305 え、三ヶ月って何?

 三ヶ月ぶりにようやく、ようやく!取り戻した愛しの妻をシヴァ(本名・英樹ひでき)は抱き締めていた。

 十分経った所でキリがないと思ったらしく、しかし、不興を買うかもとも思ったのか、おずおずと声がかかる。


【あのーお取り込み中失礼します。マスター。お帰りなさい。無事にお帰りになって何よりでした。言葉が分からないので通訳して下さい。そちらの方が奥様でいらっしゃいますよね?】


 シヴァは仕方なく、手を緩める。


「ああ、ごめん。色々ありがとう。そう、妻の茜。この世界の言葉を覚えるスクロールみたいなのってない?」


【今、作成中です。スキルオーブの場合は時間がかかりますので】


 あるのかよ、スキルオーブ。まぁ、早々出せないようだが。


「おお、さすが有能。…って、死んでるぞ、アルト」


 まったく意識の外だったが、ぷかりと温泉に浮かんでいる死体が一体。

 アルの意識が入っていたからこそ、腹の致命傷が治って動いていただけで、本来は死んでいる、とばかりに死体になっていた。

 腹の致命傷までは復元されておらず、腐ってもいないが、血の気が失せている正に死体。

 水魔法と風魔法を使って温泉の外に出した。素っ裸なのでタオルをかける。

 キーコもアルトの身体に当然、気付いてはいても、どう影響があるのか分からないのでヘタに動かせなかったのだろう。


〈何?誰と話してた?〉


〈話してたのはここキエンダンジョンのコア、キーコ。こっちはおれの意識が入ってた身体。この身体の主、アルトって言うからアルって名乗ってた。記憶が所々曖昧で本当の名前を忘れてたしな。盗賊に腹を切られたのが致命傷だったようなんだけど、おれの意識が入ったら治って三ヶ月ぐらい普通に動いてた。やっぱり死んでたんだな〉


〈え、三ヶ月って何?英樹君が意識なかったの、三日間なんだけど〉


 茜は色々気になったようだが、そこが一番気になったらしい。


〈そこは、やっぱり異世界だからこその時間の流れのズレじゃね?…あ、ここは異世界でダンジョンの中だ。温泉宿作って自宅にしてた〉


〈……ねぇ?無茶苦茶心配したのに、何かすっごい楽しんでない?…ま、それは後回しにして、取りあえず、上がろうよ。服のままだしさ。…わたしが着れそうな着替えってある?〉


 戻って来た場所が露天風呂の中だったので、二人共濡れていた。

 温かいので茜も寒くはないだろう。


〈もちろん。服も必要な物もジャストサイズですぐ作る。デザインはどうしようかな。シンプル好みの奥様に合わせよう〉


 露天風呂から出ると、「まずは乾かさないと」と二人共に【クリーン】をかけてから、風魔法と水魔法を使い、髪は温風で乾かした。

 シヴァはTシャツにスエットズボンというパジャマ代わりの格好だったので、【チェンジ】でシヴァの普段着…Tシャツ、ジーパンに着替えた。

 それから、シヴァはそのまま庭に作業台を出して、茜の服や靴や小物…と色々作り出す。

 当然、上位種のスパイダーシルクを使い、着心地抜群の下着、靴下、靴、首周りに少し刺繍が入ってる水色のワンピース、調整用に上着も。


〈乾かしてくれるのなら着替えっていらなくない?〉


〈いや、絶対必要。この世界は物騒だから防御力のある服は必須〉


〈英樹君がいれば、問題ないと思うけど、まぁ、万が一に備えましょ。そっちの部屋、使っていい?〉


〈もちろん、どうぞ。自宅だって言っただろ。作業部屋と友達の部屋以外は、茜の好きにしていい〉


〈え、そうなの?旅館みたいじゃない。…あっ、おっきいにゃんこだ。こんにちは〉


 そこに、騒いでるからか三毛猫にゃーこが様子を見に来た。


「にゃー?」


 小首を傾げる三毛猫にゃーこ。どなた?という所か。

 シヴァが妻だと紹介する。


「にゃん」


 初めまして、という所か。三毛猫にゃーこはぺこりと会釈した。


〈こちらこそ。…って、返事した!〉


 会釈し返してから茜が驚いた。こういった所、育ちがいいのである。


〈ゴーレムだから。名前は三毛猫にゃーこ。学習能力が付いてて無茶苦茶賢いぞ。話さねぇけど〉


〈うん、いい仕事だと思う!可愛い!〉


「キーコ、褒められてるぞ」


【有難うございます】


 茜は露天風呂から一番近い縁側がある部屋に入って着替え、シヴァはその縁側に座る。

 三ヶ月ぶりにやっと会えたので、側を離れたくない。


 シヴァは指をわきわきさせたり、ストレッチしたりしてみたが、少しこわばっているのは寝たきりだったからか。

 錬金術を普通に使っていたように、大したことはないが、一応ヒールとキュアをかけた。

 そして、ストックのご飯と鮭のフレークと漬物を出し、お茶漬けにして食べる。


 何か軽く目眩めまいがするな、と思ったら空きっ腹だった。

 久々に元の身体に戻った後遺症ではなく、単に。

 まぁ、考えてみれば、いきなり他人のアルトの身体に意識が入っても、すぐ動けていたのだから後遺症なんてあるワケがない。

 元の身体に点滴ぐらいはしてるだろうが、三日も食べていないのなら消化のいいものからにする。

 アルだった時もスタンピードを治めるのに昼を食べそびれていたので、どっちみち風呂から上がった後は食事だった。



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