閑話、眠の長い一日

――――――――――――――――


※東京オーガで眠が西麻布を助けた後、

 学校で西麻布からの誘いを断った後の話です。

 時系列としては、24話と25話の間になります。 


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 西麻布さんの誘いを断った日から3日後の朝。

 俺は再び学校に向かっていた。


 本当は学校になんか行ってるヒマはない。

 だから俺はこの3日間毎日ダンジョンに潜り続けていたのだが、

 気付けば未読LINE数が『999+』と表示されており、その殆どが西麻布さんからの『なんで学校来ないのよ!?』という怒りのメッセージだったのである。

 最後には『来なかったら殺す』と殺害予告めいたものまで書かれており、もはや学校に行かざるを得なかったのだ。


 西麻布さんに会いたくない。


 そう思って俺は溜息を吐く。


 正直一緒に潜ってるヒマとかないんだよな。

 だって俺はまだCランク。

 プロですらない。

 ただでさえ凡人の俺が、効率のいいソロ探索を捨てて世界一になれる訳がないんだ。

 でもいい断り方とか思いつかないし……!

 怒らせたらまた面倒だもんなあ。


「……ん?」


 そんな風に考えながら歩いていると、やがて校舎前で見覚えのありすぎる人物を見つけてしまう。

 金髪碧眼。

 美の女神フレイアすらもその余りの美しさから黄金の首飾りを引きちぎらずにはいられないであろう超女神級ブロンド巨乳美少女。

 西麻布さんだった。


 げっ。


 俺は咄嗟に物陰に身を隠そうとする。

 だがそれよりも早く西麻布さんと目が合ってしまった。

 彼女は俺見つけるなりツカツカと歩み寄ってきて、


「士郎!

 これを見なさい!」


 俺の顔面に何やらスマホを突きつけて言った。

 その画面には西麻布さんのステータスが表示されている。



 ──────────────────



[レベル]     2012




[スタミナ値]   2216/2216

         (現在値/最大値)



[HP]       2337/2337(ー0)

         (現在値/最大値)

 マイナスはスタミナ値による補正



 ◆

 ──────────────────


 STR(筋力)         5222(+2150)

 DEX(器用さ)         1845(ー206)

 AGI(速度)           6114(+3057)

 VIT(耐久性)        1649(ー413)

 INT(知能)          1615(ー404)

 CHA(魅力)         4224(+2112)


 ステータス振り分けポイント  0



 ◆

 ──────────────────


 

「どう!?

 これが私の実力よ!

 プロでも上位に食い込むオール四ケタのステータス!

 この他にも6つの超有能なスキルと12個の超優秀な称号を持っているわ!

 充分アナタの役に立てると思うけれど!?」


 西麻布さんが鼻高々に自身の有能さを説明してくる。

 ざまあみろとでも言わんばかりだ。


 確かに強い。

 さすがは西麻布さんといったところだ。

 でも俺が気にしてるのはそこじゃないんだよな……。


 俺が気にしているのはレベル上げの効率である。

 2人で潜った場合、敵を倒しても得られる魔素は半分になってしまうのだ。

 それにどんなに強くても、スタミナが減ったらその分ステータスも下がっちゃうし。


「フッ!

 強すぎて言葉も出ないようね!?

 それとも昨日自分がしたことを後悔しているのかしら!?

 圧倒的格上の私に失礼な態度を取ってしまったって!!

 いいわ!

 今回だけは特別に許してあげる!

 これでもいちおうアナタには期待してあげてるから!

 わかったらこの場に跪きなさい!

 そして私にお願いをするの!

 西麻布さん、どうか俺と一緒にダンジョンに潜ってくださいって!!」


 俺が黙ったままでいると、西麻布さんは一気にまくし立ててきた。

 そして地面を指差す。

 茶髪ピアスたちが彼女にしたように、土下座で頼めというのだろう。

 でも昔の俺ならともかく、仮眠スキルでレベルを上げられるようになった今の俺には正直西麻布さんは必要ない。


 言うしかないか……。


 思って俺は西麻布さんの顔をチラ見する。


「……なによ?

 私の顔に何かついてる?」


 すると、俺の視線がムカついたんだろう。

 西麻布さんが元々鋭角な眉を更に吊り上げる。


 俺はなんとか穏便に済ませようとして、


「……えっと……その……以前も言ったと思うんですけど……2人でダンジョンに潜るとそれだけダンジョン報酬も減っちゃうので……」


 後ろ髪を掻きながら、いかにも申し訳なさそうな調子で言った。

 これで西麻布さんが納得してくれたらいいんだけど……。


「ハアア!?

 私のスペックはダンジョン報酬以下だっていうの!?」


 俺の返答を聞くや否や、西麻布さんが怒り出す。


 この人いくら何でもちょっとキレ過ぎじゃないか?

 なんでこんなに怒ってるんだろう……!


「い、いや!?

 そんなことは言ってないですけど!?」


「だったらさっさと跪きなさい!

 そしたら今回だけは許してあげる!!」


「でも西麻布さんと組んでも効率よくならないし……!」


 焦った俺がつい本音を言うと、


「なにそれバカにしてんのオオオオオ!?」


 とうとう西麻布さんが怒鳴り散らした。


「ひっ!?

 だっ、だからしてないですって!?

 あっ俺もう授業遅刻しちゃうんでそれじゃ!」


 今にもぶん殴られそうだと思った俺は、慌てて言い訳をしながらその場を去った。


 なんであの人こんなに俺に構うんだよ……!?




 ◆




 同日。

 午前9時50分。

 1限目が終わるや否や、俺の席に西麻布さんがやってきた。

 かと思うと机の上に札束を叩きつけてくる。


「士郎。

 私と契約しましょう。

 時給10万でアナタを雇うわ。

 悪くないでしょ?」


 そして言った。


「あ、10万円はすごいですね……でもその……俺、それ以上稼いでますので……」


 これ以上西麻布(猛獣)さんを刺激しないよう、慎重に返事をする。


 俺はここの所Cランクダンジョンで稼ぎ続けていた。

 まだ稼ぎ始めたばかりだし、武器やら防具やらのライド費用で貯金は殆どないけど、年収換算なら西麻布さんにも追いつく勢いだ。


「だったらアイテムもつけるわ!」


 すると、そんな返事は予測済みよと言わんばかりに両手を上げ、西麻布さんが身に付けていたネックレスを外して俺の机の上に置く。

 そのネックレスには、眩いばかりに輝く魔鉱石が散りばめられていた。

 透明度と輝き具合からして、たぶんレア魔鉱石『オーガクリスタル』だろう。

 これだけあれば市場価格で1000万円はくだらない。


「ウッソだろ……!?」

「高級宝石店……いや博物館に置いてあるレベルだぞアレ……!!?」


 俺らのやり取りを見ていたらしい、茶髪ピアスたちが騒いでいる。

 彼らの声を聞いた西麻布さんはいよいよ自慢げに高笑いして、


「どう?

 この私についてくれば、この程度のアイテム幾らでも手に入るわよ!?」


 俺を誘ってきた。


「ご、ごめん……!」


 そんな高級品など受け取れるはずがない。

 俺はネックレスを摘まみ上げ、西麻布さんの方に置き直した。

 すると、西麻布さんが切れ長の目を真ん丸に見開く。


「私のネックレスがいらないっていうの!?」


「いらないって訳じゃないですけど……!」


 俺は困り果てて言った。

 確かにお金は必要だ。

 しかも1000万円なんて大金、頂けるものなら頂きたい。


 だけど俺が今最も優先すべきはレベル上げの効率。

 多少お金が増えたところで、その先の経験値や報酬が全て2分の1では本末転倒なのだ。

 逆に言えば、レベルさえ上げられればいずれ1回のライドで1000万くらい余裕で稼げるようになる。


 でもそんな俺の都合、この人が聞いてくれるとは思えない。

 だったら。


「ご、ごめん! 俺ちょっとトイレ!」


 俺はさっさとこの場を立ち去る事に決めた。

 これが西麻布さんに対する最善策だ。


「待ちなさいよォ!?」


 後ろからかかる声も無視して、廊下に出る。


 俺はその日、休み時間になる度にトイレに籠る羽目になった。


 もう許して。




 ◆




 同日。

 午後20時。

 日課のダンジョン探索を終え、俺は帰宅途中だった。

 最寄り駅前のゴミ臭い裏路地をトボトボと歩く。


 今日のダンジョンめっちゃ疲れた。

 どうしてこんなに疲れてるんだろう。

 一日中西麻布さんに付きまとわれてるせいか。


 そんな事を考えながら、家の前までやってきた。

 俺の家は築50年木造2階建ての貸家。

 崩れかけた門を押し開き、玄関のカギを開ける。


 母さんには悪いけれど……もっとダンジョンの近くにあるマンションとかで1人暮らしして効率よく潜りたい。


 屋根板が落ちかけている玄関口を見上げて、俺は1人思った。


 ちなみに俺は母さんと2人暮らし。

 家族は他に義理の妹がいるけど、アイツは隣の県にある学校の宿舎に入ってる。

 母さんはこの時間はまだ仕事のため家には居ない。

 と思っていたのだが、


「ん……?」


 ふと俺の鼻先を、美味しそうな料理の香りがくすぐる。


 なんだこの匂い?

 めっちゃ美味しそうな匂いするけど……。

 母さん、仕事早く終わったのかな?


 不思議に思いながら1階のリビングへと向かう。

 そして部屋の中を見るなり、その光景に俺は腰を抜かしてしまった。


 いつも作り置きのカレーや筑前煮が置かれている食卓に、見たこともないフランス料理のフルコースが並んでいる。

 それだけではない。

 食卓の向こうには、北欧風の間接照明やら観葉植物やら、甘い匂いのするアロマディフューザーまで置かれているのだ。

 更には卓上に設置されたスマートスピーカーからムーディな音楽まで流されていた。

 以前はお化け屋敷のようだった我が家が、まるで高級ホテルのラウンジみたいになっている。


 な、なんか用意されてるうううううう!?


「士郎!

 遅かったわね!」


 そんな風に俺が驚いていると、キッチンから西麻布さんが顔を出して言った。

 でも普段の彼女とは似ても似つかない。

 格好がおかしいのだ。


 金髪に載せているのは、漆黒のメイドカチューシャ。

 ピッチリしたノースリーブシャツの上に着たビスチェタイプのコルセットは、バストの部分が切り取られており、そのため西麻布さんの98センチある胸がこれでもかと言わんばかりに強調されていた。

 更には股下83センチの美脚を活かすために、膝上15センチのマイクロミニスカートまで穿いている。


 なんだこれは……!?

 いったい何がどうなって……!?


 どうして西麻布さんが俺の家にいるのか分からなかった。

 しかもフランス料理のフルコースを作っている。

 なぜかセクシーすぎる格好で。


 怖すぎる!?


「にっにっにっ……西麻布さんどうしたのその格好!?」


「どうもしませんわよ?

 ただアナタに私の魅力を分かっていただきたくって」


 そう言うと西麻布さんは、床に這いつくばる俺を見下ろしてニッコリ微笑んだ。

 そしてフライパンを片手にキッチンから出てくると、たった今完成したらしい料理をテーブルの上に盛りつけ始めた。

 ニンジンのグラッセにブロッコリー、ジャガイモのソテーが添えられたフォアグラ入りハンバーグステーキだ。


「どう!?

 私、料理もできるの! 

 だからダンジョン連れて行きなさい!」


「いや料理ってダンジョン関係ないし!?

 っていうか西麻布さん俺んちで何してんの!?」


「今言ったでしょうが!

 アナタに私のすごさを見せつけてやろうと思いまして!

 さあ私の料理を食べなさい!」


 言って、西麻布が皿に盛りつけたハンバーグをフォークで突き刺し、それを俺の口に突っ込もうとしてきた。

 鋭い槍の一撃のようなそれを、咄嗟に首を傾けて躱す。


 危ねえ!?


「とっととっ……!

 とにかく今すぐ帰ってください!

 じゃないとケーサツ、いや自衛隊呼びますよ!?」


 この猛獣(西麻布さん)を止めるには軍隊の手を借りるしかない!


「うううううううッ!!?」


 俺がそう思っていると、西麻布さんの表情が一変した。

 取り繕った笑みが一転、悔しそうに歪む。

 そして、


「日本一の女子高生探索者とまで言われたこの私が……ッ!!

 こんな恥ずかしい思いまでしてあげてるっていうのに……ッ!

 どうすれば私と組んでくれるのよオオオオオオッ!!?」


 とうとう泣き出してしまった。

 ご近所中に聞こえるような大声だ。


 この状況はマズい。

 万が一通報でもされれば、状況的に逮捕されるのは俺だ。

 そうなれば俺は、クラスメートの女子を家に連れ込んだ挙句おかしな格好をさせて料理を造らせようとした変態探索者として業界中に知れ渡ることになる。

 そうなれば今後の探索にも支障をきたすだろう。

 最悪の場合日本探索者協会JSOから出禁を食らって、レベル上げ自体ができなくなるかもしれない。

 そうなれば俺の世界一の探索者になるという夢もお終いだった。


 これ以上迷惑掛けられるよりは……!


 俺は考え、溜息を吐く。


「わかった。俺はソロで潜るけど、勝手についてくる分には文句言わないから」


 俺は仕方なしに言った。

 すると、


「ニヤリ」


 西麻布さんがほくそ笑んだ。

 どうやら涙はウソ泣きだったらしい。


「言ったわね!?

 言ったわねエエエエ!?

 ウフフッ!

 言質とったわ!!」


 彼女が嬉しそうに言って、スマホを取り出す。

 どうやらアプリで一部始終を録音していたらしい。

 物凄い用意周到ぶりだった。

 そこまでして俺と潜りたかったのか。

 いまいち理由が分からない。


「やったあああああああ!!

 これで士郎と潜れるッ!!」


 西麻布さんが握った拳を突き上げ、その場でピョンピョン跳ねて叫ぶ。

 まるで5歳児のようなはしゃぎっぷりだった。


 一方俺は、肩を落として溜息を吐く。

 もう目の前が真っ暗になりそうだ。

 こんな事してるヒマないんだけど。

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