見上げた空に月はなかった
@aqualord
見上げた空に月はなかった
冬と春の狭間の雨に、街が押し包まれている。
時たま通り過ぎる車が、ぼんやりとした影を次々とヘッドライトに浮かびあがらせ、薙いでゆく。
影を作り出した人々は、無関心の厚着をしっかりと着込んで、家路を急ぐ。
「誰も私達に気付かないね。」
くすくす笑いながら、マユは傍らに立つ、自身と同じ制服を着込んだ少女に話しかけた。
「当たり前だよ。雨なんだから。わざわざ見上げる人なんて。」
いるわけない。
を、口の中に押し込み、話しかけられた少女、カリンは視線を自らの足下に戻した。
二人がその屋上に立っているビルの前で群れている傘は、あいかわらず灰色の路面を思い思いの方向に這っている。
「そろそろ始まるはずの時間だね。」
「そうだね。」
呟きに呟きで返す二人。
二人は一緒に傘越しに空を見上げた。
だが、まだまだ雨をたっぷりとその内に抱え込んだ雲は、二人にお構いなく雨を続ける。
「天気予報通りだったね。」
マユの言葉に、カリンは今度は何も返さなかった。
「今夜月食を見られなかったら、次はいつって言ってたっけ?」
マユはお構いなしに話しかける。
「どっちにしても、卒業して、ばらばらになった後だよね。」
マユは無言のカリンに気分を害した様子もない。
カリンは、くいと傘を持ち上げると、じっとマユを見つめた。
「バラバラになるかどうかなんて、天気予報みたいには当たらないよ。」
「それはどういう?」
「あんた次第ってこと。私と月食を一緒に見たいんだったら、戻っておいで。」
カリンはどこに、とは口にしなかった。
だが、「この場所に」、ではないことをマユは察した。
「カリンの所に戻るのかあ。それもいいね。」
マユの言葉に、カリンはやはり何も返さなかった。
ただ、傘をくるっと回して、少しだけ熱くなった頬を隠しただけだった。
見上げた空に月はなかった @aqualord
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