閑話、眠の長い一日Ⅱ

 西麻布が眠の家に押しかけてきてから暫く。

 眠は彼女と居ることが多くなった。

 彼が1人で何かしていると、大抵西麻布さんが絡んでくるのだ。


 例えば学校。

 休み時間になる度、西麻布が眠の席にやってくる。


「士郎!

 今度はこのダンジョン行きましょうよ!」


 西麻布はそう言って、眠にスマホを見せた。

 何かと思って彼が覗くと、インスタ映えしそうな幻想的な風景写真と共に、

『新進気鋭のデザイナー集団がデザインした最先端エンターテインメントダンジョンついに登場』と書いてある。


 どうやら彼女は眠との関係性をレベル上げしたいらしい。

 だが眠にそんなヒマはない。


「勝手に行けばいいじゃん。

 俺、オーガに潜るから」


 それだけ言うと、彼は早速仮眠スキルを発動する。

 スキルの熟練度上げのためだ。


「ちょっと!?

 寝てばかりいないでよもう!」


 西麻布が不平を漏らす。

 だが眠はもう聞いていない。

 彼が目覚めるのは6秒後だ。

 西麻布が眠の自宅へと押しかけて、一緒に潜る約束を取り付けてから、毎日こんな感じだった。


 そんな2人の姿をクラスの女子たちが興味津々に眺めている。


「ねえ、眠クンって最近すごくない?」

「あーすごいよねー」

「ちょっと前までイマイチだったけど、急にカッコよくなったし。レベル上がってるのかな?」

「そうそう。それであの西麻布さんからも猛烈アプローチ受けたらしいよ。

 今は殆ど毎日一緒に潜ってるんだって」

「え、毎日一緒に!?」

「なんかヤラシー。それ絶対恋人じゃん」

「いいなー。アタシも眠クンとライドデートしたーい」


 彼女たちは2人の関係を若干誤解している様子である。


 そんな風に女子たちが騒いでいる一方、

 廊下側の席では茶髪ピアスたちが固まって座っていた。

 全員恨めしそうな顔で仮眠中の眠を眇め見ている。


「ちくしょう……なんであんなザコが……!」

「金か? 金で西麻布さんを買ったのか? それしか考えられねえ!」

「宝くじでも当てやがったなアイツ!」

「それか親の遺産とか?」

「どちらにしろ、このままじゃ俺たちヤベえよ。

 西麻布さんと一緒に潜られたら、あんなゴミにも抜かれちまう!」


 彼らは自分たちがとっくの昔に追い抜かれていることを知らない。




 ◆




 その日の夕方。

 眠と西麻布の二人は東京オーガ山頂の鞍部に居た。

 正確には眠だけが鞍部におり、彼はボスを倒した後だった。

 西麻布は鞍部の下部にある150メートルある垂直の氷壁を登っている最中である。


「ゼーハー……! ゼーハー……!」


 西麻布のスタミナは既に尽きかけていた。

 もう2周も山頂と地上を往復しているのである。


「よし、あと一周」


 西麻布が登り切るや否や、眠が嬉しそうに言った。

 そして今彼女が登ってきた氷壁を飛び降りようとする。


「いやいやいや!?

 待ちなさいよ!!

 少しくらい休みましょう!?」


「あ、疲れた? だったらここで待ってていいよ。俺もう一回行ってくる」


 そんな西麻布に淡々と言うと、眠は再度飛び降りようとする。

 もう一歩だって動きたくない西麻布は、彼の腰に抱き着くような形で必死に止める。


「待って待って待って!?

 今ボスが出現したら私死ぬんだけどオオオオオ!?」


「大丈夫。それよりは早く戻ってくるから」


「大丈夫じゃない!!

 アンタ頭おかしいでしょ!?

 どうしてそんなに頑張れるのよ!?」


「別に……頑張ってないけど」


 苦し気にそう答えると、眠は俯いた。

 片手で額を押さえ、悩まし気に溜息を吐いている。


「またFランクに戻るのが怖いだけさ。

 常に頑張り続けてないと、今まで築き上げたものを全部失う気がするんだ。

 レベルも、ステータスも、スキルさえも……」


「は?

 そんなわけないでしょ。

 何言ってるのよ!」


 西麻布には眠の気持ちが分からない。

 眠本人としても、自分の気持ちが分かっているわけではなかった。

 とにかく不安で仕方がない。


「……ごめん、俺行くから」


 眠はそれだけ言うと、氷壁から飛び降りた。


「なんなの……!?」


 1人山頂に取り残された西麻布が呻く。

 すると西麻布のスマホに眠からのLINEが届いた。

 見れば、


『帰りも仮眠スキルのレベル上げしたいから、駅に着いたら起こして』


 というものだった。

 帰宅途中の電車内でも仮眠スキルの熟練度を上げたいから、駅に着いたら起こして欲しいらしい。


 西麻布は呆れる。


「……どんだけレベル上げしたいのコイツ……!」


 正直ドン引きだった。

 西麻布も努力家である。

 生まれ持った才能に加えて、人1倍どころか2倍から3倍くらいはやっている。

 だからこそ高飛車でいられるのだが、その西麻布からして眠は異常だった。

 アスリートとかそういう次元すらも越えている。

 正真正銘の化け物。


 そういう風に彼女には見えている。


「フン……!

 伊達にFランから這いあがってきたわけではないってことね……!」


 そう独り言ちると、西麻布も立ち上がった。

 足はもちろん全身フラフラだ。

 高山ということもあって、呼吸するだけで肺が締め付けられる。

 だが装備品は一切傷ついていなかった。

 というか武器は収納している。

 1週目の時はまだ戦っていたが、2周目はもう眠についていくことがやっとだったからだ。

 道中現れたモンスターはほぼ全て眠が狩っている。

 それはこれまで常にトップとして君臨し続けてきた彼女にとって、屈辱以外の何物でもない。


「……この西麻布礼奈が……ッ!」


 呟くと西麻布は『収納魔法』スキルで作り出した亜空間から、愛用の細剣とスカート付きの軽装鎧を取り出し一瞬で着替えた。

 そして、


「世界一の探索者になるのはこの私よ士郎オオオオオオ!!」


 遥かな峰々に向かってそう叫ぶと、眠を追いかけ氷壁から飛び降りていった。

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ユニークスキルで最高効率レベリング~外れスキル【仮眠】が真価を発揮、スキルでスタミナ値を全回復し、俺だけがダンジョンに何回も挑戦できるようになった~ 杜甫口(トホコウ) @aya47

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