設の老朽化が著しく、朽ちた壁や通路が至る所で瓦礫と化している。但し、到着した私とトラビスはそれ以上に凄惨な光景を目の当たりにした。


 驚くべきことに、あらゆる場所で暗部と近衛魔術師団の累々たる屍が、凄惨を極め横たわっていた。


「ミ、ミリス様!、ひでぇっす!」


 ジョルノが顔面を蒼白にし、強張った声で呻く。途端、奥の闘技場より、激烈な剣戟の音と凄まじい振動が私達を襲う。生存者がまだ戦っている。


 申し訳なくも仲間の死骸を乗り越え、武舞台に辿り着いた刹那、中央でゾルゲが血飛沫を上げ一人の剣士に斬り殺される瞬間だった。


「ゾルゲェェェ!」


「ゾルゲ先輩ぃぃぃいいい!」


 私とトラビスの叫び声も虚しく、全身を血に染めたゾルゲが崩れ落ちた。さらに、その周囲には既に事切れ血に染まったマリアとロープの亡骸もあった。


 信じがたい事実。そして、愕然とする私達の声を聞き、背を向け顔は見えぬが、屈強かつ鮮烈な闘気を放つ剣士がゆっくり振り返った。


「なんだ、まだいたか?」


 途端、トラビスが絶叫した。


「お師匠ぉぉぉおおおおお! なんで先輩を! あんた、何をやってんすかぁぁぁああああ!」


 そう私達の目の前で、これ以上ない残虐なる殺戮を行なっていたのは、天下にその名を轟かせた大陸でも最強の剣士、トリスティアナ王国の絶対の守護者たる剣聖グイド・エレンボリノ、その人だった。


 剣聖グイドは無造作に剣の振り、ゾルゲの死体に付着していた血糊を張り付かせると、その鋭き眼を私達に向けた。



 刹那、


 大気が凍てつき、一瞬で息が止まった。


 死がこの身に張り付いた気がした。


 恐怖を超えた兇気に、この身を切り刻まれた気がした。



 剣聖グイドと視線を交わすだけで、視界全ての生命は凄惨たる終わりを知る。私はマリア達仲間の死を悲嘆する暇さえ与えられず、ただ慄き立ち竦んだ。


 齢50を越え、尚滾る覇気を放つ銀髪の男。剣聖グイドがその口を開く。


「愚弟は愚問しか言えぬか。トラビス、強さとはなんだ?」


「はぁあああ、何言ってんすか! こんなに人を殺して、強さも何も、俺は絶対に許さねぇっす!」


「相変わらず愚昧だな、ならば死ね」


 剣聖がそう言い放った瞬間、武舞台周辺に幽鬼の如く控えていた行方不明の剣士達100人以上が一斉に動き出し、虚ろな瞳でこちらを襲って来た。各流派を代表する剣士、またはS、A級冒険者剣士など、王都でも顔が売れ二つ名を持つ猛者ばかりだ。


「トラビス、こ奴らは操られている! 絶対に殺すな! 後は私に構わず思いっきりやれ!」


「わかりましたぁぁぁぁあああああ!」


 言うなりトラビスは陽炎の様に揺れると、一気に襲い来る剣士達が十数人規模でうなりを上げ吹っ飛びはじめた。尋常ではない動き、しかしそれでもトラビスは魔力循環をさしてつかわず、恐るべき剣技をもって剣王たる者の凄まじき暴れっぷりを見せつける。


「ヒヒヒン、バルルルルウ!」


 更にここまで来ていたトモエも戦馬に相応しく、前後蹴り足、体当たり、噛み付きを駆使し、無数の名だたる剣士達を所かまわず薙ぎ倒してゆく。


 凄まじい暴風の様な動きの1人と1馬は、夥しく荒れ狂う凶刃の群れを瞬く間に蹴散らし、100人を超える剣士達を僅か数刻で打ち倒した。


 そして不敵に佇む剣聖グイドをトラビスが睨む。


「リナたんは何処にいるんすかぁぁぁああ!」


 トラビスが上気した顔で、武舞台にて眺めていた剣聖グイドにその剣を向けた。すると宙に巨大な宝玉が現れ、その中に磔にされた剣鬼リナの姿があった。


「我が弱き姪御は呪術外法の贄となる」


 剣聖グイドがその剣をすっと掲げると、宝玉が巨大な炎を纏い燃え盛る。


「リナたん! やめろぉぉぉぉおおお!」


 トラビスが跳躍し宝玉を叩き割ろうとした瞬間、強靭な斬撃に弾き飛ばされた。


「我の邪魔をするな。 これより呪術外法により、千年の歴の間に生まれた全剣聖をこの世に顕現させ、我と殺し合いをして貰うのだ!」


「なっ、何を言ってんすか!  お師匠は狂ってるっす!」


「狂ってなどおらん。我が技が衰える前に、史上の最強を手にするのだ! ここに転がる死骸も全て我が宿願の贄とする!」


 剣聖グイドがそう告げ、累々たる死骸に向け剣を大きく振った瞬間、マリア達全ての骸が猛々しい業火を纏い大気を歪め一気に燃え始めた。


「や、やめろぉぉぉおおおおおおおおおお!」


 激昂したトラビスが先程まで温存していた全魔力を瞬時に高速循環させ、更に鋭い瞬刻の息吹も行い、その全身を猛々しく覆い燃え上がる紺碧の炎を滾らせた。


 ゾルゲに鍛えられ、トモエの世話で歪んだ感情を氷解させ、遂に辿り着いた剣の極み。トラビスは今まで見た事もない圧倒的な剣気を燃やし、剣聖グイドを襲う。


「らぁぁぁぁあああああああああああ!」


「浅い」


 莫大な熱量を宿すトラビスの渾身の斬撃が、瞬時にオレンジ色の虹彩を纏った剣聖グイドの片手で軽く振る剣に、あっけなく弾かれた。


「なっ!」


「その程度の瞬刻ではしゃぐな。強くなったつもりか?」


 ここ数十年、過去の剣聖を含め最頂点と畏怖される男の片鱗。全力のトラビスの斬撃に対し余りにかけ離れた深淵の如き力量。絶対の自信を砕かれ突きつけられた絶望に、トラビスの顔色が僅かに揺らぐ。


 剣聖グイドがその隙を見逃すはずも無い。


「むん!」


「がはっ!」


 放たれた巨大な斬撃からトラビスは辛うじて急所を守ったが、全身の至る場所が切り裂かれ、極大な衝撃に耐えれず吹っ飛ばされた。


 尚もトラビスが剣士の矜持のままに、転がりながらも態勢を整え剣を構え様とした瞬間、瞬歩で迫る剣聖の容赦ない刃の様な蹴りが炸裂し、再び吹っ飛ぶ。そして僅か数撃であのトラビスが息も絶え絶えになってしまった。それでも剣を地に刺し、顔だけをあげる。だが、その表情は絶対の脅威に抗えぬ恐怖を含んで怯えていた。



 だから、私は叫んだ。



「トラビス! 貴様はリナたんが好きかぁぁぁ!」


「ふ、ふえっ!」


 瞬間、間抜けな顔に戻ったトラビスに私は更に続ける。


「好きな女の子を守れず、何が剣士だ! 立て、そして戦え、お前は大好きな女の子の前で、挫折と屈辱にまみえる、そんな情けない男になるのか!」


 その言葉を聞き、トラビスは震える身体を無理矢理起こし、全身からおびただしい血を垂らしながら、その剣を力強く構え直す。


「な、ならねぇっす!」


「ならば勝て、トラビス! 貴様が絶望から守るべき女の子を、何よりも大好きな女の子を、譲れぬ想いを秘めたる女の子を、目の前の男から解放してみせろ!」


 瞬間、爆発する様にトラビスの全身を覆う紺碧の炎が、天を突かんばかりに燃え盛った。


「俺はリナたんが、大好きだぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!」


「いけぇぇえ、トラビス!」


 瞬間、地が裂けんばかりに武舞台の床を蹴り割り、烈風の如くトラビスが駆け、無限の斬撃を放つ。


「俺は、俺はリナたんが大好きだぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」


 同時に剣聖グイドの放つオレンジ色の虹彩が、その激しさを極限まで昂らせ迎え撃つ。


「この、死にぞこないがぁぁああああ!」


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 両者の無限の斬撃が織りなす攻防は、地に太陽が現れた様な鮮烈なる威光を放ち、大気は荒れ狂い、絶え間ない地鳴りを生み、剣技の限界を超えた苛烈極まる衝撃波を幾つも放つ。


 私は構わず叫んだ。


「トラビス、まだお前はいける! もっと強く、もっと激しく、もっと昂れ!」


「うぉぉおおお、俺はリナたんが大好きっす! リナたんを愛してるっすぅぅぅううう!」


「まだだぁ! もっといけぇぇぇぇええええ!」


「お、お、お、お、俺はリナたんをヨメにするっすぅぅぅぅぅうううううううう!」


 刹那、トラビスの放つ剣戟の稲光が臨界を越え、この闘技場全域を覆う程の凄烈な輝きを放ち、凄まじい一撃がグイドを襲う。


「おらああああああああああああああ!」


「ぐぅおおおおおおおおおおおおおお!」


 その巨大な恒星をぶつける様な情炎滾る一撃を受け、絶叫と共に剣聖グイドは吹き飛び、闘技場の壁に激しく叩きつけられ深く埋まった。そして一切身動きせず、剣士の魂である刀がその手を離れ、カランと落ちた。トラビスは剣を振り切った残心のまま叫んだ。


「結婚したら、大きな犬を飼うっすぅぅうううう!」


 満身創痍でギリギリの状態だったが、トラビスは遂に剣聖グイドに勝利した。


 私はすぐに武舞台に登り、トラビスに声をかけた。


「よくやった、トラビス。成功だ」


「へっ、成功?」


 血まみれの状態でふと我に返り、トラビスは呆気に取られる。私はそれを優雅に無視をして床に転がるマリアに声をかけた。


「もういいぞ、マリア。術式を解除しろ」


 すると骸と化していたマリアはすっと立ち上がり、「かしこまりました、お嬢様」と一礼すると、周辺で燃え盛っていた業火も、血まみれで死んでいたゾルゲ、ローブ、王国暗部、近衛魔術師団も起き上がり、その傷や血が一瞬で消えた。さらにトラビスにやられた剣士達、そして壁に埋まる剣聖グイド、ついでにトラビスにも鮮やかに回復魔術をかけ、皆が安堵した穏やかな表情で立ちあがった。


「ちょ、へっ? これは?」


 実はトラビスと街で会う数日前、剣聖グイドと剣鬼リナが私を訪ね屋敷に来ていた。その理由は私との遺恨でトラビスが恋愛観を拗らせているので、どうにか仲直りして欲しい事と、ついで剣聖の姪であるリナのトラビスへの秘めたる恋心を聞かされていたのだ。


 私は腰に手を当て、戸惑うトラビスに叫んだ。


「トラビス!」


「へっ? は、はい、ミリス様!」


「私はお前と約束した。剣武賽までにお前に彼女を作らせてやる! とな。ヘタレなお前の事だ、好きな女の子がいても、拗らせたまま一生告白が出来ない。いいか、恋愛において最も大事なのは素直な心だ。ありのままのお前でいい。全部をさらけ出せ、みっともない所も、なさけない所も、その全てがお前だ! 真に相思相愛になりたいなら、たったひとつ! 偽りのないお前の全てを見せて、女の子に選んでもらえ! 最低限の矯正は私がしてやった。さあ、ここまで準備してやったのだ。最後は男らしく決めてみせろ!」


 そう言うと、私はトラビスの背をバンと叩いた。


 すると宙に浮いていた宝玉の業火が消え、その中で顔を真っ赤に染め俯いた剣鬼リナが照れていた。いよいよ戸惑うトラビスの目の前に宝玉がふわりと降りて来て淡く弾けると、剣鬼リナがもじもじとその姿を現した。


「リ、リナたん、大丈夫なんすか?」


「……、は、はい。あの、色々、全部聞こえました」


「はうううううううっ! あの、その、いや、ちょっと待って欲しいっす!」


 するとトラビスは死に物狂いで大きく深呼吸をしてから、「うしっす!」と気合を入れ、すぐさまリナの前でしゃがむと、額を地面にこすらんばかりに全力で土下座をした。


「俺はぁぁああ! リナたんが大好きですぅぅぅぅうううう! こんな俺ですけど、どうか付き合って下さい! お願いしますぅぅぅぅううううう!」


 そう大声で叫び全力の告白した。情けないトラビスらしい、実にいい告白だ。


 それを聞いたリナはその前にそっとしゃがみ込み、トラビスに向かい合うと、三つ指をつき同じく頭を下げ、凛とした声で告げた。


「こんな私ですけど、どうか宜しくお願いします!」


 はっと、顔を上げるトラビスと、顔を赤く染めたリナの視線が重なる。


「こ、こちらこそ、お願いするっすぅぅぅぅぅうううううう!」


 瞬間、この場にいる剣聖、マリア、ゾルゲ、ローブ、王国暗部、近衛魔術師団、剣士集団全員が、


「「「「「うおおおおおおおおおおお、やったなあああああああ!」」」」」


 と一斉に歓喜の声をあげ二人を祝福した。


 まったく、世話の焼ける奴らだ。










 私は庭園の中心でテーブルに座り、マリアの淹れてくれた香しい紅茶を静かに嗜んでいる。


 ふわりと咲き誇る花々が揺れ、優しく流れる午後のそよ風は優しい。穏やかな陽光はぽかぽかと暖かく、紺碧の大空が伸びやかに澄んで果てしない。


 トラビスは先の剣武賽にて剣聖に勝ち、遂に若き新剣聖となった。相変わらずヘタレ振りは変らないが、可愛い彼女の応援に応える甲斐性はあったみたいだ。


 人は大切な人を想う時、自分の想像以上の力を時として出せるものなのだ。


 だから私はこう思う。


 誰もが誰かを必要としている。


 大切な人がいるのなら、守るべき人がいるのなら、喜びを分かち合いたい人がいるのなら、絶対に手放してはいけない。


 かけがえのない人を見つけたら、怖気づかず、優しさを出し惜しみせず、自分に出来る事を精一杯やって、溢れる喜びを全部捧げる。


 大袈裟でなくてもいい、不格好でもいい、みっともなくてもいい。あらん限りの勇気をもって、声をだして、気持ちを伝え、大切にしたいと表現する。


 世界中の誰もが誰かを必要としている、私はそう思う。




 ふと見ると、ローブが屋敷から走ってやって来た。


「お嬢様、宰相ルーベリック様が火急の用件でお会いしたいとの事です」


 さて、今度はどんな相手と遊ぼうかな?


 楽しいといいな。ふふ、面白い。

 


                                FIN


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★★★ミリスお嬢様には逆らえない★★★ 福山典雅 @matoifujino

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