306 本当の『快適生活』はこれから始まるのだ!

「…は?三時間も経ってんの?今、夜?」


 通信バングルの一斉通信でコアたちにお礼を言ってからキーコに話を聞くと、そんな事実が判明した。

 今は夜の九時半過ぎだった。帰って来たのは六時半頃。

 外の時間と合わせてこの自宅にしているフロアも暗くなるようにしているが、シヴァの意識…魂がアルトの身体から離れたので何も構わない方がいい、とキーコが判断し、夕日が沈む手前ぐらいの夕方で止めてあったので、シヴァも中々気付かなかったのだ。


【はい。やはり、マスターの元の世界とこちらとは時間の流れが違うようですね】


 もう、戻しても大丈夫ですね、とキーコが言うと、今の時間の空…星空が広がる。


「だな。予想はしてたけど、あっちで一瞬がこっちでは三時間か…」


 時間の流れに逆らうエネルギーとして、大量に魔力が必要なワケか。

 …そういえば、シヴァはあちらでも帰ってからも普通に魔法を使っていたが、空間収納の中身もそのままで、魔力もスキルも称号も同じくだ。無意識に理解していたが、意識…魂に付随しているということなのだろう。


 …ということは、空間収納に入っている通信バングルの予備をあちらでも取り出せたのでは。まぁ、出力が足りなさそうなので強化は必要になるだろうが、すると、またこちらでは時間が進んでしまうのか……。


 デフォルトで隠蔽がかかっているので意識の範囲外だったが、ディメンションハウスのペンダントもシヴァが着けている。所有者限定で自動的に戻って来るが、ちゃんと元の身体でも所有者だと認めてくれているらしい。

 …ああ、ギルドカードも指輪もアルトから外しておかないと、とシヴァに装備した。隠蔽がかかっている指輪はリバイブリングと防毒リング。どちらもマジックアイテムなので、自動サイズ調整で左の中指と左の小指にピッタリ。こちらもアル専用装備だが、問題ないらしい。


 …というか、防毒リングはすぐ作れるのでともかく、リバイブ(復活)リングは一番、茜に着けたいのでカーマインに羽をねだろう!

 本人限定にしてあるだけに、作り直すと素材をダメにしてしまいそうなので。


『カーマイン、マジックアイテムを作りたいから羽頂戴。頑張った報酬ということで』


【それはいいが、アル…シヴァはとうに着けていただろ?だから、報酬に困っていたのだが】


 自分の羽を使ったアイテムだと、隠蔽がかかっていても分かっていたらしい。


『頑張った成果でちょっとだけ元の世界に行けたんで、おれの愛する奥様を連れて来ることに成功したんだよ。ついさっき帰ったばかり。で、妻…アカネって言うんだけど、今はかなり弱いから保険をかけたい』


 アカネは、カタカナ発音ならこの世界でも浮かない名前だった。


【……ええっと、何?通話の調子が悪いのか?それとも、シヴァが寝ぼけてるのか?】


『いや、ホントに。そっちのスタンピード騒ぎに収拾付いたら、こっちに来いよ。おれも元の身体に戻ったし。…あ、イディオスも呼ぼっと。加護付けてもらおう!』


 持つべきものは神獣の友、だ。

 イディオスに連絡しても、半信半疑だった。急転直下な展開なので仕方ないかもしれない。



 シヴァは改めてステータスボードを表示させてみた。


 名前が【シヴァ(英樹ひでき) / アル】となっていた。


 この世界で本名は浮くので名乗りは変わらず、シヴァになる。

 魔力が回復しているだけで、他のステータスは最後に見たまま。

 アルの表記が消えないのは、これから化けるのはアルになるからだろう。状況が変わったからといって、『こおりやさん』店長はアルなので消してしまうワケにも行かない。


 アルトの死体はどうしようか。

 取りあえず、空間収納に入れておいたが、燃やして故郷にお墓を作った方がいいのではないだろうか。

 ダンたちにも相談しよう。


 程なく、着替えて茜が部屋から出て来た。

 水色のワンピースがよく似合う。


〈…何か美味しそうなの食べてるね?〉


〈腹減ってたんで〉


〈それは分かるけど、そんな半端な所で食べてないで、せめてテーブルのある所で食べなよ〉


〈それもそうだな〉


 丼と箸を持ったまま、ダイニングへ移動する。

 茜もあまり食べていないそうなので、同じお茶漬けを出した。

 寝不足もあるので軽くヒールをかけたが、一応、疲労回復効果のあるハーブティーも付けて。

 茜はこの世界の食材の美味しさに驚きつつ、喜ぶ。


〈やっぱり、和洋折衷の旅館みたいだね〉


〈色々と改造したけど、元のベースが高級宿屋だからな。従業員もよくご飯も美味かったんで、今度一緒に行こうぜ〉


〈うん!〉


 食べ終わってからお互いの情報交換をした。

 英樹(シヴァ)は普通に寝たのに、朝になっても起きず、体温もグッと下がっていて生命活動自体が低下したスリープ状態、もしくは冬眠のような状態になっていた。


 茜は直感的に動かさない方がいい、と判断し、えない存在のエキスパートたる兄嫁…英樹の兄の妻、多佳子を呼んで『て』もらった所、「魂がどこかに行っている」と判断された。

 そうなると医者に連れて行っても無駄だが、身体は衰弱してしまうので往診で点滴をしてもらい、茜が側に付き、多佳子とその一族が英樹の魂を取り戻す方法について奔走していた。


 茜は英樹の身体も心配だったが、帰るために無茶をやらかすに決まっているので、そちらの方も心配していたそうだ。


 …まぁ、ほぼ当たっている。コアたちから魔力をもらってなければ、今頃、魔力枯渇で昏睡してしまい、話すことすら出来なかっただろう。


〈『強制単身赴任』もやっと終わったな〉


〈あ、確かに、英樹君の感覚だとそうなるね。わたしからすると強制出張だった、な感じだけど。…そういえば、原因については不明なの?〉


〈ああ、あいにくと。どこかが召喚したけど、失敗して変な所に飛ばされた…という形跡もなく、神だか超越者だかにも会ってない。夢のお告げとかもなし〉


〈不親切だね。事故とかランダム抽選とかではなさそうなのは分かるけど。英樹君、元々チートだし、現にこうやって快適生活してたワケだし。たった三ヶ月で!〉


〈頑張っただろ。どうやってでも茜を取り戻すつもりだったからな。結果的に連れて来ちまったけど、別にいいよな?〉


 こちらの生活の方が茜にとってものびのびと生きて行けることだろう。

 なんせ、魔法がある世界で茜はDIYのセミプロで器用に何でも作るし、物作りは大好きなのだ。錬金術スキルはすぐ生えることだろう。


 シヴァが茜に護身術と合気道を教えていたので、ど素人でもない。

 しかも、アウトドアは雪深い山奥出身の茜の方が得意なのだ。

 オマケに、茜はシヴァが疎い方面の知識にも詳しい。

 そうじゃなくても、もし、茜が何も出来なくても側にいてくれるだけでもよかった。


〈もちろん。連れて来ない方が怒る!〉


〈だよな~。さすが素敵な奥様!〉


 三ヶ月ぶりに口づけを交わした。

 茜は『快適生活』とは言うが、完璧には程遠かった。

 愛する妻が側にいなかったのだから。

 本当の『快適生活』はこれから始まるのだ!





      ――――――――――――――――――――完――――








――――――――――――――――――――――――――――――

「強制単身赴任」は終了したので完結です。

「快適生活の追求者2~珍味佳肴かこう時々ゲリラ~」へと続きます。

 引き続き、こちらもよろしくお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929


ダイレクトリンク↓

001「かなり弱いのでレベル上げは急務」

https://kakuyomu.jp/works/16817330653670409929/episodes/16817330653670478782



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快適生活の追求者~強制単身赴任転移~ 蒼珠 @goronyan55

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