墓守りの腕時計
きょうじゅ
本文
時というものには流れ方がある。例えば、陸上100メートル走選手が走る十秒と、恋する少女が懸想する相手に駆け寄る際に費やす十秒とは、等価でも等量でもない。
同様に。墓場というところにやってくる人間にとっての一年という時間もまた、人によってその意味するところは全く異なる。そのことを、墓守りだけが知っている。墓守り、その公園墓地に五十年というもの奉職しているエリック・ゼファーは、そのことをとてもよく知っている。
エリック・ゼファーは毎朝、午前九時に墓地の清掃を始める。それと同時に、その女性は必ず、ある一つの墓の前に一本の造花を置いていく。もう五年、彼女はその行為を続けている。エリック・ゼファーは五十年というものこの墓所に勤めているから、似たような人間が時折現れることを知ってはいたが、五年、それを続けた人間を見るのは、エリック・ゼファーでさえも初めてだった。
その墓の主は、とある美術商だった。善良な人間ではなかった。レプリカの美術品、と言えばまだ聞こえがいいが要するに贋作を商って大きな利益を得、業界からはえらく憎まれた、嫌われ者の豪商だった。
エリック・ゼファーは知っている。女が生花ではなく造花を供えるのは、彼女がそんな贋作画商に対して尊敬と愛を捧げていればこそであると。女が置いた造花は、腐らないとはいえいつまでもそのままにはしておけないから、ゼファーが一週間おきに回収し、清めて、売店で売っている。リサイクルである。それを、女は買い、また供える。そんなことを、もう、五年も続けている。
そうして、六年目。
「ようやくか……」
ゼファーの腕時計が9時15分を指しても、ついに女はその朝、現れなかった。
それでいい、とゼファーは思う。人は、生きた時間をこそ生きるべきで、死者の時間を生きるべきではないのだから。死者の時間を生きるのは、我々、墓守りだけでいい。
そう思い、ゼファーは、また画商の墓から、造花の花を取り去った。
墓守りの腕時計 きょうじゅ @Fake_Proffesor
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