沃土
まだ太陽も真上に居座っているような夏の昼間だというのに、博士は珍しく畑の真ん中でしゃがみ込んでいた。一面の金色は、今はもうない。夏はもう終わりがけで、今日は一日かけて咲き終えた花から種を回収することになっていた。
「苦手とおっしゃっているのに、向日葵畑を止めにしてしまいはしないのですね」
私の問いかけに、博士は作業の手を休めて、麦わら帽子をやや上に傾けた。
「止めてしまったら、本当に喪ってしまう気がしてしまってね」
喪失が怖いと、人並みのことを彼は言う。しかし、至ってその通りであり、無理に言葉で装飾するような必要は無かった。そうですね、と相槌を打つ。手が届かなくなるのは、怖い。
私はおもむろに立ち上がって、目的もなく辺りを見回した。
辛うじてまだ僅かに咲いている向日葵たちは、泣いているようだった。風に吹かれて素直に靡いてしまうその危うさは、不必要に儚かった。
「……博士」
「何だい」
「私の死体はどこにやったのですか」
この体は鋼鉄であり、本来所有していたはずの血肉は行方不明であった。
博士はまた手を止める。しかし、こちらを見ることはなく、手元の花をじっと見つめていた。はは、と薄く乾いた笑みが彼の口から零れ落ちて、そのまま大気に馴染んでいく。反応に困っている。しかし、誤魔化す気は無いようだった。
「……この丘のどこか、奥深く」
風が攫っていきそうなほどに静かな声であった。
「そうですか」
もう一度、景色を見渡す。屋根の上で風に煽られ、錆びかけの風見鶏が鳴いた。心のままに鼻歌で辿るメロディは、いつかの演奏会で弾いた曲だ。頬を撫でて泳ぎゆくそよ風が心地よくて、静かに目を閉じた。
操り人形に、太陽は咲かない。
「貴方は私の向日葵です」
唯一つの向日葵に、心の底からの笑みを向ける。
かつての肉体、オリジナルの『シンシア・ヴェラ・スタイナー』の遺体は、この畑のどこかで眠っている。今頃は、畑の養分にでもなっているのだろうか。
私は再びしゃがみ込んで、枯れた一輪に手を伸ばした。つい最近まで大輪の花々が咲き誇っていた庭で、それらから種をもぎ取る。
私たちはきっと来年も、哀を埋め合うのだろう。
金色の丘から、愛を込めて。
向日葵畑の愛を捥ぐ 雨森透 @amamor1
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