第53話、エピローグ

 頬白の事件から1週間が経った朝。

 昨日の晩から数えて5000回目の仮眠から目覚めると、俺はまず台所に行ってコップに一杯水を飲む。

 それから歯磨きをして、軽く筋トレを行った。

 体の血行を良くするためだ。

 そしてシャワーを浴び、いつものジャージに着替え、前日用意した鞄の中身を再度確認する。


 鞄の中身は水と食糧が中心だ。

 それにエリクサーが入った小瓶3つを仕舞い、ポケットにスマホと予備のフォールディングナイフを仕舞って、千手の短刀を腰の鞘に差す。


 今回のライドはかなり危険が伴う。

 それ故いつも以上に緊張していた。

 この緊張感が楽しい。


 家を出ると、門の前に誰か立っている。

 西麻布さんだ。

 今日は学生服じゃない。


 黒のカットソーに同じ色のショートパンツ。

 下にはレギンスを穿いて、パンパンに膨らんだ登山用のリュックサックを背負っている。

 いつも軽装で派手な西麻布さんにしては、随分堅実な格好だった。

 彼女もこれからダンジョンに潜るのかな。


「おはよう士郎」


 なんて思っていると、声をかけられた。

 俺も挨拶を返す。


「その格好、ダンジョンに行くのよね。

 行先はひょっとして獄楽土ごくらくどかしら?」


「いや、神火じんぴ


 俺が行き先を答えると、西麻布さんの綺麗に整った眉が急角度でへし曲がった。


「じ、神火じんぴって……!

 富士山火口にある国内最大深度のBランクダンジョンじゃない!

 ほぼAランクといっても過言じゃないところよ!?

 そんな所に行くの!?」


「うん。

 ホントは更新した免許が届くまでライドできないんだけど、獅子神さんが特別に話通してくれて」


 獅子神さんとは、あれから何度か話をしてる。

 その時にBランクに潜れないことを愚痴ったら、ダンジョン局の人に口利きしてくれたのだ。


「Bランクダンジョンのボス倒せるぐらいまで強くなったのに、まだレベル上げするのね……!」


 西麻布さんが呆れたような口調で言う。


「当たり前でしょ。俺の目的は世界一の探索者なんだから。

 こんなところでウロチョロしてられないよ」


「……」


 俺がそう答えると、彼女は深刻な顔をして黙り込んだ。


 急にどうかしたんだろうか。


「そういえば私、昔アナタに酷い事言ったわよね」


 やがて、彼女が顔を横に背けながら俺に言ってきた。


 酷いことか。

 ……西麻布さん割といつも酷いこと言うけど、どの話だ?


「三か月前よ。

『むさしの』で、アンタのレベル上げに付き合った時に、私酷いこと言ったわ。

 世界一の探索者になんかなれるわけないって。

 その事を謝りたいの。

 ごめんなさい」


 そう言うと、西麻布さんは俺に頭を下げた。


 ああ、あの時のことか。

 今さらだな。


 っていうか、急になんで謝るんだ?

 なんか嫌な予感がする。


 果たして俺がそう思っていると、西麻布さんがチラチラ俺の顔を見てきた。

 そして、


「その……それで……よかったら私も……その……一緒にダンジョン連れて行って欲しいんだけど」


 言った。


「えゴメンムリ」


 俺はずぞぞぞっと西麻布さんから距離を取りつつ返事をした。


 ソロじゃないと効率が落ちるからな。

 それだけは困る。


「じゃ、邪魔はしないわ!

 荷物持ちでも料理当番でもなんでもするし、なんならダンジョン報酬だって全部あげるから!

 だから私もBランクダンジョン潜らせて欲しいの!

 このままじゃアンタと差がつく一方だわ!

 そんなの私……耐えられないッ!!」


 西麻布さんが叫んだ。


「でも俺と一緒に来たって、俺よりレベル上がらないと思うけど?」


 当然の疑問だった。


「そんな事は私だってわかってるわよ……!

 だけど、私のやりかたじゃダメなの……!」


 ふむ。

 珍しく落ち込んでると思ったら、そういう事か。

 きっとこれまで彼女なりに一生懸命レベリングしてきたんだろうな。

 だけど俺の方がレベル上がっちゃって。

 凄い焦ってるんだ。

 だから俺に媚びてでも、レベルを上げようとしている。


 その気持ちは分からなくはない。

 俺も昔はそうだったから。

 だけどそのやり方じゃ、多分うまくいかない。


「1人で潜ったら?」


 そう思ったから、俺は彼女に言った。


「え?」


 西麻布さんがキョトンとした顔で俺を見返す。


「1人で潜ると効率いいよ。

 パーティで潜るとどうしても魔素が分散しちゃうからね。

 西麻布さんは筋力STR素早さAGI特化型だし、ソロでも結構いけるんじゃないかな」


「……。

 私にはムリよ。

 だって私、アナタみたいな有能なスキル持ってないもの。

 アナタみたいには、なれない」


「いやいや。

 めっちゃ有能なスキル6個も持ってるじゃん。

 使い方次第だよそんなの。

 それに」


「それに……?」


「なれないなんてこれっぽっちも思ってないでしょ」


「……ッ!」


 俺がハッキリそう言うと、西麻布さんは目を見張らせて黙った。

 図星を突かれた顔をしている。


 やがて彼女は薄ピンク色の唇を噛み締めると、自分の拳を見つめだした。


『もう一度やってやる』


 そんな顔だ。


「じゃ。

 俺行くから」


 俺は歩き出す。

 西麻布さんはもうついてこない。


「待ってなさいよ士郎!

 必ず、アンタを追い越してみせるんだから!!」


 西麻布さんの声に、俺は片手を振って応えた。


 小さい頃、俺は西麻布さんよりも強かった。

 それがいつの間にか抜かれて、高校になる頃にはすっかりザコ扱いをされていた。

 でもこの三か月で一気に俺が追い越して、今度は俺が追われる立場になった。

 そう思うと不思議な感じがする。

 誰かに背中を追われるってのも、正直嫌いじゃない。

 結構いい気分だ。

 だけど俺は追う方が好き。

 世界一の探索者になりたい。


 そう思い、俺は朝日が照らす道を駅の方へと歩いて行った。




 ◆




 15年前。

 突如として富士山頂の火口の底、通称内院ないいんと呼ばれている場所にダンジョンが現れた。

 長らく浅間神社の神域として人の立ち入りを厳禁してきた場所である。

 そこに『神火じんぴ』ダンジョンはあった。

 俺は今その内部を探索している。


 まずこのダンジョンは環境がヤバい。

 まだ入って100メートルも来ていないのだが、既にスタミナ消費が激しいのだ。


【スタミナ自然回復(小)】を持つ俺ですら毎秒スタミナが削れる。

 そのせいで重力が倍くらいになったように感じていた。


 しかも、このダンジョンは足場が殆ど無い。

 あちこち地面が切り取られた崖のようになっていて、狭い所だと道幅が30センチくらいしかなかったりする。

 そして地面の遥か下には火口がある。

 そこには灼熱マグマが燃えたぎっており、少しでも足を踏み外せば真っ逆さまに落ちてしまうだろう。


 そんな場所の上空を、人面をした超巨大な魚型のモンスターたちが群れを成して回遊している。

 一体一体は獄楽土の神種の方が強かったが、こちらは数が多い。

 前方に50匹。

 左上方にも50匹。

 そして俺の背後からも数十匹がヒットアンドアウェイの突進攻撃を繰り出してくる。

 しかも互いにタイミングを合わせて、交互に攻撃してくるので仮眠を取るヒマがない。

 毎秒削られていくスタミナに、俺の動きはどんどん鈍くなっていく。


 このままではマズいな。

 なんとかスタミナを回復しないと。

 そのためには、魚群の連続攻撃をなんとかしなければならないが……。

 そうだ。


「キョオオオオオオオオオ」


 俺はワザと魚群の突進攻撃を喰らい、足場のない場所へと吹っ飛ばされた。

 そのまま火口へと真っ逆さまに落ちていく。

 モンスターたちはこのまま俺が火口に落ちて死ぬと思っているのだろう。

 追撃してこない。


 今がチャンス。


 考えながら俺は眠る。


 目覚めると、視界いっぱいに燃え盛る火炎が映った。

 俺の体がマグマに飲み込まれる。

 熱い。

 だが俺の体は溶けない。


 スタミナが全回復したと同時にパワーナップが発動しているからだ。

 今の俺のステータスなら、この程度のマグマは問題ない。

 更に『ボス化』を併用することで、武器や衣服やスマホも保護している。

 反撃開始だ。


 俺は火口から飛び出した。

 ひとっ飛びで、垂直の壁を登っていく。

 上空には魚型モンスターの群れがいる。


 一気に倒す!


 俺は千手の短刀を抜くと、巨大な魚の胴体をコアごと真っ二つに斬った。

 そいつの死骸を空中で蹴り、次の人面魚へと向かう。

 後はその繰り返しだ。

 他の奴に次々飛び乗り、斬っていく。


 1匹斬るたびにスマホがピロンピロン鳴った。

 レベルアップが止まらない!


 それでも敵は次から次へとやってくる。


 しかも火口からも何かやってくる。

 それは炎に包まれた魔神。

 以前に獄楽土で遭った仁王よりもデカい奴らが合計3体居る。


 恐らく神種だろう。

 ここで大物の登場ってわけだ。


 いいね。

 このくらいじゃないと手応えがないからな。

 ここで更にレベルを上げるぞ。


「待ってろよヘンリーウォルター!

 俺は必ず世界一の探索者になってやる!!」




 ――――第一部完――――

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