シュガー

福山典雅

シュガー


 砂糖は甘いが、摂り過ぎれば人を死に至らしめる劇薬でもある。甘さは人を惑わせる。僕はそれは恋愛と同じだと思う。

                    福山典雅












 今日が結婚式だって言うのに、俺は全力で後悔している。


 親戚は集まり、親友達も来て、会社の上司に、父親関連で議員までいやがる。


 タキシードをバッチリ着こなし、ヘアメイクさんのセットも完璧、プランナーの人も真剣に動いていて、後は式を待つのみ。


 だが、俺は後悔の中にいた。あいつ、夕菜と今から結婚するだって? おいおい、ちょっと待て!






 私は困っていた。


 今日は女の子にとって人生最良の日、そう私の結婚式がある。


 プロポーズを受け、幸せの絶頂からの怒涛の式までの流れ。


 両家の挨拶、式の日取り決め、プランナーとの綿密な打ち合わせ、新居の確保、家具や食器選び、引っ越し。さらに会社への報告に、招待状のデザイン決め、ウエルカムボード、式で使う曲の選択!


 あー、超面倒臭い! もうイライラがピークた、


 そして、最も大事な事、私が奏太と結婚するの!


 これが1番の問題だ!





 俺はここで目が覚めた!


 私ははっきりと自覚した!


「夕菜は!」


「奏太は!」


「沼女だ!」


「沼男だ!」


 だから俺は沼らせ男になっちまった…。


 なんで私が沼らせ女にならないといけないの!


「「もう、この結婚を辞めるしかない!」」








 その日、俺は疲れていた。


 働き方改革? 残業なし?


 バカ言え、それは管理上の話だ。むしろ、俺は以前よりこき使われている。もう自分の葬儀場を予約しとくか、と考えていた。


 そんな時、同じ部署の夕菜が心配して優しく声をかけてくれた。少し地味系の真面目な女の子。24歳の俺の2歳下。ほんわかおっとりした彼女に、極限まで追い詰められていた俺は癒しを感じた。


 だから、速攻で食事に誘った。


 居酒屋に行くと、彼女は終始俺を気遣い細やかに世話をしてくれた。疲れ切っていた俺は、酒のせいもあるが不覚にも彼女の優しさに打たれ、思わず泣いてしまった。


 こんないい子、他に絶対いない。





 奏太と初めて食事をした時、彼はいきなり泣き始めて、もう私は焦りまくるだけだった。


 でも、彼が泣きながら赤裸々に自分の駄目な所、情けない所を語って、2歳上の先輩なのに惨めなくらい小さな男に見え、私は思わず守ってやりたくなった。


 両手でギュッと彼の手を握ってやると、いきなり私のお腹に抱きついてきて、膝の上で泣き始めた。


 可愛いかった。


 こんなに駄目な人は、私が支えてやらないといけないと思った。





 俺は夕菜と何度もデートを重ねた。


 キスをしてセックスもした。隠れ巨乳は俺を喜ばせ、もう絶対に離さないと誓った。可愛くて仕方ない。何でも言う事を聞いてくれるし、手作りのお弁当も持って来てくれる。最高だ。


 部署でも公認の仲となり、「結婚はまだか?」なんて冷やかされた。まあ、結婚なんかしないけどな。




 奏太と付き合い始めて、私は幸福感に満たされていた。


 彼は私にとても甘えて来る。こんなに人に求められるのが嬉しいなんて、私は初めて知った。優しくキスをしてくれ、私達は一緒になった。


 実は私は彼が初めてだった。この年まで男性経験がないのが恥ずかしかったけど、彼は寧ろ喜んでくれて、赤ちゃんみたいにおっぱいを吸う。もう絶対にこの人を離したくないと思った。





 俺達の付き合いが半年を越えた辺りから、夕菜は次第に派手になって来た。まあ、周囲から綺麗になったとか言われて、本人も頑張っていた。


 だが、段々と色々はっきりと俺に物を言う様になった。とっととホテルに行きたい俺に怒り、ちゃんとデートがしたい、体ばかり求めるのは心がないだの、あれこれ文句を言う。


 仕方なくネックレスとかバッグを買ってやると、機嫌が直る。こいつが単純で助かる。






 奏太はセックスしか求めて来ない。癒しとか言ってるが、すごく自分本位なセックスで、私はイッたフリをして早く終わるのを願った。別に彼が嫌いではない。


 ただ、お風呂を覗いたり、写メや動画を撮りたがるのは困った。最悪なのはトイレも覗こうとするのだ。変態だ。だから私は懸命に綺麗になって、もっと大事にして欲しいと願い、普通に街を歩いてデートがしたいと訴えた。


 彼に文句が増えたが、不貞腐れる顔が可愛い。そうして不機嫌な私にジュエリーやブランドバッグを買ってくれた。まあ、その、嬉しいけど、納得は出来ない。





 なんだか最近、俺は夕菜と会うのが面倒臭い。はっきり言えば飽きた。外見が変わろうが人間的には地味な女で、しかも文句が多い。いい所はおっぱいがでかいだけだ。もう体だけでいい。ネットでエロい下着とコス衣裳を買ったが拒否られた。つまんない女だ。


 だから、俺は小旅行にでも連れてって、一晩中がっつりやらせてもらおうと考えた。





 奏太は相変わらず変態で、この間なんか下品な下着やメイド服を私に着せようとした。別に嫌いではないけど、ここで素直に言う事を聞けば、だらしない彼はエスカレートするのが目に見えている。だから断ると、凄く不機嫌になった。


 私も会社で無視して数日連絡を取らなかったら、急に旅行に行こうなんて言い始めた。私は彼が心を入れ替えたのが嬉しかった。これでまともなカップルになれる気がした。





 最悪だ。旅行先で着くなりやろうとしたら、超キレられた。もうこいつとは別れようと思った。もちろん俺はどうにか機嫌をなおそうと努力したが、まるで駄目だ。終いには帰りやがった。仕方ないからデリヘリを呼んだら最高だった。たまらん。うん、悪くない。





 旅先はとても情感溢れる場所で、私は奏太を見直した。ところが、いきなりセックスしようとして来て、イラっとしてキレた。もう別れようかと思ってそのまま旅館から帰った。でも、帰りの電車で切なくなって、自分が何をしているのか分からなくなった。


 友達に相談すると、私が悪いと言われた。彼を甘やかしすぎたツケだとも言われた。確かにその通りだった。でも甘えて来る彼はとても可愛いと言うと、馬鹿にされた。どうしたらいいか聞くと、ある程度はセックスに積極的にならないと浮気されると言われ、愕然とした。






 デリヘリにはまった。こんな良い物はない。デートも食事も不要で、セックスだけで終れる。小言もないし、好きなタイプを選び放題だ。もう夕菜はいらないな、でも身の回りを世話してくれるから、又ネックレスでも買うか。


 そんな事を考えていたら、あいつが俺のスマホを見たがった。俺はすぐにピント来た。浮気を感づいてやがる。デリヘリだからセーフだと思う。それに同じベッドで夕菜を抱くと、今までと違った興奮がやって来て最高だ。


 トイレに行き、速攻で履歴やメールを削除してから、見たければ見ろよと渡した。






 彼は浮気している。部屋の掃除をしていると私意外の女の髪の毛が落ちていた。隠れてゴミ箱を漁ると、コロコロで掃除した後があり、色々な髪の毛が巻き付いていた。なんとかスマホを彼に見せて貰ったがなにもない、悔しい。




 おかしい、夕菜が部屋に来る回数が減っている。今まで断るなんてしなかったのに、これでは俺の生活がままならない。もうプレゼントを買い与えても駄目だ。デリヘリで性的には満足しても、やっぱりあいつが部屋に来て、一緒にまったりする時間が俺には必要だとわかった。癒しだ。俺には癒しが必要だ。



 奏太が急に優しくなった。セックスの後も私を大事にしてくれる。だが、それは芝居だろう。そわそわとゲームをしたがっているのが丸わかりだ。だから、逆に私はそっけなくして、さっさとシャワーを浴びる。



 まずい、夕菜が冷たい。俺ってセックスが下手なのだろうか? もっと相手を満足させられるようにスキルアップが必要だが、AVの知識しかない。そこで俺は女が好きそうな恋愛映画を片っ端から見た。どうせこういうのが好きなんだろ、って舐めていたが案外面白い。俺はもっと色々夕菜と話がしたくなっていた。



 奏太が最近おかしい。以前よりも体を求めず、色々と今更な話しをして来る。仕事の考え方とか、子供の頃の話とか、家の事や友達の事。以前の浮気疑惑はデリヘリだと彼の友人からタレコミがあった。ちょっと抵抗はあったがプロだったかと少し安心した。



 俺は夕菜が好きだと自覚した。いや、元々好きだったのだが、あいつの体と癒しばかり求めていて、人間的に決めつけてしまっていた。あいつは色々な表情を持ってるし、あいつらしい可愛くて優しい考えも持っている。人生を生きてゆくうえで、そのピュアさが、俺にはとても眩しくて、改めて惚れ直した。



 どうしょう、セックスの時に奏太がとても丁寧に私を抱く様になって来た。体が物凄く敏感になり、今まで感じた事のなかった快感が押し寄せて来る。女は胃袋を掴めと言うが、私は彼に下半身を掴まれている。もう駄目だ。私はもっと刺激が欲しくなり、はしたないけど彼のまえでおしっこまでしてしまった。物凄く感じた。



 夕菜はいじらしい。俺を喜ばせようと色々なセックスを求めて来るようになった、でも俺は普通にあいつを抱きたい。もう以前みたいに変態AVプレイなんか必要ない。あいつを大事にしたい。家事も慣れないながら、少しは手伝う事にした。



 奏太がどんどん変わってゆく。そして私もどんどん変わってゆく。奏太は家庭的になって私を手伝う様になり、常に色々な話をして買い物にも嫌な顔一つせずに付き合ってくれる。まるで映画の恋人達みたいに、普通な幸せがそこにはある。そう、あるのだが、私は今セックスがとてもしたい。我慢出来ない。もう他の事はいいから、激しくめちゃくちゃにして欲しい。



 俺は夕菜との結婚を真剣に考え始めていた。貯金を元に将来についても色々計算した。俺はあいつを幸せにしたい。結婚している友達にも色々話を聞くと、嫁の悪口が案外少ない。みんななんだかんだ嫁を大事にしていた。わかる、俺もそう言う気分だ。幸せな家庭を作るって目標が出来た。




 どうもおかしい。奏太がさりげなく結婚とかの話を匂わせ始めた。この間は指のサイズの確認までされた。そんなのはどうでもいい。セフレでいい、私は奏太とのセックスに夢中だ。これは浮気なんかじゃ埋められない。

 実はあまりにセックスがしたくて一度浮気した。年下のガタイのいい男の子だった。ラグビーをしている彼の筋肉は逞しく、あれも物凄く大きかった。でもそれだけだ。たいして気持ち良くなかった。やっぱり奏太がいい。



 俺は婚約リングを買った。プロポーズの日も決めた。ベタだけどレストランの予約を入れた。当然夜景が綺麗で海が見える。俺はそこで一生に一回の大勝負に出るんだ。


 奏太が珍しく高級イタリアンに予約を入れた。友達みんなが、それは確実に来るね、なんて言う。どうしょう、ホントにプロポーズされるのだろうか。私はまだ心の準備が出来ていない。困る。



 プロポーズした。自分でもびっくりなんだが、感極まって泣きながら結婚して下さいと言った。そんな俺を見て夕菜は頷いてくれた。俺は世界一の幸せ者だ。


 プロポーズされた。奏太は涙を流して指輪のケースを広げた。もう私に断る理由はない。とても可愛かった。私の駄目な奏太と一緒に生きたいと思った。



 仕事が急に忙しくなって来た。結婚で休むからあれこれ先の事までやらされる。部屋に帰ると夕菜から式についてくどくど言われ、俺の気が休まる場所がない。



 彼の仕事が忙しいのは良く知っている。でも私達は結婚するんだ。なんでもっと真剣にあれこれ考えてくれないのだろう。全部任せるなんてとんでもない事を言われ、腹が立つ。



 結婚うざい。何が楽しいんだ。こんな苦労してするものか? 音楽なんて知らねぇ、なんでも使えっていうんだ。あれこれあれこれしきたりだかなんだか知らないが、ふざけんな。そして夕菜がうざくて顔も見たくない。



 私がしっかりしないと何も進まない。もうこれは緊急事態だ。奏太は戦力外として考える。私は最高の花嫁になる為に自分をプロデュースする、プランナーさんに話すと、心得たとばかりに協力してくれた。女が頑張らないと結婚式は出来ないらしい。









 ヤバイ! いよいよ式が始まる。プランナーが俺を迎えに来た。逃げ遅れた!



 式が迫る、どうしょう私は逃げたい。映画みたいにばっくれたい。


「ほら、花嫁さんですよ、綺麗ですね」


 プランナーが俺と夕菜を引き合わせる。

 プランナーが私と奏太を引き合わせた。


「あれ? …き、綺麗だ」

「やだ? …か、可愛い」


 俺は、

 私は、


「「仕方ない、結婚しとくか!」」


 そう思った。













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シュガー 福山典雅 @matoifujino

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