夕焼け色のハート・ピンポン
DITinoue(上楽竜文)
夕焼け色のハート・ピンポン
「おぉ、おかえり!」
豊かな顎髭を生やしたお父がリビングの方から声を掛けてくる。
「……ただいま」
皿洗いをしている相手に聞こえるか? という位の声で返す。
「おい、
「別に、悩んでることないよ」
「ホントか? なんか恋してんじゃねぇのか?」
「んなことないさ」
「本当か?」
「本当だって」
手を洗うというステップを飛ばし、俺は階段を駆け上がった。
「ふあぁっ」
――今日は、バレンタインかぁ。
高校生らしい熱視線がいつも以上に飛び交っていた一年三組はもはや俺が居られるようなところじゃない。
一人だけ蚊帳の外でパラパラと漫画を読み、授業を受けて卓球をして帰る。
たったそれだけの、ロボットのような規則正しいことをするだけ。
そんな日常も、俺にとっての“本番”から血行が良くなる。
◆◇◆
こんばんは! DIT井上です!
今日は色々あってあれなので(どれやねん)短めに終わらせちゃいます。
今日はスマホ写真部、早速二月! 行っちゃいます、今月の一枚はズバリ……。
36:3
というわけで、「二月一日十五字半の体温を収めてみました」
ね、熱収めてるでしょ(笑)
このネタは早いうちに浸かっておかないとダメですからね、前みたいに時にはバカみたいなことしようと思って。
今月のお題はズバリ「私の熱を切り取ってみました」
出題者はズバリ僕、DIT井上です! みなさんの参加を待ってまーす!!
それでは今日はこのへんで! 次回もよろしくお願いします! 最後まで読んでくれてありがとうございました!
◆◇◆
本日一発目の「
彼は中学三年生、つまり受験生で小説も書いているというブロガーだ。
DIT井上さんの記事についている“スター”から別の“ブロ友”の記事を五つほど見てコメントを書き、この世界の住人、“オオヒラくん”は自身の記事を書くことにした。
◆◇◆
ども、オオヒラです。
今日はバレンタインってことらしいですね。外は七度くらいあります。まあまあ温かいかな。
みなさんはバレンタインの思い出とか何かありますか? 今週のお題「お菓子作り」にあるようにチョコレートを丹精込めて作って恋人に渡す。そんな人もいると思います。
今日初めて言うんですけど、実は俺小六から中一まで幼馴染と付き合ってて。けど、ちょうどこの日の学校帰りにもらったチョコレートをカバンの中に入れて、そのまま忘れて溶かしちまったんですよ。全部。もう跡形もない位混ざり合ってて。
あの時は正直に打ち明けたらフラれました。自分は背景みたいな人間なので他の男なんかいくらでもいるわけなんですよね。
まあ、そういうバレンタインエピソードでした。
あれが最初で最後だったのか、全くもらいません。今年はチャンスがあるかなぁ。誰もくれそうな人いませんけどね……。
まあ、希望持って待っときます。
では、またどこかで。
◆◇◆
これに、赤いお菓子の包箱を置いた窓の写真を投稿する。もちろん、これは自分で撮っている。
投稿すると、秒でコメントが来た。
『オオヒラくん、こんちは! そんな思い出が( ;∀;) チョコレートも上手く作れば溶けにくくできますよ。恋人ができたら私のチョコレートでぜひ渡してみてください!(^^)!』
コメントの主は、料理ブログを運営するド・レミさんだ。彼女は様々な企業のアンバサダーとなって料理やお菓子を作っている。
『レミさん、こんちは! レミさんのチョコなら間違いないですね。またレシピ見て親にでも渡そうかな? 恋人は生きてるうちにできるでしょうか(笑)』
また、ベルボタンが鳴っている。
『たかすたがこうえんたにたこたいたポンポコポンラビュー!』
――は? 何言っているのこの人。
送り主は俺の同学年の絵描きブログを運営する女性、ニイさんだった。
――高須賀? ポンポコポン? タヌキ? あ。
自問しているうちに、わりと早く答えは出た。
DIT井上さんの小説で見たことがある。タヌキ作文。つまり、「た」を抜くということだ。
なら?
「かす、が、こうえん、に、こ、い。後ろは省く。春日公園に来い……えぇっ?」
分かりやすいように口に出していると、自分でも目を剥いてしまった。
「春日公園ってあの春日公園ってこと?」
ここから自転車で五分で着くところなのか、それとも全く別の場所なのか。
ニイさんは何を考えてこれを俺のブログ、“Do You Beautiful!”にコメントしたのだろうか。
「ラビューって何? どっかで聞いたことあるんだけど」
でも、やっぱり考えれば考えるほど答えは遠ざかっていく。
「……何があるんだ?」
そして、問題の公園が何があるか、に照準が向かうのだ。
――結局来ちゃったじゃないか。
ベンチの上でニ十分ほど待ったか? なのに、何もない。
ないと言っても、このベンチに来るときに紙飛行機が飛んできて、それにベンチと書かれてあったから今ここにいるのだが。
未知の飛行物体の指示に従ったのは単なる知的好奇心である。
スマホでは定期的にネットニュースが届く。その中には、SNSで知り合った人に会い、女性が殺された事件の考察もあった。
――まさか俺、殺されるの?
ネット民でそういう人間は少数派だ。それでも、もし?
「何てこと、ねぇよな」
怖くなって、敢えて声を出す。周りには犬の散歩をする人、ジョギングする人、親と遊ぶ幼児。平和な時の流れ。
と、ふと気にも留めなかった“それ”に気づく。
「矢印?」
ベンチにある右向けの矢印。だが、それが奇妙に傾いているのだ。紙は真っすぐなのに。
「……あっちになにかあるのか?」
ここで待っているのも飽きたし、腰を浮かせ、矢印の方向へ歩いてみる。
――滑り台じゃん。
うんていやジャングルジムが一緒に着いたどこにでもある風景の一角。
二歳ほどの子供が必死に足を動かし、親に支えてもらっててっぺんを目指している。
――微笑ましいな。
少しカメラを構え、離れてこの写真を撮ろう。そう思った時。
「痛っ!」
頭の上に何かが落ちてきた。
「ほあっ?」
必至に上っていた子供はいつの間にか頂上に着き、こっちを見ている。
地面に落ちてるそれは、普通の野球ボールだ。だが、マジックペンで書かれたらしい文字がデカデカとある。
「ブランコ?」
ふと思い立って、日頃の部活の筋トレの成果をここで出し、一足でジャングルジムのてっぺんに登る。
「ブランコってどこだっけ……」
最近ここに来てないし、遊具なんかなおさらなぁと思いながら三百六十度ぐるっと首を回す。
「あ」
と、ここから二十メートルほど先でブランコがキコキコと揺れていた。足を地面にトントンしている女子高生付きで。
「あれ、優平君じゃん」
ブランコに行ってみると、最初に声を掛けてきたのは女子高生の方だ。
同じクラスで同じ卓球部の良く知っている相手。
ツインテールの天然おてんば娘、
「あぁ、高梨か。何してんの」
「えっとね、ちょっと気分転換したいなぁーって思って」
メゾソプラノなよく弾む声で彼女は言う。
「優平君は?」
「俺? 俺は……そうだなぁ、説明すれば長くなんだけど」
「いいよ」
「えっとね、俺、ネットでブログしてるんだけど」
「うん」
「なんかね、変なコメント届いちゃってさ」
「……へぇ、どんな?」
「えっとな、なんだっけ、かすが? 何とかっていう暗号みたいなやつ」
そこから、しばらく事の経緯を立ったまま高梨に聞かせる。
「なるほどぉ。そりゃあ気になるね。面白いじゃん」
「面白れぇのかな? 何でこんな誘導されてんのか、マジでさっぱり分かんねぇ。心がずっとザワザワザワザワ言ってるし……」
言いながら、ドスンと高梨の隣に腰を下ろす。
「ええっ!」
「どした?」
何か、高梨が顔を紅潮させている。
「……いや、優平君が私の隣に座ってくれるって……」
「どうせ背景の一部みたいな人間が座ってもあれだろ、誰も見ない」
「いや、優平君自分では気づいてないかもしれないけど、めっちゃモテてるから」
そんなこと言いながら、高梨は足をバタバタさせている。
――何、そんなにソワソワしてんだ?
そこから色んな話をした。最近流行ってるアニメの話にブログの話、嫌いな教師の話、藍川と鈴川がいい感じだよなぁって話、その他恋バナ。
三時過ぎくらいにここに来たはずなのに、もう空が赤く燃えている。
「そういやさ、高梨はどうなんだよ、恋の方。発育いいからモテるんじゃねぇの?」
「いや……そんなこと言ってもさ、絵ばっか描いてる陰キャなのに?」
「そういやさ、なんで絵描いてるのに卓球なんだ」
「親が運動部にしろって言うから。別に私も嫌いなわけじゃないし? まあ、弱いから最近いやだけど」
「……そうか、頑張ってんだな」
俺は座ったまま足で高梨に近づき、彼女の肩に手をそっと置いた。
「えぇっ? え、ちょ、肩……」
「頑張ってんな、って思ってさ」
少しずつさする。だんだん寒くなってきたから、手を挟んで、温めてやる。と言っても、彼女の手の方が温かくて、俺が温まってしまったが。
「良いなぁ、温かくて……」
「うん。優しいね、優平君。だからモテるんだ。クールなうえにね」
「ホントにモテてるわけないだろ……そう信じたい」
「優平君そう言えば恋人は?」
えらい真剣な目になって、祈るように彼女は手を握る。
「俺は……今は言えねぇかな」
実は、俺の中で少しデキたかもしれない。この数分間で……。
「良い青春、出来たらいいね」
と、今度は彼女が俺の背中に手を置いて、ポンポンしてくれた。
「えっ」
さすがに慌ててしまった。女子に、これじゃぁ明日馬鹿にされるかな……心の中がザワザワから一気にバクバク、ドキドキ、ソワソワとなっていく。
「じゃ、そろそろ帰ろっか」
「あ、おぉ……」
夕日に照らされた彼女は頬も燃えていた。
「夕日、綺麗だからさ、優平君撮ってよ。写真趣味なんでしょ?」
「えぇ、俺が夕日を? いいけどさ」
「ヤッタっ!」
と、スマホのカメラを構える俺の前に堂々と高梨は立った。
「えぇっ? 夕日の写真を撮るんじゃねぇの?」
「違うよ、私を撮ってって言ってるの」
「え……」
と、頭の中で少し考えが浮かんだ。これ、やって見つかったら男子の格好のネタだ。だが、一時間前から始まったこの思いをいきなり実行できると中々好印象か?
「早くしてよっ」
「あ、分かった」
――結局、駄目、だった。
「はい、チーズ」
そのまま、オレンジ色の太陽をバックに彼女の写真を数枚撮って、別れることにした。
「んじゃな、また明日」
「水曜部活かぁ。んじゃねー、ラビュー」
と、彼女はポケットに手を突っ込んで、ピンポン玉を投げてきた。
「ふぅえぇっ?」
頭をかすめ、飛んでいったピンポン玉を慌てて追いかける。
自分の真後ろで見つけた夕焼けに照らされたピンポン玉には、さっきの野球ボールと同じようなマジックペンで何か書かれている。
『〒』
ポスト?
ふと振り返ると、高梨はすでに公園の出口の方へと小さくなっていった。
「卓球部のやつじゃんか。水曜卓球だったな……」
――もう、外堀は埋まっている。
ガチャンと音を立ててポストを手前に引くとポリエチレンの袋が出てきた。
そこには、何かの紙と、チョコレートのバウンドケーキがある。
――そっか今日って、バレンタインだったな。
さっき記事を書いた自分のことをせせら笑う。
――次に会った時は、二人で夕日を背景に自撮りしなきゃな。
早速外で開けてみると中の紙は手紙だった。
『見てね』
とだけ書かれたもので、隣にはQRコード。
「さぁ、何をやってくれるんだ? 高梨。いや……新菜ちゃん」
ピコ、という音で画面が変わり、ドット絵のヘッダが出てきた。
◆◇◆
『ハート・ピンポン作戦決行!』
こんばんは! ニイです!
さて、今日はバレンタインデーでしたね。
私はかねてより言っていたように、公園でド・レミさんに教えてもらったチョコのバウンドケーキを渡してきました。
いや、渡してきたというのはちょっと違うかもしれません。公園で彼と話をしました。彼は私を色々励ましてくれて、時々背中ポンポンしてくれて、写真も撮ってくれました。
もしかしたら、あなたが知っている人かもしれません。
ひとまず、まあ長文は好きじゃないので、バレンタインで彼にチョコを渡したある“特殊な方法”はまた明日紹介しますね。私は「ハート・ピンポン作戦」って呼んでますけど……。
彼は、クールであまり目立たないけど、実はモテててものすごい優しいんです。おっちょこちょいな私の恋愛神経を刺激する子で、ホントに好きなんですよね。今日話せて、ちょっとドキドキしました。この距離感を分かってないところがまたキュンとします。大好きだよー!
返事のホワイトデーが楽しみすぎです!
それではまた! ラビュー!
◆◇◆
(了)
夕焼け色のハート・ピンポン DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます