幼馴染への淡い想いを彼女だけが知る

冴木さとし@低浮上

最終話 幼馴染から逃げた理由(わけ)

「もう冬かぁ」

 霜柱がたつ季節。かじかむ手のひらに吐く息も白い。

 僕は滴野しずくのあきら。日本都立第三千中学校の2年生だ。学校に向かう途中で


「おはよー、晃」

 と挨拶してくれたのは北野原きたのはら恵美香えみか。黒髪ストレートのロング。背丈は僕よりちょっと低い幼馴染だ。僕の家の隣に住んでるから、それこそ幼稚園に通う前から小中学校もずっと一緒の学校生活。長い付き合いなんだよね。


「おはよう。恵美香」と僕も答える。

「は~。やっぱり勝浦かつうら先輩カッコイイよねぇ」と恵美香はため息をつく。

 幼馴染の恵美香は勝浦先輩が憧れの人。僕に、いかに勝浦先輩がカッコイイかを力説してくる。こんな男になるんだよ? とお説経をしてくるのだ。


 僕はこのお説経は少々どころではなく、かなり耳タコ気味。うるさいなぁと思って聞いている。僕と勝浦先輩はそもそも体格も運動神経も違うんだから仕方ないじゃないか。


 勝浦先輩はバスケットボール部のスタメン選手。推薦でバスケットボールの名門高校に進学が決まっている。かたや僕はバスケットボール部の部員ではあるけど、単なる補欠だからどう頑張っても勝つのは難しい。


 大きな差があるのは説明されなくても嫌な程わかっているのっていうのにさ。現状を嘆いても仕方ないと切り替えて、僕は練習を頑張ろうと思うのだった。


 そしてバスケットボールの大会のメンバーが決まる。勝浦先輩はレギュラーに当たり前のように決まった。僕は頑張ったけど補欠とのことだった。みんな頑張ってきたんだし、これは仕方ない。恨みっこなしだ。こうなったらできる限り出場選手を手伝って応援しようと思った。


「晃は今回、補欠なの?」と恵美香に言われ、ムッとしながら

「そうだよ。頑張ったけど選手にはなれなかった」と僕は言葉を返す。

「ん~、まだ2年生だし、しょうがないって! 3年生で出場できるように頑張りなよ!」

「言われなくても頑張るさ」


 恵美香に言われて僕は不貞腐れながらも練習を続ける。僕はまだ2年なんだからあと1年チャンスはある。地道に練習しようとスリーポイントシュートの練習をひたすら繰り返した。



 昨日よりさらに今日は冷え込んできた。けれども、広い体育館でバスケの練習をしていれば、自然と僕の背中は汗でびっしょりだ。

「頑張ってるかね。晃君」と笑いながら恵美香が体育館にやってきた。

「恵美香は、まったく。揶揄からかいに来たの?」と僕はあきれる。

「もちろん、勝浦先輩の応援だよ!」

「はいはい。みんなの邪魔にならないようにすみに行ってね」

「晃が冷たい~。なにか私ってば悪いことした?」

 なにをいっとるのかね、と思いながら僕はシッシッと恵美香を追い払う。


「体育館はみんなが運動するための場所なんだよ? 恵美香の暇つぶしの場所じゃないんだってお話だよ」と僕は悪態をつく。

「勝浦先輩の雄姿を見るための場所でしょ。この体育館は!」と恵美香は息をまく。


「お前ら仲いいのな」

 と会話に混ざってきたのは勝浦先輩だった。

「そんなことないですよ」と僕は慌てて否定した。  

「勝浦先輩! 大会頑張ってください!」と恵美香は勝浦先輩に手を振る。恵美香はご機嫌のご様子だ。

「おう。任せとけ!」

「キャー、勝浦先輩! カッコイイ!」と恵美香は目がハートになっている。分かりやすいねぇと僕は思った。


 そして大会に向けて、実戦さながらの練習試合が開始される。勝浦先輩はドリブルで目の前にいる選手にフェイントをかけて華麗にかわし点を入れた。


 その華麗なフェイントにひっかかったのは僕なんだけど、相変わらず勝浦先輩はボールの維持率が高い、と勝浦先輩を認めるだけではいけない。どうやったらボールを奪えるかを考えなくては。


 そんな中、恵美香は勝浦先輩を応援し続ける。その声を聞いて僕はちょっと胸が痛くなる。その声援を僕に少しでも向けてくれたら頑張れるのに……。


 僕の心中は分からない恵美香は勝浦先輩をひたすら応援している。他にも勝浦先輩を応援している見学の女子はたくさんいる。その女生徒たちの黄色い声援は全て勝浦先輩に向けてだ。


「速攻!」と勝浦先輩が指示をだす。僕たちはその動きに対処する。けれども、圧倒的なスピードで僕たちの守りをかいくぐった勝浦先輩は、ゴール下でジャンプしながらパスをもらい綺麗にシュートを決めてきた。 


 黄色い声援がさらに大きくなる。やりづらいったらないなぁと思う。あんな風に僕もプレーできたらとも思う。ちょっとでも勝浦先輩を止めようと動くけど、フェイントを絡めたドリブルをうまく止められない。


 勝浦先輩は自分を囮にして、僕たちのメンバーを自分に集めたところで、見もしないでフリーな選手にパスをだす。そしてそのボールを受けた選手が僕たちをだしぬきシュートを決めた。


 華麗にアシストを決めた勝浦先輩のまさにやりたい放題だった。練習試合の間、ずっと恵美香の声援は勝浦先輩に向けられていた。なぜか分からないけど胸が痛んだ。


 練習試合も終わった。僕たちのチームのボロ負けである。恵美香は他の女子と同じように、勝浦先輩に駆け寄る。

「すごかったですね! 勝浦先輩のシュートかっこよかったぁ!」と興奮気味の恵美香。

「まぁな。あれくらいはきちっと決めないと勝てないからな」と自信たっぷりの勝浦先輩。

「さすがですね! 勝浦先輩!」と恵美香はにこにこしている。


 その姿を見るだけで僕の心はちくりと痛んだ。僕もバスケがうまくなれば、あの声援を恵美香は僕に向けてくれるんだろうか?


 恵美香が勝浦先輩と親しげに話すのを僕は見たくなかった。でも恵美香を見ていたい気持ちもある。この矛盾した感情に僕は戸惑った。小さい頃は何をいっても僕の後ろをついてきた恵美香が、このままだと離れていってしまいそうな不安に襲われた。


 だからといってどうすることもできない僕がいた。いつも一緒にいたから、それが当たり前だと思っていた。


 何とも言いがたい胸の痛み。これをこのまま抱えていかなくてはいけないのだろうか? 恵美香と勝浦先輩を見ていると胸の苦しみが大きくなる。もう恵美香を見ない方がいいのだろうか?


 答えは出てこなかった。恵美香を見ていたいという感情ともう見たくないという感情がせめぎあった。僕はどうしたら、この胸の痛みがなくなるのか分からなかった。


 一頻ひとしきり勝浦先輩と話したんだろうか。恵美香は勝浦先輩から離れて僕に話しかけてきた。


「晃も頑張りなさいよ? 勝浦先輩に一人勝ちされちゃったらレギュラーなんて夢のまた夢だよ?」

「分かってるよ!」と僕はいらっとした感情がそのまま態度にでてしまう。

「どうしたの? いつもの晃っぽくないよ?」と恵美香は問いかけてくるけど、

「なんでもないよ! ほっといてくれ!」

 ささくれた心の状態の僕ではそんな言葉しか出てこなかった。

「ちょっと! 晃! ほんとにどうしちゃたの?」

 と恵美香に言われたけど心がぐちゃぐちゃになった僕は、体育館から逃げるように練習も放り出して立ち去った。


 恵美香が悪い訳じゃない。僕が勝浦先輩と話してる恵美香の姿を見たくないだけだ。恵美香と勝浦先輩が話してほしくないなんて言っても、そんなわがままが通る訳がないだろう。


 でも、この胸の苦しみはどうしたらいいんだろう。恵美香を見ないようにしたら治るんだろうか? そう考えた僕は恵美香を見ないようにした。



 そして1週間が過ぎた。けれども、胸の痛みは消えなかった。むしろ恵美香と勝浦先輩が話しているのを見ると、胸の痛みは大きくなった。意識しないようにすればするほど、胸がしめつけられるような感覚が強くなったんだ。


 それでも僕は恵美香を見ないようにした。鞄を持って逃げるように家に帰ろうとした。その時だった。恵美香に腕をつかまれ

「ちょっと待って! 私って晃に何かした?」と真顔で言われた。

「何もしてないよ。恵美香が悪い訳じゃない」

 恵美香と勝浦先輩が親しげに話すのが嫌なだけだ、という言葉を僕は飲み込んだ。

「じゃぁ、なんで私を避けるの?」

 僕は咄嗟とっさに言葉が出てこなかった。

「なんで私を避けたのか話してくれない?」と、言われても僕は黙っていた。本当に真剣な目をした恵美香は、絶対に逃がさないとでも言うかのように僕の腕を強く握った。


 そのあと恵美香は屋上に行くと言い出した。僕の腕を力いっぱい掴みガヤガヤとした下校中の生徒たちの中を歩いていく恵美香。モーセの海割りのように恵美香は人を押しのけ廊下の真ん中を突き進む。恵美香は僕の腕を掴んで歩いていることで、みんなから奇異の視線を向けられていた。


 それでも恵美香の力は緩まない。ますます僕の腕を握る力が強くなったように感じた。そして、風が舞う屋上に着いた。


「なんで私を避けるの?」と恵美香は僕を睨みつけてきた。

「避けてた訳じゃないよ」と僕は精一杯の答えを返す。


 そして2人そろって沈黙した。恵美香は真剣な目をして見つめてくる。僕はその視線に耐えられなくて恵美香から視線を逸らす。


「……話してくれないと私には何も分からないよ」と恵美香は泣きだしてしまった。泣いてる恵美香をみて僕は後悔した。だから、何故なのか分からないこの胸の痛みを恵美香に正直に話をすることにした。


「自分勝手な話をするから怒らないで聞いてね?」と僕は前置きをした。泣きながら恵美香は「うん」と小さく頷いてくれた。

「……恵美香と勝浦先輩が親しげに話してるのを見るのが嫌だったんだ。胸が苦しくなって……それで恵美香を見なければこの胸の痛みがなくなるのかなって思ったんだ」

「それで?」と涙をふいて目を赤くした恵美香は先を促した。


「うん。そうしても胸の苦しみは消えなかったんだ。どうしたらいいのかも分からなくて、この胸の苦しみも痛みも、いつになったら消えるんだろうって思いながら恵美香から逃げてたんだ」

「それが私を避けてた理由?」

「恵美香が嫌で避けてたんじゃないよ。どうしたらいいか分からなくて恵美香から逃げてたんだ」と口を尖らせながら僕は話す。

「本当に?」と恵美香。

「本当だよ」と答える僕。そんな僕の顔をみて恵美香は一人で頷いた。

「そっか。それが理由だったのね」

 恵美香の怒りは治まったようだ。けれども、ふと思った疑問を僕は聞いてみる。

「なんで恵美香の顔が赤くなってるの?」

「知らない!」


 と恵美香に僕は頭を軽く叩かれた。けれど恵美香は今まで見たこともないやさしい表情で目に涙をためて僕に微笑んだ。そのやさしい笑顔を見ていたら、僕の胸の痛みはいつの間にか治まっていたんだ……。



終 

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