304 何が何でもどんな手を使ってでも!

【マスター!やめて下さい!まだ魔力が…】


 魔力を高めるアルに、キーコが慌てて止めて来たが、やめるワケがない。

 魔力が足りないのならもらえばいい。

 自分はこのダンジョンのマスターだ。

 パスは出来ている。

 ……上手く行った。

 限界まで魔力を圧縮し、そして、繊細に使う。

 やり難いのは最初だけだ。

 次からはこの作業もすぐ出来るようになる。

 なんせ、自分は【器用さ:SS】なのだ。


 細い糸を辿り元の身体に魔力が届く!

 その魔力に意識…魂を乗せ空間転移。

 魂と元の身体との融合は呼吸するより容易かった。

 考えてみれば当然だ。生まれた時から二十四年も使っている身体なのだ。他人の身体に魂が入っていた状態がおかしいのだから。


 左手が温かい。

 ベッドの脇に椅子を持って来て、自分の手を両手で握るのは愛しい妻。

 しなやかで温かい手。

 何だか動き難い身体に軽く身体強化をかけて何とか動かして手を引き、妻を抱き締める。

 やっと、やっと帰って来た。

 愛しの妻…アカネのもとに!


 しかし、ゆっくり再会を喜んでる時間はない。

 また意識が…魂が引っ張られる感覚がある。

 この世界に弾かれるような感覚も。

 レベルを上げ過ぎたせいで、元の世界だというのに受け入れられなくなっているのだろうか。

 それともの何らかの事情か。

 どうも一柱、一体?ではなく複数な気がする。鑑定様の見立てだけじゃなく。カンはいい方だ。


 何だろうと、このまま異世界に引き戻されるワケには行かない!

 異世界暮らしを続けるのはいい。

 しかし、もう単身赴任なんかまっぴらだ!

 何が何でもどんな手を使ってでもも連れて行く!


 こういったケースも想定していた。

 三ヶ月も時間があったのだ!

 思うように情報が集まらなくても、備えることは出来た。

 あらゆるケースを考えて出来る限り備えていた。

 イレギュラー的に元の世界に帰れた場合もちゃんと考えていた。


 ―――――【ダンジョンマスターの魔法契約】を通じて命じる。

  ごと引き戻せ!』―――――


 キーコ、アーコ、パーコ、トーコ、フォーコ、ミーコ、クーコ、エーコ、ガーコ…自分がマスターになっているすべてのダンジョンコアたちに!


 『登録して下さい』とコアは言うが、実は魂との魔法契約なのだ。

 情報を集め様々な状況を想定していたので、咄嗟に判断した。

 通信バングルも装備も何もない状態で、唯一使えるものだ、と。


 もし、弾かれなかった時でも、ゆっくりしていられない。

 あちらとこちらの時間の流れがズレている場合、キーコたち、にゃーこたち、ダンたちがいる異世界に戻れず、かといって異世界に慣れてしまった魂は元の世界にも『異物』として判断されてどこかに飛ばされる可能性が高いからだ。


 ダンジョンマスターの命令がコアたちにちゃんと届いたのかどうかは、結果ですぐ分かった。


 バシャンッ!


 露天風呂の中に落ちた。


〈きゃっ!ちょっと、何?いきなり……って温泉だ……え?何で?どうして?ここ、どこなの?〉


〈茜。会いたかった…〉


 柔らかくてしなやかな身体もずっと聞きたかった声も、サラサラの短い髪も、甘い香りも、焦がれて焦がれて待ち望んだものに間違いなかった。つい力がこもる。


〈痛い、痛いってば!もー力強いんだから気を付けてって。何?どうしたの?…って、英樹ひでき君、目が覚めたの?やっと。ちょっと顔見せてよ、顔〉


〈今は無理〉


 力は緩めたが、茜の細くてしなやかな身体は離さない。

 もっと何か話して欲しい。

 ずっと聞きたかった声なのだ!

 ずっと欲しかった温もりなのだ!

 ヘタに思い出すと帰りたくて仕方なくなり、腹立ち紛れにので、敢えて気にしないように振る舞っていたが、空元気ももう限界だった。


 夢でも幻でも精神操作もされていない。

 本物の妻、茜だ。

 この状況を彼女なりに戸惑っているようだが、何らか推測が付いたのだろう。茜も異世界モノの小説やアニメをいくつか見ているのだから。


 茜は今は腕の中から抜け出すのを諦めたらしく、英樹…アル…いや、シヴァの背中をポンポンと優しく叩く。

 黒髪黒目190cmオーバーの元の身体の姿の時の名はシヴァだ。



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