第52話、千手神種Ⅲ
――頬白視点――
黒ジャージの少年が千手と戦ってる最中、僕はずっと考えていた。
『なぜおまえは恐れない』
『なぜおまえは戦えるんだ』
『奴はこの獄楽土ダンジョンのボスなんだぞ』
『それなのに、どうして立ち向かえる!?』
『どうしてそんなに目を輝かせていられるんだ!?』
ずっと疑問だった。
そんな事を考えているうちにも、奴は千手を倒してしまった。
目の前で起こっている事が信じられない。
「……」
だが、思い返してみれば昔からそうだった。
僕の上をいく連中たち。
Aランクの奴らは、みんなそう。
レベル的には絶対に勝てない相手のはずなのに、アイツらは皆、そんな敵に向かって目を輝かせながら突進していく。
今のアイツみたいに。
「これが一流の探索者の戦い……!
本当のAランク……!」
僕は呟かざるを得なかった。
奴に分からされた、そんな気さえする。
やがて、黒ジャージの少年が僕の前にやってきた。
その顔は険しい。
例えるなら戦国時代、生まれながらにして戦いの中に身を置かざるを得なかった野武士のような、そんな目をしていた。
凄まじいオーラだ。
圧倒的強者感。
ダメだ勝てない……!
例えこの先どれだけレベルが上がったとしても、こんな化け物に勝てる気がしない……!
「さて。
待たせたな頬白。
勝負再開だ。
殺し合おう」
奴が、千手が落としたらしい短刀を振りながら言った。
奴の目はギラギラと輝き、口元だけが笑っている。
「ひッ……ひいいいいい!?!?
ゆ、ゆるしてくれええええええええッ!?!?!?」
僕はその場に両手と頭を投げ出して、命乞いをした。
ただただ少年が怖ろしかった。
罪でもなんでも認める!
認めるから、だからどうか命だけは助けてほしいッ!!
――眠視点――
頬白は、魂が抜けたような顔をしていた。
余りに想像通りの反応過ぎて、正直面白くない。
「さて。
待たせたな頬白。
勝負再開だ。
殺し合おう」
俺がそう言うと、頬白は震え上がった。
まるでライオンを前にした小鹿のように。
奴は目に涙を浮かべるとその場に土下座して、
「ひッ……ひいいいいい!?!?
ゆ、ゆるしてくれええええええええッ!?!?!?」
言ってきた。
「何を許すんだ?」
俺は尋ねる。
「も、もういいでしょう!?
僕はお前に敗れた!
そして思い知らされたんだ!
お前という化け物との差を!
僕はこの先絶対にお前には勝てない!
その事は十分に分かりました!
ですから、ねえ……!
お願いします……!
僕をもう許して……!」
俺は黙っている。
そして手に持った短刀の刃を奴の右肩に置いた。
すると頬白の体がビクンと震えた。
「じ、自首します!!
僕にレベルを吸われた連中や家族の保障も、僕にできる事ならなんでもします!!
全部の罪を認めて、償います!!
だから、もう……ッ!
お……お願いしますうううううう!!
どうか僕を許してくださいいいいいい!!!!」
頬白の自分の事しか考えていない発言に、俺は改めて溜息を吐いた。
こいつはガチのクソ野郎だ。
このまま許すわけがない。
俺は奴の右腕を斬り飛ばす。
「ぐぎゃあああああああ!?」
頬白の悲鳴を聞きながら、俺は更に斬り飛ばした腕を肉片になるまで斬り刻んだ。
これで『エリクサー』を使った再生も不可能。
その上位ランクである『千手の薬壺』を使えば再生できるかもしれないが、こいつは臆病者だ。
格上に挑む気概なんかないだろうし、そこまでしてこいつを助けようとする奴もいない。
従って、こいつはもう二度とレベルイーターを使えない。
「大切なものを奪われる気持ちを少しは思い知れ」
俺が言うと頬白は、
「ううっ……ううううううっ!!!」
残った左腕で、肉片になった己の腕をかき集めながら、それにしがみ付くようにして泣いた。
◆
30分後。
俺が放心状態の頬白を連れてダンジョンの外に出ると、そこには多数の警官たちが待ち構えていた。
俺は彼らに頬白を託す。
今の頬白はスタミナが完全に尽きている。
長時間の睡眠を取らない限りは、一般人とさほど変わらない。
仮に暴れ出したとしても容易く取り押さえられるだろう。
他にも境内には自衛隊の人たちも大勢居て、その人たちは基地内の建物を捜索していた。
話を聞くと、どうやら警務隊(自衛隊内で警察の役割を担っている部隊)の人たちらしい。
その人たちは金閣寺の基地内における頬白の協力者を捕まえに来たそうだ。
俺が初めてここに来た時に会った、偉そうなおじさんも逮捕されている。
どうやら次期Aランクを期待されていた高位の探索者が犯した犯罪事件とのことで、今回はかなりの人が動いているようだ。
そんな中を頬白が残った左腕に手錠を掛けられ、合計6名の屈強な警官に周囲をガチガチに固められた上で護送車へと乗せられていく。
ちなみに奴の犯行だが、今回は被害に遭った自衛隊員が生き残ってるし、松本って人も証言してくれる。
俺が『獄楽土』ダンジョンで松本さんを助けた時の音声が残っており、それも証拠になる。
更には没収した頬白のスマホ(ダンジョン内に落ちていた)の記録から、基地司令やダンジョンセンター内に居た頬白の仲間も逮捕できるそうだ。
とりあえずは一安心といったところだろう。
そう思い俺が一息吐いていると、
「あ、眠さん!」
俺の下に、サラサラした黒髪をセンターパートに分けた大学生くらいの男の人がやってくる。
さっき助けた松本さんだった。
だが右足の膝から下が無い。
短くなった足に包帯を巻いて、松葉づえを突いている。
傷が深すぎたのだろう。
どうやら切断してしまったらしい。
「ありがとうございます!
アナタのお陰で、僕は命を救われました!
アナタは命の恩人です!」
松本さんが笑顔で言った。
俺は彼の足を見る。
「足はダメだったみたいですね」
「あ、はい……!
ここの方のお陰で外傷は治ったんですけど、中の骨までは治らなくって。
これで探索者は卒業ですね。
別の仕事を探さないと」
そんな彼に俺はさっき手に入れた『千手の
蓋つきの小瓶で、中には空色をした液体が入っている。
フリマアプリ『マーキュリー』内の説明が正しければ、この液体を足の切断部分に振りかける事で足が治るはずだ。
「なんですか、これ」
「ここのボスモンスターを倒して拾ったんだけど、
切断した足も元通り回復する他、ちょっとですけどレベルも上がるみたいで。
よかったら使ってください」
話をしている内に、松本さんの顔がパアアっと明るくなる。
「え……ッ!?
マジですか!?
そんなアイテムがあるんだ、凄い……ッ!?
でも、俺なんかが貰っちゃってもいいんですか!?」
「はい。俺がもう少し早く現場に到着していれば、レベルを吸われることもありませんでしたし。
それに困ったときはお互い様ですから」
俺は松本さんにそう言って、瓶を押し付けた。
すると彼は、
「命を救ってくださっただけじゃなく、俺の探索者としての未来まで救ってくださるなんて……ッ!
眠さん、ありがとうございますッ!!
この御恩は一生忘れません!!」
両目に一杯涙を湛えながら、ブンブン頭を下げて言った。
余りの喜びっぷりに、俺はちょっと不安になる。
これで効きませんでしたとかになったら、俺恨まれるんじゃないか。
一瞬そう思ったのである。
すると松本さんはそんな俺の内心を見透かしてか、
「仮に効かなかったとしても、眠さんが俺を救ってくれた事には変わりありません!
本当に感謝してます!!
よかったら今度メシでも行きましょう!!
俺奢るんで!!
それじゃこのあと事情聴取しなきゃいけないらしいなんで、俺行きますね!!!」
そう言ってもう一度深く頭を下げると、松本さんは警察の下に向かった。
彼もパトカーに乗ろうとする。
すると、どこから話を聞きつけてきたのだろう。
松本さんの友人らしき人が、彼に抱き着いて無事を祝い始めた。
うん。
助けてよかったな。
そんな風に俺が思っていると、
「なにカッコつけてんのよ」
背後で呆れたような声がした。
振り向けばそこに、金髪で切れ長の碧眼をしたモデルみたいにスタイル抜群な女の子が立っている。
西麻布さんだ。
彼女は俺の顔を見るなり、制服スカートの腰に両手を当てて、
「まったく。
中々ダンジョンから出てこないから心配したじゃない。
やっぱりこの私もついて行けばよかったわ」
やれやれ、と言った調子で言った。
「え、西麻布さん俺の事心配してくれてたの?」
意外だったので聞き返すと、途端に西麻布さんの顔が赤くなる。
「バッ……!?
わ、私は単に頬白を捕まえられるかどうかについて心配してたってだけよ!
アンタのことなんかこれっぽっちも考えて上げた事ないんだから!!
調子に乗らないで!!」
言いながら、西麻布さんが俺の肩や脇腹をビシバシ叩いてきた。
一応俺もケガ人なんだけど……。
「ってか、
落ち着いたらぜひ貴方の所にお伺いさせて頂きたいって」
それはなんか、どうなんだろう。
裏がありそうとか思っちゃうのは俺の悪いクセなんだろうか。
悪い人たちばかりじゃないとは思うけれど、少なくとも頬白がしたことが裁かれるまでは、あんまり信用できない。
俺がそういった不安を西麻布さんに言うと、
「それはもっともね」
彼女は頷き、横目で辺りを行き交う自衛官たちを見た。
「ただ、私が探りを入れたところ大多数の自衛官は今回の件に関係ないわ。
警務隊や警察も以前から頬白とその周りの連中を怪しいと見ていたらしくて、捕まえるための証拠を探していたみたいなの。
それが今回、士郎のお陰で一網打尽にできたそうよ。
勲章ものだって褒めていたわ」
なるほど。
幾ら有力な探索者だからって、1人でなんでもできるわけじゃないものな。
今回の件で、逆に頬白がトカゲのしっぽ切りに遭うなんてケースも考えられるけれど、少なくとも頬白自身は裁くことができそうだ。
俺がそんな風に納得していると、
「よう」
また別の人が声をかけてきた。
金髪混じりの髪を長く伸ばした男性。
その発達した腕の筋肉を見せびらかすかのように、ロングTシャツの袖を肘までまくっている。
以前この獄楽土ダンジョンで死にかけていた俺を助けてくれた探索者、獅子神さんだ。
「し、獅子神アキラ……!?
大手
ハッ!
まさか私の勧誘ね!?
社長直々に来るなんて結構なことだけれど、こんな大変な時までついてこないで欲しいわ!」
西麻布さんが切れ長の目を更に鋭くして、獅子神さんを睨みつける。
「ん?
いやいや、今日はお嬢ちゃんのスカウトしに来たんじゃねえよ。
こっちの兄ちゃんの方だ」
獅子神さんはそう言うと、俺の方を向いた。
そして、
「すまなかったな。
こないだは信じてやれなくて」
そう言って、ド派手な頭を下げる。
獅子神さんの顔つきは真剣そのものだった。
「いえ、あの状況なら仕方ないです。
それより頬白はこの後どうなるんですか。
ちゃんと裁かれますか?」
そんな獅子神さんに俺は言った。
別にこの人から謝罪されたい訳じゃない。
俺に酷い事をしたアイツが裁かれる方が大事だ。
「そこに関しては間違いなく裁かれる。
奴は初犯らしいが実刑は免れないだろう。
後は死刑か無期懲役かって所だが、どちらにしてもアメリカにある『国際ダンジョン刑務所』に送られる」
「ダンジョン刑務所?
刑務所なんかで大丈夫なのかしら。
脱獄とかされちゃうんじゃない?」
いつの間にか俺の隣に居た西麻布さんが言った。
すると、獅子神さんが首を横に振る。
「いや、脱獄は無理だな。
ダンジョン刑務所は犯罪を行った上位ランクの探索者を収容するために用意された特別な場所だ。
所長がまず俺並みに強いし、刑務官も各国から派遣されたBランク以上の強者ばかり。
そして刑務所自体がBランクダンジョンの奥地にある魔素が極端に薄い場所に建てられている。
頬白程度の実力では絶対に逃げられないし、仮に逃げたとしてまともな装備もない以上、ダンジョンの中でスタミナが切れてモンスターに食い殺されるのがオチだ。
もう一つ言えば、あそこには凶悪犯も多い。
そいつらの探索者としての実力も軒並みB以上だ。
頬白はレベルを吸いとった上で殺すなんて、最悪な罪を犯した訳だからな。
まずイジメられて舎弟にされるだろう。
それかケツでも掘られるか。
どちらにせよロクな未来は待ってない」
「なるほど。
それなら大丈夫そうね」
西麻布さんが頷く。
「じゃあ、今回の事は安心していいんですね」
「ああ。
今回の事件は、探索者業界はもちろん日本社会全体にとっても重大な事件だ。
俺にもイチ探索者として責任がある。
間違っても奴が釈放なんて方向には行かせねえよ」
獅子神さんはハッキリそう言うと、
「そうだ、これ」
懐から一枚の名刺を取り出して俺に渡してきた。
『取締役社長』の肩書の他に、獅子神さんのデフォルメキャラがデザインされたQRコードがついている。
「もし何かあったらすぐ連絡してくれ。
QRコードを読み込めば俺のLINEアドレスが出る」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、
「こちらこそ」
言って、獅子神さんが手を振った。
そのまま俺たちの下を立ち去る……と思いきや、クルリと振り返って、
「あと千手倒した時の話聞かせてくれ。
俺もソロで挑戦してみたいからよ」
言ってきた。
「いいっすよ。
俺でよければ色々教えます」
「おう。
楽しみにしてるぜ」
俺が答えると、今度こそ立ち去っていった。
色々あったけれど、とりあえずこれで一件落着かな。
よし。
家帰って仮眠スキルのレベル上げるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます