予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編)

高原伸安

予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編)

予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編)


                         高原伸安


主な登場人物

私 …  (32)高木清四郎。この物語の語り手。

井上香織…(24)テレビ局のプロデューサー。

ロマノフ…(65)元ロシアのFSB大佐。

イワン …(34)ロマノフの息子

あなた …    読者、この映画の視聴者


○200X年。約二十年前の話である(字幕)。

私のN(ナレーション)「思考の世界にようこそ! もちろん、時代設定なんか関係なく、いまの物語かもしれない」


○ミケランジェロの「最後の審判」の絵画。

私、前にあるその絵に魅入られている。

私のN「これは私が書いたシナリオである。この話が香織へのプレゼントなのか。本当に私が体験した話なのか。それは視聴者兄(姉)に判断してもらうしかないだろう。信じるも信じないもあなた次第だ。近い将来、携帯電話やインター・ネットがなければやっていけない時代になるだろう。それを楽しみにして、この物語のページを開くことにしよう」


○京都。

広隆寺の弥勒菩薩像の前。

五十三体の仏像が並ぶ霊宝殿の中央に安置されているが、安らかな顔の中にも他を圧倒する存在感がある。

私のN「現代は、自分が自分でも信じられない時代だ。アイデンティティーの崩壊の時代なのだ。今の世の中を見てみればいい。殺人、麻薬、汚職、未成年者の犯罪、親の子供への虐待、育児放棄、ネグレクトなどが新聞紙上を賑わせない日はないし、世界のあちこちで民族紛争、テロ、戦争がおき、その悲劇が毎日新聞やテレビなどのメディアで報道されている。もはや何でもありの時代なのだ。その中では携帯電話、テレビ、インター・ネットなどのメディアの果たす役割は大きくなる一方である。ここでいうマス・メディアとは、あらゆる通信・コミュニケーション手段を示している。この物語が虚構(フィクション)だと、あなたは断言できるだろうか?」


○京都。

京都タワーの展望台。

  井上香織、京都の町並みが眺望している。

女子高生、大学生、サラリーマン、OL、おばさん、老人などが携帯電話を取って話している。

だれもが携帯電話を使っている。


○京都。

R・Rホテルの最上階の回転レストラン。

フランス料理のフル・コースを食べ終わると、360度京都を俯瞰できる。

私、法隆寺の方を見ている。

入口の傍で、白髪の老人が携帯電話を使っている。

私のN「これから私の身におこることは事実だ。私の母の命に賭けて誓う」


○京都の二条城の内。

砂地の白い道にも観光客が溢れている。

香織、構内を徒然に散策している。

壮大な建築物で煌びやかである。

観光客もたくさんいる。

修学旅行の女子高生や男子学生がケイタイをかけているのが目につく。

香織のN「携帯電話の普及台数も大台を超えて久しくなる。まだまだ伸びそうな勢いだ。一体どこまで伸びるのだろうか?」


○京都の天龍寺の寺内。

庭にも観光客が溢れている。

私、寺内をあちこち散策している。

法堂にある天井の龍の絵(八方睨みの龍)が私を見ている。

また庫裏のだるま絵も面白い。

私のN「あなたは『テレフォン』という映画をご存じだろうか? 昔のハリウッド映画で、アメリカ市民がフロストの詩を電話で囁かれると、破壊活動をし、自殺するというものである。マインド・コントロール(催眠)を施され、人間ロボットになっていたのだ」


○二〇〇一年九月十一日、テレビで世界貿易センター爆破の映像。

世界中の人々がデレビの前に釘付けになっている。

私のN「これからお話ししようとする話は、『テレフォン』という映画と大いに関係がある。マインド・コントロールはもはやSFでもなければ、小説の中だけの話ではない。もっと、現実的でテレビと同じように身近で、危険なものなのだ(※巻末注)」


○二〇〇X年。冬。

  京都の駅前のホテル。

  高層階の部屋。

  香織、星空を眺めている。

  黒いナイティが、白い肌に映えてセクシーである。

香織「On the sea of heaven the waves of clouds, and I can see   the moon ship disappearing as it is rowed into the foresee of stars.」(※巻末注2)

  柿本人麻呂である。

  サイド・テーブルの上に置いている香織のケイタイが鳴っている。


○二〇〇X年。京都。

太秦駅(東映太秦映画村)。

  私、通勤客の中、プラットホームの先頭で電車を待っている。

  私、押されて、線路に落ちそうになる。

電車が入ってくる。間一髪、男の手が伸びて助けられる。

  偶然、香織それを見ていて、「キャッ」と、叫ぶ。

香織、距離があるので、私とまではわからない。

私「ありがとうございます。だれかが・・・」

男「エッ?」

私「いや、少し酔っていて―」

  助けてくれたのは、ロシア人の若い男だった。

  香織、ホームの離れたところからこの光景を目撃している。

  しかし、私だということに気づいていない。


○二〇〇X年年。

京都の大原の旅館。

山の中腹にある旅館からは、冬の京都の町が見える。

窓際の机には、携帯電話とラップ・トップ式のパソコンが載っている。

私、ワープロを打っている。

部屋の中にはテレビが点いている。

傍では仲居さんがお茶を入れている。

仲居「お客さんは、小説家か何かですか?」

私「売れない作家です」

仲居「最近は恐い事件が多いですね。テレビをつければ、嫌なニュースばかり」

私「少年がバットで母親を殴り殺したり、いじめで自殺したり、昔では考えられない事ばかりだ」

仲居「これもテレビや映画のせいかしら? 平気でベッド・シーンや暴力シーンをやっていますもの。目を背けるシーンが多過ぎますわ」

私「それは違います。それだとホラー映画の好きな子供達はみんな殺人鬼になっちゃう」

仲居「そうかしら? 多少の影響はあるように思えるけど。ゲームをやっている感覚じゃないのかしら?」

私「大人は、自分たちの安心できる理由がほしいんです」

仲居「みんなやっているから、自分だけじゃないという感覚はあるかも」

私「みんなマンガ世代、テレビ世代の人間なんですよ」


○私の忘れられない記憶。

  京都、森本あゆみのマンションのバス・ルーム。

ドアを開けると、あゆみが手首をカミソリで切って、バス・タブの中で死んでいる。

湯は真っ赤だ。

白い顔と乳房だけが、血の海から出ている。


○私の回想。

  京都、教会の前の墓地で、あゆみの葬儀が行われている。

マスコミの姿もみえる。

喪服の参列者が多数集まっている。

私、棺に涙とともに花束を落とす。

私、葬儀の後もその場にずっと佇んでいる。

私、悔しくて土を蹴る。


○大原にある旅館。一階の割烹。

私、冷酒を飲んで刺身を摘んでいる。

そこへ井上香織が入って来る。

二十代半ばの甘い顔立ちの美人である。

知的な雰囲気を持っている。

香織「お久しぶりです。伸安さんー、先生を偶然見掛けたものだから」

私「一年ぶりかな?」

香織「ええ。先生こそ、元気そうで!」

私「(杯を呷り)うん。きみこそ」

香織「エエ!」

私「一人旅?」

香織「優子を誘ったんだけど、スケジュールが合わなくて」

私「優子ちゃんは元気?」

香織「ハイ!」

  香織、私の顔をジッと見る。

香織「お互い、一年前とは違うようですね」

ぼくの横には、カルト教団集団自殺というニュースの見出しがある新聞が置いている。

私「(話の接ぎ穂を失い)新興宗教の集団自殺なんて、最近ぶっそうな事件が多いな」

香織「バブルが弾けてから日本もおかしくなっているわ」

私「日本人は水と安全はただで手に入るものと思っていたからね。安全神話が崩れた」

香織「集団自殺した教団も、オウムと同じように本当にアルマゲドンを起こそうとしたのかしら?」

私「あの思想の原点もSFアニメだろうね。“宇宙戦艦ヤマト”“風の谷のナウシカ”“未来少年コナン”“幻魔大戦”といった人気アニメを繋ぎ合わせるとああいう筋書きになる。どこかの教団と同じだ」

香織「オウムがアニメ宗教とか劇画宗教とかいわれたのはそのためですよね」

私「ああいった、アニメチックなパフォーマンスは、マンガ世代というかテレビ世代の人間には、わかりやすいし、受けるんだ」

香織「マンガみたいなことを本気で考えているなんて無茶苦茶よ」

私「そうかな?」

  私、香織の顔を見詰める。

私「『太陽寺院』のカルト集団は、“テンプル騎士団”“バラ十字団”という神秘主義の典型的なシンボルで、信者を取り込んだ。同じだろう?」

香織「ラングドン教授のようなことを言うのね。“太陽寺院事件”は有名よね。集団死で事件として」

私「フランス人のジョゼフ・ディ・マンブロを教祖とするカルト教団で、最初殺害された者三十八人、自殺した者十五人といわれ、集団自殺か虐殺かということで世界を震撼させた事件だ。でも、まだ多くの謎を残している」

香織「わたしも驚いたわ。こんなにも多くの人間が、こんなにも簡単に殺人や自殺をしたってことが」

私「人間って、暗示や催眠によって、容易に人を殺したり、自ら死を選んだりすることができる見本だよ」

  私、香織の手をとる。

私「オウム真理教もその例外ではない。他の宗教も」


○同、割烹。

私たち二人、窓際の席へ移る。

障子の向こうには月光を浴びた庭園が浮かび上がっている。

幻想的な光景で、滝廉太郎の“荒城の月”のレコードが掛かっている。

鯉が、庭の池をゆうゆうと泳いでいる。

香織、それを羨ましそうに目で追っている。

私「何を考えているの?」

香織「エッ、何?」

私「なんでもない」

  私、香織の顔を見直す。

心ここにあらずという感じである。


○同、割烹。

香織「でも、よく公安当局があの教団を真面目に捜査・分析したものね」

私「公安当局も最初はバカにしていたそうだ。だけど、教団は巨大な資金力をもっていたし優秀な人材を集めて、自分たちのアルマゲドンを実現しようとしていた。だから国家権力も本気にならざるを得なかった。サリンでのテロなんて世界でも前代未聞の事件だからね」

香織「まるでマンガよ」

私「(冷酒を呷って)だからこそ人々を魅きつけることができたと思う」

香織「でも、最悪よ」

私「ぼくは、どんな宗教団体の敵でも味方でもない。確かにオウムは最悪だけど」

香織「楽しんでいるみたいに聞こえるわ」

私「人間が面白いと思っているだけさ」


○旅館の二階。

私の部屋。

窓際の縁側で、木のテーブルを挟んで、私と香織が籐椅子に座り、杯を傾けている。

酒の肴は、沢山の海の幸、山の幸である。

すでに、二人とも浴衣姿である。

香織「日本は宗教に対しておおらかでしょう。オウムがロシアで成功したのもロシアが同じ宗教的に空白地帯だったからだわ」

私「でも、日本には仏教がある。たいていの日本の教団は仏教思想の信奉者を標榜しているけど、仏教を中心にするのは、たいした戦略だよ。日本人には入り易いし、取り込み易い。日本人は伝統仏教と切っても切れないものがあるからね。儀式にしても行事にしてもすべてそうだ」

香織「同じ“信じる者は救われる”といってもキリスト教は日本の人口の一パーセントしかいないものね。ブッダやナーガルジュナに帰れといいたいわ」

私「なんだい。それ?」

香織「前にわたしの局で取り上げたことがあるの。ブッダは仏教の父でしょう。ナーガルジュナは大乗八宗の開祖なの」

私「科学が発達すればするほど、人間が不完全なものだということが、ハッキリする。だから科学がいくら進歩したって宗教はなくならない。むしろ心の寄り所として、もっと必要なものになってくる。それに人間は神秘的なものに憧れるから」

香織「宗教も正しい選択が必要なのよ」


○同、私の部屋。

私「人間は、超自然現象や信仰や宗教に憧れるものだと思う」

香織「だから、超能力とかオカルトとかも信じたりすると?」

私「きみは超能力を信じるのか? アメリカやロシアじゃ、本気でそういった力を軍事力に使おうと研究してきた記録もあるけど。それに、FBIが超能力者の協力を得て犯人を逮捕した例も聞いたことがある。ぼくは、そんなことは一度も信じたことはないけど。きみは、どうなんだい?」

香織「テレビで一度、FBIによく協力している超能力者が犯人を捕まえる番組をやったけど、わたしにはそれらしく見えたわ。わたしは幽霊とかオカルトとかは信じているの。よく霊感をかんじるから」

私「ぼくは、そんなものも信じないな。幽霊なんかみたことがないもの」

香織「あなたは自分の目で見たものしか信じないのね? 作家なんだから、もっと視野を大きくもった方がいいんじゃない? 科学者でも超能力とか超自然現象を信じている人も多いと聞いているわ。ごめんなさい。こんな生意気なこと言って!」

私「いいよ。ぼくもそう感じているんだから。だけど、現実主義者なんだ。余り荒唐無稽のものは信じられない」


○同、私の部屋。

  酒がすすんでいて、酒の肴もほとんどなくなっている。

香織も顔が赤く、色っぽい。

私「きみは、まだテレビ屋をやっているのかい?」

香織「一応ドラマのプロテューサーだけど」

私「こんなことを言っちゃなんだけど、いまのテレビ・ドラマなんて、レベルが低いだろう。視聴者が気にするのは、主人公のカップルがどうなるかだけ。別れるか引っつくかハラハラ、ドキドキさせておけばいい。テレビさえつけておけば、だいたい話の筋はわかる」

香織「言ってくれるわね」

私「昔は映画に対抗して、何とかテーマがあった。だけど今はテーマなんてものもない。あっても愛する人は大切だ、友達は大事だなんて、小学生や中学生でも考えつくようなことばかり。中身が空っぽなんだ。でもみんな、仲間外れになるのがイヤで観ている。観ないと学校へ行って話ができないから」

香織「(恥かしそうに)テレビは視聴率がすべてなのよ。視聴率を稼げなければすぐ干されてしまうわ。だから視聴者もおだてなければならないの」

私「バラエティ番組も馬鹿としか言えない。生活能力もない亭主が出て来て、有名人がボロクソにけなして説教する。視ていてこちらが、腹が立つし、恥かしくなるよ」

香織「それでも視聴率がとれるんだから、いいじゃない!」

私「ただだから、みんな見ているんだよ。知っているくせに」


○同、私の部屋。夜が更けて、二人は険悪な雰囲気になっている。

香織「なにかテレビに恨みでもあるの?」

私「きみはワイド・ショーをやったことがあるか?」

香織「いいえ」

私「テレビのレポーターは?」

香織「昔、少し」

私「きみは遺族の罵声を浴びながらインタビューしたことはあるかい?」

香織「その経験はない。運がよかったのね。(私の顔を見て)もしかして?」

私「あゆみは自殺したんだ。高校生に集団レイプされてね。テレビのレポーターが群がって来たよ。それで、あゆみのプライバシーは丸裸にされてしまった」

  香織、静かに聞いている。

私「加害者のプライバシーばかり叫ぶけど、被害者のプライバシーはどうなんだ。死んだ者は反論しようにもできやしない。それに、未成年者は少年法によって厚く守られている。少年法なんかくそ食らえだ。目には目をだ。それが鉄則だ。もし被害者が自分の妻や子供だったら、裁判官もあんな寝言は言っていられないはずだ。あゆみを殺したのは法律を遵守している国民であり、保護されている国民だ。この国にいる外国人も同じだ。レポーターたちは、ぼくの元にも押し寄せて来た。ぼくまで丸裸にされたよ。まるで嵐だった」

香織「(真顔で)辛い思いをしたのね」

  香織はぼくの目を見つめながらソッと唇を重ねる。

私「ごめん。カッとなって。言い過ぎた」


○同、私の部屋。

障子を開けた十畳の間には、すでに蒲団がひとつ敷いてある。

私と香織、そこへ抱き合って倒れ込む。

私「いいのかい。こんな安っぽい状況で」

香織「いいの。だれにも男と女の関係なんてわからないものでしょ」

私「ぼくには女は謎(ミステリー)だよ。作家なのにね」

香織「そんなものよ。だから面白いの。男と女って」

  私と香織、身体を重ねる。

香織の白い身体がエロチックに躍動する。

美しくてセクシーだ。


○翌朝。

私の部屋。

蒲団の中の私の横に香織の姿はない。

私、目醒めて、枕元の「お風呂に入って来ます、香織」というメッセージを見る。

私、取り敢えずテレビをつけ窓を開ける。

私「(独り言で)日本人って、テレビ中毒だな」


○私の部屋。

仲居さんに云って、香織も私と一緒に朝食を摂る。

浴衣から覗く肌がピンクに染まっていて艶っぽい。

香織「今は、どんな小説を書いているの?」

私「色んな物に手を出しているよ。宗教、政治、いろいろさ。取材してみて、宗教と政治が金になるということはよくわかった。それに今書こうとしているのはマインド・コントロールに関するものなんだ」

香織「マインド・コントロールって、あのオウム事件で有名になった?」

私「もっと高度なマインド・コントロールさ。この方法は多かれ少なかれ、どこの宗教でも使っているけどね。でもその一番のノウハウを持っているのはアメリカやロシアだといわれている」

私、ニヤッと笑って、香織を見る。

私「今、テレビではサブリミナル広告(CM)は使っていないのかい?」

香織「潜在意識への広告ね。映画のフィルムに1/24秒に一コマ、ポップコーンやコカコーラの広告カットを入れる。すると、ポップコーンやコカコーラの売り上げが五〇%以上伸びたという」(※巻末注3)

私「売れるというかテレビの視聴率を上げる方法を教えてあげようか?」

香織「どうやるの?」

私「サブリミナル・パーセプション、サブリミナル・メッセージを使うのさ。意識の下の映像や音声で心や記憶を操る方法だ」

  香織、黙って聞いている。

私「たとえば、二十四分の一秒ぐらいのカットで、私のいうことを信じなければ死ぬとかの文字や音声、あるいは私の次の作品を観なければ死ぬ、といったものを大量に忍ばせておくんだ。面白いだろう」

香織「それって禁じ手じゃないの。アメリカなんかでかなり裁判沙汰になっているじゃない。まだ係争中の件もあるようよ」

私「使うと見せ掛けて、そのふりをするだけでいいんだ。それだけで十分効果がある」

香織「それってズルいわ」

私「ある国で大災害があったんだけど、その後でみんな助け合おうというCMを繰り返し流したそうだ。そのCM(コマーシャル)に、みんな辟易していたらしいよ。それだけCMの影響力がある証拠だ」

香織「観ている人に嫌われたら逆効果じゃない?」

私「こちらの目的のテーマはマインド・コントロールなんだから、それでいいのさ。十分に人の心に訴えられる」

  香織、首を振る。

香織「それは駄目だわ。NGよ」

私「サブリミナルの広告じゃなくても、CMはイメージアップにつながるんで、広く利用されている。古今東西政治のプロパガンダや政党の宣伝にもかかせない」

香織「でも、サブリミナルの広告は、倫理的にも道徳的にも問題だわ」

私「だから、見せ掛けるだけだって言っている。ドラマを宣伝する時に、ドラマの中でサブリミナル・メッセージを使っていると宣伝するんだ。そうすれば、もし本当に使っていてもわからないし、使っていなくてもわからない」

香織「確かにいい宣伝にはなる。マジックね。シルクハットからウサギが飛び出す」

私「でも、実際は使わない」

  私は、香織にニヤリと笑ってみせる。

香織「だから、何も問題はないってわけ? まるでインチキ商法だわ」

私「ガンに利く食べ物とか誰でも儲かるマルチ商法とかとは、また違うよ。ミステリーとかSFとかのトリックと同じだ。詐欺と同等の扱いは止めて欲しいな」

香織「ごめんなさい」


○私と香織、次の日宿を引き払って、祇園の宿に一旦投宿した後、三十三間堂の千手観音立像を見に行く。

千一体の観音像は圧巻で、この中に会いたい人の顔が必ず見つかるという。

私、知らず知らずのうちにあゆみの顔を捜している。

私「あゆみの葬儀の後、神経を病んでしまったぼくは、アルプスの麓の療養所へ行って、休養を取っていたんだ。日本じゃゆっくり休めないからね」

香織「アルプス? そんなところまで逃げ出していたの?」

私「そこで、ロシア人の老人に出会ってね。

その老人が、ぼくにある贈り物をしてくれたんだ。それが、MC(マインド・コントロール)との出会いだよ。その老人はロマノフ・イワノヴィッチといって、ロシアの元FSB将校でね。FSBというのは、KGBの後身だよ。大佐とか言っていたな。その老人も科学者だったんだ。もう引退していたらしいけどね」


○私の回想

アルプス。

療養所の一行がスキーに来ている。

老人と私と数人が人気のない、山の斜面で滑っている。

老人と私が話をしている時にパシッ、ゴーという音がして、雪崩が二人を襲う。二人は雪の下敷きになる。

私、自力で脱出するが、老人の姿だけは何処にもない。

辺り一面白い雪景色である。

私、老人が携帯電話を持っていたのを思い出し、他のスキー客の携帯を借りて老人の番号を押す。

老人から番号は訊いていたのだ。

私「(大声の英語で)皆さん、電話の音が聞こえたら教えて下さい」

  皆、雪に耳をつけるようにして捜索する。

女性「(英語で)この雪の中から、音がするわ」

  みんな、集まり、両手で雪を掻いて穴を掘る。

やがて雪塗れの老人が現われる。

冷たくなっているが、まだ生きている。老人は蘇生されて生き返る。


○私たち、国宝の風神・雷神像の前まで来ている。

私「老人は軍人だけあって体力があったのか奇跡的に助かった。でも、右足の骨を折っていたので、ぼくの入っている療養所に長期入院することになったんだ」


○私の回想は続く。

保養所の中の娯楽室。

壁には、磔にされたイエス・キリスト像が、架かり“信じるものは救われる”、と銘が打ってある。

車椅子の前のソファに、私が座っている。

私「(英語で)FSB(昔のKGB)というと諜報活動やテロ行為を行っていたんですか?」

老人は白いひげだらけの日に焼けた顔でニヤリと笑う。

老人「きみはアメリカが作り上げたスパイのイメージを思い浮かべているようだね? だが命の恩人には嘘は言うまい。答えは“イエス”だ。破壊活動をしていたこともある。人を殺したことだってある。何百人とね」

私「嘘でしょう」

老人「それはどうかな?」

私「(老人の目を覗き込み)わからないナ」

老人「きみは“テレフォン”という映画を知っているかい?」

私「ぼくは映画ファンですよ。一九七八年のドン・シーゲル監督、チャールズ・ブロンソン主演の映画でしょう? 原作はウォルター・ウェイジャーの“テレフォン”」

老人「私がやっていたのが、まさにその仕事で、敵対国にスリーパーを送り込む。その地でスリーパーを作り上げていたんだ。あと敵地の攪乱」

私「スリーパーって?」

老人「マインド・コントロールを施された人間のことだよ。薬物催眠や電波催眠で洗脳が施されていて、記憶の消去や操作が行なわれている。だから、自分がスリーパーだということも知らない。前と同じ人間と思っている。あるキー・ワードを見たり聞いたりすると、もう一人の自分が目覚めて破壊活動を行なう」

私「だから、眠っている人、つまりスリーパーですか。一種のイリーガル(地域に根を持つスパイ)ですね」

老人「よく知っているな。私たちは、きみの祖国でも多くのスリーパーを作り上げたよ。私たちは電話などでスリーパーを起こす方法をアンカーと呼んでいる。アンカーは何だっていい。そのキー・ワードで殺人を行ったり自殺したりするんだ」

私「まさか」

老人「何のために? 私がきみに嘘や冗談を言う理由は何かね?」


○京都、建仁寺。

私と香織、俵屋宗達の「風神雷神図」のレプリカ、小泉淳作画伯の天井に描かれた「双龍図」、三尊石を中心に置いた「潮音庭」を見て回る。

香織「現代の科学の技術ってものすごく発達しているじゃない。今じゃ、MCでどの程度まで人間を操ることができるの?」

私「お好み次第だそうだ」

香織「でも、盗みや殺人なんかはさせることが不可能じゃなかったかしら? いつかそんな話を聞いたことがあるわ」

私「それは、もう遠い昔の話さ」

香織「いくら深い催眠状態(トランスと言ったかしら)に陥っている人でも潜在意識に抑圧されていることは命令があってもできなかったはずよ」

私「いまじゃ、潜在意識そのものを薬物によって消したり歪めたりすることができるし、脳のある部分に電気シグナルを送れば怒りや悲しみの感情を引きおこすことができる。だから、何だってやらせることが可能だってさ」

香織「(ブルッと身を震わせる)恐いわ」


○私の回想は続く。

療養所の老人の病室。

壁には、フェルメールの『合奏』が飾られている。

絵画が好きなのか、ピカソやドガの作品なども飾られている。

老人「もちろん、複製画だよ。息子に持って来てもらったんだ」

ベッドに老人が寝ていて、私が隣のベッドに腰かけている。

私「息子?」

老人「私にだって子供はいるさ」

  二人の間に、沈黙が漂う。

私「(英語で)もし、MCで殺人を行わせようとしたら、どうするのですか?」

老人「いろいろな技術があるけれど、その典型的なものは、RHIC=EDOMというんだ。普通はこの方法を取る」

私「RHIC=EDOM?」

老人「つまり、RHICは電波による脳内催眠の略で、EDOMは電子による記憶抹消の略だ。まず、RHICによって、ある人間をあるキー・ワードで常に催眠状態になるようにする。そして、その状態で殺人・自殺などの行動を条件づける。最後にEDOMで、記憶の抹消を行なう。またこの方法で、あるシナリオを作り上げて、偽の記憶をイン・プットしておいてもいい。このプログラムは生きている限り有効で、何も知られずに、日常生活を送ることができる」

私「あなたは、人間のロボット軍団を作り上げたのですか?」

老人「そういうことになるかな。お国のため、引退後は金のためか? ちょっと自分の技術と理論(ノウハウ)を売っただけだ」

私「だれが、あなたにそんな悪魔のような所業を頼んだのですか?」

老人「それは言えない。プロとしての職業上の倫理に反するからね」

私「まさか? あの・・・」

老人「さあね。それはどうかな?」


○私と香織、タクシーを拾い、清水寺に行く。

赤い仁王門を通り、豪華絢爛の三重の塔を眺めながら本堂へ進み、清水の舞台に立つ。

すると視界が開け京都の町並を俯瞰できる。

私「老人が教えてくれたところによると、現実に一九六八年に起こったロバート・ケネディ暗殺事件が、MCを使った殺人じゃないかと教えてくれたよ」

香織「まさか。そんなことはあり得ないわ」

私「ぼくにはわからないよ。サーハン・サーハンは自白しているしね。確かにアメリカではCIAが色々なMCの人体実験を行なったことは証明されている。『ブルー・バード』、『MKウルトラ』、『アンティ・チョーク』といったコード・ネームのね。そして、ロシアのFSB(ソ連のKGB)や中国共産党も同じような実験を行なっている」

香織「滑稽だわ。マンガとしか思えない」

私「オウム事件と同じようにかい? でも、彼らでさえあれだけのことをやってのけた。こちらは、国を挙げてのプロジェクトだ。それに、事実は小説より奇なりという言葉もある」

  香織の携帯電話が鳴っている。

私「電話だよ! 出たら?」

香織「いいの。出なくても!」


○私の記憶は続く。

療養所の休憩室。

私と老人、午後のココアとコーヒーを飲んでいる。

老人「ある時、私はMCの実験をしたことがある。ある軍人に密かにMCを施しておいた。その後、その男にある言葉(キー・ワード)を囁くと、男はベルトの拳銃を取り出し、銃身を自分の顳顬に当てて、何度も引き金をひいたよ。勿論、前もって実弾を空砲に替えておいた。でも男はそれを知らなかった。だから、どんな事でも可能なのさ」

私「そんなことまで」

老人「私の話が信じられないのかい?」

私「本人にまったく気づかれずに、MCを施すことはできるんですか? (自分で納得して)それは可能ですね。病院やホテルなどを隠れ蓑にすればいいんだから・・・。どこかの国のように拉致して強制的に行なってもいい。後で記憶を修正(リメイク)すればいいんだから、映画やテレビ・ドラマのようにすべてうまくいく」

老人「そのとおり。それに、私たちはプロだからね」

私「こわいですね」

老人「私たちは、あるときMCの被験者(サブジェクト)に殺されそうになったことがあるんだ」

私「どうしてですか?」

老人「私たちが邪魔になったからだよ。私たちは、ある時、ある場所でMCの人体実験をしていた。そこで、悲劇が起こった。その人間が、自分が人体実験されたことを知って復讐しようとしたんだ。もうこれ以上こことは、企業秘密だよ」

私「ひとつだけ、その人はどうなったんですか?」

  老人は、笑みを浮かべた。

老人「それは秘密だ」


○京都、龍安地。

  石庭。

  白砂が川の流れるような模様を描いている。

香織「最近、お仕事の調子は?」

私「ミステリーの仕事のこと?」

  私と香織、川の中に浮かぶような十五の石を見て歩いていた。

私「まあ、まあ、といったところかな」

香織「疲れているんじゃない? この前、雑誌に載った記事を読んだわ」

私「ああ、あれ。“トリックがうまくいったから事件が起こったんだ”というやつだろう。あれは横溝先生が『本陣殺人事件』で言ったコメントに引っ掛けたんだ。それに、H・G・ウエルズの“タイムマシン”のように、“地の文を信じなければSF小説は存在しない”という、だれかの言葉を引用した」

香織「行き詰っている?」

私「本格推理小説がって意味なら、ぼくの他の作家も論理を駆使してがんばっているよ。このジャンルがなくなったりはしないよ」

香織「わたしは、人が寝静まった夜に、ゆっくり探偵小説を読むのが好き。できれば、雪が降る山荘の暖炉の前で、ゆり椅子にゆられながら」

私「それは、アガサ・クリスティーやディクスン・カーの世界だネ」

香織「いいわね。それとも、地中海のバンガローの前の浜辺で、遠くを行き交う船を眺めながら・・・」

私「きみは、いま現実から逃れたいんだね?」

  香織、私の問い掛けに、エッと声を上げ、素直に頷く。


○祇園。

江戸時代に創業した老舗の旅館。

私と香織、同じ部屋に泊っている。

夕食で目の前には、贅を凝らした懐石料理が並んでいる。

私「かつて日本は夜のテレビ局の視聴率の合計が七〇パーセントを超えていたんだってね。眠るとき以外はずっとテレビをつけていることになる。これじゃ、本当にテレビ中毒だといわれても仕方がない。昔はラジオで、今はテレビだ」

香織「ただだからよ。金を払わなかったら、潰れる番組なんかたくさんあるわ。制作費は削られて、確実に番組の質は低下しているんですもの」

私「(山海の珍味を前に)ぼくの言ったとおりじゃないか。でもテレビ局はなんだってあんなにも視聴率を気にするんだい?」

香織「わたしたち民放はCM料で成り立っているの。たとえば携帯電話のCMを流すとき、仮にテレビ局に一億円出して視聴率千パーセントの契約をするとするわね。もし、視聴率が二〇パーセントの場合は五〇回流せばいいけど、一〇パーセントの場合は一〇〇回流さなければならないでしょう。時間にして倍かかるわけ」

私「回転が速ければ、儲かるってことか。でも、最近テレビ局やラジオ局も視聴者にこびていると思わないかい? もっと、言論の自由を叫んでもいいと思うな。人権を考えて、その時代で使わないような言葉を使っていたりする。笑うよ」

香織「いつか、“座頭市”を視覚障害者と言うのを聞いて、しらけたことがあるわ。昔のドラマなのに差別用語にはピーと消しが入いるし」

私「それに、いつも“この物語は架空のものである”といった前置きをつける。視聴者の想像力を膨らませるのに邪魔だよ。どうせドラマはフィクションなんだから。視聴者もそれを前提にみている」

香織「その忠告、耳に留めて置くわ。でも、ほとんどは真面目で熱心なテレビ、ラジオマンよ。ただお金がないだけ」


○同、祇園の旅館。

私と香織の部屋。

真夜中。

  私と香織、激しいセックスをしている。

  エロチックな構図である。


○同、祇園の旅館。

私と香織の部屋。

早朝。

  香織、疲れてグッスリ眠っている。

  私、縁側の籐椅子に座って、香織の寝顔に見入っている。

私のケイタイがピカピカ光っている。私、出る。

私「もしもし。アッ、優子ちゃん、ああ元気だよ」

  その時、香織がゆっくり寝返りを打ったので、話は中断する。

私「(香織の方を伺いながら)彼女は大丈夫だよ。たぶん・・・」


○同、祇園の旅館。

私と香織の部屋。

風呂から上がって寛いでいる。

香織は私が持って来た“サイエンス”という雑誌のページを捲っている。

香織「(雑誌を見ながら)ここにマインド・コントロールの記事が載っているわ」


[ボイス・オーバー]

インタビュアー『マインド・コントロールのキー・ワードは音声でも映像でもいいんですか?』

大学教授『はい。音楽とか絵とか、他にも五感で感じることができるものならなんでもキー・ワードとして使えます』


インタビュアー『マインド・コントロールで殺人は可能ですか?』

大学教授『ええ、簡単です。しかも行動開始まで何時間、何日、何ヶ月、何年でも自由に設定できます。このプログラムは、その人が生きている限り、一生有効です』


インタビュアー『同じく人間を自殺させることはできますか?」

大学教授「勿論です。同じ技術を使用します」


インタビュアー『たとえば記憶を変えることも可能ですか?』

大学教授『イエス。前の記録を消去して、新しい記憶を挿入します』


インタビュアー『ニセの記憶を入れられたら違和感をかんじないのですか?』

大学教授『脳には自分を守ろうとする防衛本能があります。ですから、積極的に記憶をリメイクし、デザインしようとします』


インタビュアー『マインド・コントロールで殺人を行なわせるためには、どんな方法を用いますか?』

大学教授『基本的には、RHIC=EDOM(RHICはラジオ・ヒプノティック・イントラ・セブラル・コントロール。EDOMはエレクトロニック・デソルーション・オブ・メモリー)という方法を使います。それが基本で、他にも色々あります。現在はずっと科学的に発展しています』


香織「『これは一九七五年に、ジェームス・ムーアが“モダン・ピープル”でスクープしています』これは、今から四半世紀も前の記事ネ」

私「現在の洗脳の技術は、医学やエレクトロニクスの技術を使用し、想像できないほど進歩しているよ。きみだって、それがどれほどのものか想像できないだろう。きみの短所は、想像力や空想力が乏しいことだよ」

香織「あい変らず記憶力がいいのね。」

私「きみの体や唇の感触も覚えているよ」

香織「褒めて損しちゃった」

  私、やさしく、香織にキスする。


○同、祇園の旅館。

私と香織、散歩に行くために玄関から外に出る。

二人ともコートとオーバーの防寒着姿である。

香織「でも、なんでMCのことを、そんなに詳しく勉強しているの。小説に書くためなの?」

私「実は、きみをぼくの虜にするためさ」

香織「もう、ウソばっかり」

私「本当は、もっと恐ろしい事実のためさ」


○祇園の古い町並み。

白粉を塗った奇麗な舞妓たちと擦れ違う。

私「中学生などの子供が事件を起こす度に、親や教師は、あんないい子が信じられないなんて言う。それこそ信じられないよ。一体、そいつを何様だと思っているんだろうね? 聖人君主とでも思っているのかナ」

香織「自分の子供のことを本当に心配しているなら、部屋で何をしているのかわからないなんて言葉が出て来ないわ。現実から逃避して目を逸らしているのよ」

私「どんな理由をつけても、人を殺したら人殺しじゃないか。テッド・バンディやジョン・ウエイン・ゲイシーなんかと同じなんだよ。何らかわりがない」

香織「それは何者なの?」

私「テッド・バンディは“もっともハンサムで知的な殺人鬼”と呼ばれて、三十六人から六十人の美女をレイプし殺害したと推測されている。また、J・W・ゲイシーは、ゲイで三十三人の若い男性を殺した怪物だよ。“殺人ピエロ”というアダ名がある」

香織「まあ、なんて魅力的な男性たちだこと。さすが、アメリカはスケールが違うわね」

私「彼らも、逮捕された当時は、あんないい人がとか、まさか信じられないと言われていた。それと同じだ。周りの人間はなにもわかっちゃいないんだ」

香織「表面だけで、その人間の内面を見てないから、何にもわからないのね?」

私「でも、それは難しい。人間はだれでも怪物になってしまう可能性はある。だから、逃げるんじゃなく、もっと心の闇を見つめなきゃ」

香織「現代は、自分さえ信じられない時代だわ」

私「それはCMかなにかかい?」


○祇園の町並み。

  私と香織、並んで歩いている。

  ブシュ、ブシュと微かな音がして、町屋の壁と柱に、二つ大きな穴が開く。

消音器で絞られた銃声だ。

イワン「伏せて!」

  私、香織、言われたとおりにする。

  周りにはだれもいない。

イワン「もう、大丈夫です!」

イワン、弾を壁と柱から取り出す。

私「ありがとうございます。あなたは? 太秦駅でも私を助けてくださいましたね」

イワン「(私へ)ロマノフの息子です」


○祇園の置屋。

  奥まった部屋。

  私、香織、イワンに連れられてここに来ている。

私「ここは?」

イワン「親父の隠れ家です。ここなら安全です」

香織「狙われたのは、わたしたちなの?」

イワン「たぶん」

  イワン、あの壁や柱から掘り出した2個銃弾をテーブルの上に置いた。

イワン「これは,AK-47の弾です」

私「AK-47?」

イワン「カラシニコフ自動小銃。口径7.62、長い間ソ連に正式採用されていた銃です」

香織「それじゃ、ロシアが?」

イワン「いや、そこまで組織的な相手じゃないでしょう。たぶん、親父の昔の仲間たちだと思います。親父が高木さんに渡したものが欲しいのです」

私「それじゃ、渡せば・・・」

イワン「いやダメです。彼らは悪用するつもりです」

香織「でも・・・」

イワン「もう、手は打っています」

  イワン、香織を安心させるようにニッコリ笑う。

イワン「あなたたちの安全は、私たちが保証します」

私「どういう?」

イワン「あなたたちが知る必要はありません。冷酷な言い方で申し訳ありませんが」

香織「世の中には知ってはならないことがあるってことね」

イワン「そうです」

  イワン、魅力的な笑顔をみせる。

私「警察へは?」

イワン「私たちだけの秘密にしておいた方がいいでしょう。それに、私たちはプロですし、任せておいてください。でも、念のためにいまの宿は引き払ってください」


○鴨川の喫茶店。

中も時代がかっている。

私と香織、寛いで、アイス抹茶を飲んでいる。

香織「あの人のことを信じていいの?」

私「たぶん、ロマノフ大佐の指示だ。死後の。ぼくは、彼を信じる」

香織「あなたが、そういうなら」

私「ぼくたちがいくら心配しても仕方がないよ」

  このとき、若い大学生たちが入って来たので、話は中断する。

香織「このところ、あんまり小説を書いていないようだけど、どうしたの?」

私「現実に先を越されていてね。プロファイリングが有名になったので、少年の快楽殺人の物語を書いていたら、あの“酒鬼薔薇聖斗”の事件が起きた。ウランの加工施設での放射性物質の取り扱いが杜撰なのがわかったので、核爆弾を作る小説を書いていたら、東海村の事故が起きた。そして、ジェット機で原子力発電所へ突っ込むテロの話を書いていたら、九・一一のアメリカ同時多発テロが起こった。それですべて嫌になったわけさ。すべて後手に回っている。それ以後、筆を持つ時が少なくなった」

香織「でも発想からいえば、時代を先取りしているのじゃないのかしら? それに、発表してから、そんな事件が起きていたら先生のせいだと、後ろ指をさされていたわ。むしろ喜ぶべきよ」

私「そうかな?」

香織「今度はどんな小説を書くつもりなの」

私「サイバー・テロかバイオ・テロの物語になるかナ? いまはハイテクの時代だからね。また、新型の肺ペストや天然痘などのウイルスも人類の脅威になると思う。致死率の高いエボラ出血熱のようなフィロ(ひも状の)ウイルスより、肺に引っ付き易いコロナ(球状)のウイルスの方が感染しやすいから、テロ向きの兵器になるはずだよ」

香織「こわいこと言わないで」


○哲学の道。

  私と香織が散策している。

香織「西田幾多郎先生は何を想い、この道を通っていたのかナ?」

私「きみもロマンチストなんだね」

香織「おかしい?」

私「真実への道を求めてさ」

香織「あなたこそ、ロマンチストじゃない」


○同、喫茶店の中。

私、香織の甘い顔立ちをジッと見ている。

香織「(フッと暗い表情になり)オウムの中に、わたしの友達がいたの。それで、親と反目して自殺したのよ」

私「そうか、きみも辛い思いをしたんだね」

香織「オウムの事件はわからない事が多いけど、絶対風化させてはいけないわ」

私「みんな、わかっているよ」

  香織、俯いたままである。

私「オウムの麻原も、マンソン一家のマンソン、ブランチ・ダヴィディアンのコレシュも、多くの共通点があるね。みんな貧しい家庭に生まれて、小さい頃に苦労している。そして、ずっと望んでいた力がついたとき、自分は何をやっても罰せられないと思うようになる。まさに社会の脅威だ。たぶん、彼らは自分の中で神になったんだよ。その心理は織田信長や秀吉に共通する」


○伏見稲荷大社。

  私と香織、真っ赤な千本鳥居を巡っている。

私「ぼくは、金閣寺や銀閣寺より、こちらの方が好きだな。こちらの方が京都らしいと思うんだ。あちらほど有名じゃないけどね」

香織「金閣寺や銀閣寺は、京都の顔ですぐイメージできるからじゃない? わたしも修学旅行で金閣寺と銀閣寺には行ったわ。コースだもの」

私「記憶で、簡単に再生できるようになると、飽きちゃうものさ」

  ここからだと、京都タワーから伏見桃山城まで一望できる。

私「テレビ・ドラマでも何でもフィクションに命を吹き込むのは、何かわかるかい?」

香織「さあ?」

私「感情だよ! これを言った映画の題名は?(※巻末注4)」

香織「クイズなの? わからないわ」

私「知らなくて当然だよ」

香織「どうして?」

  香織、遠くの風景から私の顔に視線を移す。

香織「わたしもプロなのよ」

私「なぜか? それは、知る由もないから」

香織「意味がわからないわ」

  香織の感情は内に向かった。

香織「でも、それは正解ね。悲しいお話や温かい物語が人を感激させるからー。如何によくできた知的なゲームでも、そうはいかないわ」


○先斗町。

  日本料理店。

  静かで、奥深い趣がある。

  日本庭園の池では、錦鯉たちが泳いでいる。

  座敷で、私と香織、京料理に舌鼓を打っている。

私「ぼくが二回襲われたのも、“警告”の意味があるのかな?」

香織「二回?」

私「最初は、太秦駅のホームから突き落とされそうになった」

香織「あれは、あなただったの? わたし、見ていたのよ」

私「それをイワンに助けられた」

香織「偶然かしら?」

私「ぼくは偶然なんて信じない」

  仲居さんが、お造りの刺身を運んできたので、話が中断される。

香織「(仲居さんを見送りながら)さっきの“警告”って?」

私「(銃で撃ったのも)ワザと失敗したように見せて、後で何かを要求してくる」

香織「何を?」

私「ロマノフ大佐の遺産さ。それ以外、考えられない」

香織、私の顔をジッと見る。

私「USB、諸々。MCに関しての」

香織「それじゃ、何か手を打たなきゃ」

私「イワンが、すべてうまくやってくれるさ。プロなんだ」

  香織、安堵のため息を漏らす。

香織「だったら、この美味しい京懐石を堪能しなくちゃ」


○同、日本料理店。

  座敷。

  仲居さんが、デザートを持ってきている。

  冷たいマスク・メロンである。

  香織、それをスプーンで一口食べる。

香織「オイシイわ」

私「何を食べても、そう言っているよ」

香織「でも、このお料理は、わたしにちょうどいいわ。多すぎもせず、少なすぎもせず」

私「料理でも何でも、少し物足りないのがちょうどいい。プロは、それを目指しているって、言うだろう。量でも旨みでも、過度になると、もう食べたくなくなるし、足りないと欲求不満が募る。きみの作るものも同じさ。でも、完全に満足させてしまうと、客足が遠のく」

香織「やりすぎるなっていうアドバイス?」

私「それは、ぼくへの戒めでもあるんだ。ノンフィクションであれ、フィクションの創作でも同じさ。結局、人に読ませるものや鑑賞させるものは、作者が料理し、加工したものだからね」

香織「事実とはちがうってわけ」

私「たとえば、生のチャーチルやレーガン大統領の演説を聞いてみろよ。飛んだり戻ったり、省略したり、付け加えてみたりで、それだけでは殆ど理解できないよ。あれだけ、人を熱狂させた演説なのに」

香織「これが、あなたの“感情”を吹き込んで命を与えると言うことに通じるわけネ」

私「主人公の性格や人間関係や背景にリアリティーがあるかじゃなく。いかに、それらしく本物に見えるかってことさ」

香織「だから、わざわざフィクションであることを断わる必要はないってことね」

私「その言葉自体が美しくないネ」

香織「でました。エルキュール・ポアロばりの、シンメトリーなどの秩序を愛する美意識!」

私「ぼくは、自分の作品の言い訳をしたり,弁護したりしているわけじゃない。川端康成や三島由紀夫の文章は美しいと思うよ」

香織「だから、簡潔で少し物足りない文章を目指しているのね。二人とは真逆だから、憧れているの?」

私「そうかもね。でも、太宰治は嫌いだよ。無秩序だから―」

  私、香織の顔をマジマジと見詰める。

私「ぼくはきみの顔が好きだ。でも、きみの顔は能面のような顔じゃない」

香織「三十三間堂の千体千手観音立像のようだと思っているでしょう。どこにでもいる」

私「きみは、甘くてやさしい顔をしている。まるでアイスクリームかホワイトチョコのような」

香織「お上手だわ。女をその気にさせるのが」

私「よく言うよ」


○山科のロケーション。

山科の旅館。

マッサージ室。

香織、全裸で台の上にうつ伏せで横たわっている。

お尻に、真っ赤なバス・タオルが置かれているだけである。

カールしたボブ・カットが、スタイルのいい白い肢体に映えて、エロチックで艶かしい。

女性のマッサージ師の指が香織の体を流れている。

香織「気持ちいいわ」

私「タイの古式マッサージでしょう? タイの人ですか?」

女性「エエ、結婚して日本に来たんです」

香織「微笑みの国でしょう。明るくてやさしいイメージがあります」

女性「女性は自立心があるんですよ」

私「でも、情は厚いとききました」

女性「そうかもしれません」

  香織、ヤキモチやきと思ったが、顔は笑っていた。


○同、山科の旅館。

マッサージ室。

香織、全裸で台の上にうつ伏せで横たわっている。

マッサージの女性もグラマーでセクシーである。

私「ぼくもあの教団から入会を勧誘されたよ。マインド・コントロールをテーマにした小説を書いていたからね」

香織「ありそうなことね」

私「ある一定のポストを約束してくれたんだけどね」

香織「彼ららしいわ」

私「ぼくも、王様の生活もいいと、一瞬思ったんだけどねー」

香織「でも、入会はやめた」

私「後で起こったことを知っているだろう?予想はついた」

女性「君子、危うきに近づかずよ」

私「その通りだ」


○同、山科の旅館。

私と香織の部屋。

  洋室である。

私、インター・ネットで遊んでいる。

ヒトゲノム計画という文字やA(アデニン)、C(シトシン)、T(チミン)、G(グ  アニン)の二重螺旋モデルの絵、ジェームズ・ワトソン博士の写真、人体の模型図などの記事や絵が画面を彩っている。

香織「ヒトゲノム計画か? もう解析が成功したらしいけど、これからね」

私「人間をAとC、TとGで表わせるんだからすごいことだよ。人間を一枚の紙で表現できる」

香織「遺伝子治療に期待が集まっていると聞いたわ。本当の“オーダー・メイド”の治療ができるって」

私「そればかりじゃない。全ての病気の撲滅が期待できるし、不老不死だって夢じゃない。自分の血を残していたら千年後にキリストみたいに復活するかもしれない」

香織「そんなにすごいことだったの?」

私「インター・ネットで遊んだり、遺伝子(DNA)工学の本を読んだりしていると、この世の中はなんでも可能だという幻想を持ってしまう。なにか大切なものを見落しているような気がするんだ」

香織「すべて、科学万能、テクノロジー万歳の世の中だからじゃない?」

私「それだからこそよけいに、人間の心の科学が、大切になってくるのだろうね。生きがいを求めるためにも、宗教や信仰心が大きな意味をもってくる」

香織「本当に、いまはアイデンティティー喪失の時代だわ。日本もアメリカに似て来たような気がするのは、わたしだけかしら。このままじゃ、日本はアメリカになっちゃうわ」


○同、山科の旅館。

私と香織の部屋。

縁側の籐椅子に座り寛いでいる。

二人、風呂から上がったばかりで浴衣姿である。

私「アメリカでも、ほんの数年前までいまよりずっと平和だったんだよ。いまじゃ、夜は何処もぶっそうで歩けない」

香織「わたしも去年、ニューヨークの地下鉄で怖い目にあったわ。その時は、たまたま警官がいて助かったんだけど」

私「発達した民主主義が、こういう社会を造り出したともいえるよ」

香織「どういうこと?」

私「頻りに自由、人権、権利などが叫ばれているだろう。そのために、人は自分で絶えず選択しなければならなくなった。すべてにおいてね。だから、どうしても不安にならざるを得ないし、危うい自分を見失いがちになる」

香織「それは事実ね」

私「昔は、先生の言うことは正しいとされたし、親を見て育った。職業は親の仕事を継ぐことがほとんどで、見合い結婚も多かった。だから、人生で決断することもあまりなかった。しかし、いまは万事自分で決断しなければならない。全てにおいてね。テレビもマスコミも問題を提起するだけで、判断するのは視聴者だ」

香織「だから、人は絶対的な神を求めるのね。だから、宗教も現代人には必要不可欠なものなのよ」

私「その宗教も選択しなければならない。そこに、つけ込む者が現われてくるわけだ」


○醍醐寺近くの有名な寿司屋。

  私と香織、酒を飲みながら、大将が握ってくれる新鮮なネタの鮨をパクついている。

香織「ワァー、美味しい!」

私「いい湯に浸かり美女を肴に美味しい物を食べる。これほど幸福なことはないな」

香織「ウフッ、すっかり旅行や温泉の番組になっている」

私「(笑顔を見せ)ぼくは北大路魯山人を気取ったんだけどな」

香織「ひとつ忠告していい?」

私「どうぞ」

香織「シナリオでも小説でも、宗教とTVを批判するのは、やめておいた方がいいわ。どちらも敵に廻すと恐いわよ。それに他のマスコミも」

私「でも、わかる人間にはわかってもらえるさ。それに、これはドラマや映画のシナリオにみえて小説なんだよ。サブリミナル・メッセージというより『ヒプティナティズム(サブリミナル)文書』(※巻末注5)だ。また、テーマが重いのでシナリオにした」

香織「なぁに、それ?」

私「ぼくの『予告された殺人の記録』を読んでいないね?」

香織「素敵な推理ね。シャーロック・ホームズみたい。でも、どうして?」

私「わかったかと言うんだろう? それは、きみがマインド・コントロールについてなにも知らないからさ」

香織「その『ナンチャラ文書』って?」

私「ヒプナティズム(催眠)文書という方が正しいかな? 文書の中にサブテキストが隠されていて、それを読んだ人間に催眠術を掛けるというものだよ」

香織「本当にそんなものがあるの?」

私「この物語を読んだり聞いたりしたきみはもうMCを施されており、ぼくの言うスリーパーになっているわけさ」

香織「このわたしが?」

  香織、半信半疑の顔をした。

香織「本当に?」

私「(芝居がかった態度で)だから、きみは今すぐ裸にならなければならない」

香織「このお店で? 信じられない」

私「そう。ストリッパーのようにね」

香織「もし、裸にならなかったら?」

私「もちろん、きみは死ぬ!(笑)」


○私と香織、タクシーで鞍馬へ向かう。

  京都の田舎といった風情である。

鞍馬の旅館に着くと、女将さんと仲居さんがお迎えしてくれる。


○鞍馬の旅館。

私と香織の部屋。

私と香織、一階の縁側で酒を飲んでいる。

肴はキャビアやアンチョビのフラッペ、タイやスズキのカルパッチョなどである。

香織「やっぱり江戸時代の創業ね。古き良き時代の」

私「ぼくはここの風呂が気に入ったよ。ユニークだ。夜に一緒に入ってみないか?」

香織「やだー。混浴じゃないんでしょう」

私「ビビデ・ダビデ・ブー。きみは浴衣を脱ぐ」

香織「(虚ろな目で)はい、わかりました」

香織、ゆっくり浴衣を脱いでいく。

私「きみは最高にチャーミングだ」

  私と香織、プッと吹き出して、笑いながら抱き合う。

香織「わたし、シンデレラが大好きなの」


○同、鞍馬の旅館の部屋。

私と香織、蒲団の中にいる。

私「この前、MCを勉強するのは、もっと恐ろしい真実のためだと話したことがあるだろう。それは、ロシアの老人の遺書のことさ」

香織「わたし、あなたが書いた物を読んだら、何か罠にかかった気持ちになるの。あなたの思考と言葉がしかけた罠に。まるで見えないクモの巣にかかったように・・・。そのトラップ(モンスター)が本から飛び出してきて、わたしを食べつくすのよ。あなたは、それを冷たい笑顔でみているの」

私「そんなことないよ。どんなに言葉を尽くしても。きみを見守っていることは忘れないで」

私、香織とキスをする。


○同、鞍馬の旅館の部屋。

  私と香織、窓際の籐椅子にすわり、二階から下の通りを眺めている。


○同、鞍馬の旅館の部屋。

私「小説とか映画とかフィクションは時代に関係ないと思うんだ」

香織「どういうこと?」

私「たとえば、何年も、何十年も、何百年前のことを書いたり、撮ったりする。作ったのが現代なら、忠実に過去を再現しなくていいし、第一できない。江戸時代に差別用語という言葉すらなかったし、古い映画ならピーピーと伏字になる」

香織「時代を反映させれば、そうなるわ」

私「だから、明治時代には妄想型統合失調症の人間はいなかったし、ソシオパスの殺人鬼もいない。ロンドンの切り裂きジャックたちのことだよ。シャーロック・ホームズが活躍した時代のー」

香織「すごい発想のしかた!」

私「最近は、ホラー・サスペンスばかりだね」

香織「時代が、時代だから」

私「『薄っぺらな登場人物が切り裂かれ、血と肉が飛び散るだけ』」

香織「まあ、一言で評価するのね」

私「ちがう。そういったセリフがある映画はなんでしょうか?」

香織「また、題名当てゲームをするの?」

私「わかる?」

香織「降参よ」

私「スタブ6のワン・シーンだよ」

香織「それ知らない」

私「スクリーム4の冒頭のシーンだよ。そのテレビのスタブ6で切り裂かれる少女が遺す言葉」

香織「ワー。そんなマイノリティーのセリフ、どんな映画オタクでも知らないわ」

私「もちろん、それが現代か未来かわからないよ」(※巻末注6)

香織「言ってることがよくわからない」

私「『スクリーム』でも『ルール』でも『ラスト・サマー』でも、ワンが一番いいだろう? だんだんマンネリになり、駄作になっていく。これは、スクリームでいう“ルール”だよ」

香織「シャレなのね」

私「でも、ぼくはスクリームに関しては、1より4のほうがいいな。よく考えられている。でも、死体が多すぎて、どうでもよくなっちゃうんだけどね」

香織「でも、わたしは全部1がいいと思うナ。新鮮で、スタイリシュだもの」

私「でも、“ターミネーター”と“エイリアン”は、2の方が見栄えがするだろう? これは、衆目の一致するところだ。お金のかけかたがちがうし、監督も交代しているからかもしれないけど」

香織「確かにそうね」

私「もう、映画談義はお仕舞い。さあ、もっと楽しいことをやろう」

  私、香織を誘って、手を差し伸べる。

香織「はい」

  香織、頬を赤くして少女のように答える。


○保津川峡。

  私、香織、嵐山から亀山までのトロッコ列車の中。

  嵐山の絶景が眺められる。

  老若男女のカップル子供連れの夫婦の姿も見える。

香織「最近は、どういうミステリーを書いているの?」

私「カーばりのアクロバッテングな密室とか不可能犯罪の推理小説だよ」

香織「それは昔でしょう」

私「今は、論理的な小説に力を入れている。哲学的、数学的、宗教的な小説と言っていいかな。ウンベルト・エーコーの『薔薇の名前』のようなネ」

香織「記号論ね。それに、『薔薇の名前』は、ショーン・コネリー主演で映画になった」

私「よく知っているな」

香織「わたし、見掛けよりはインテリなのよ」


○保津川峡谷。

  私と香織、保津川下りの舟に乗り船頭のガイドを聞いている。

、 客は、男女五~六人いる。

渓谷のロケーションが素晴らしい。

香織「いまのわたしたちは、まるで素敵なサスペンスの中にいるみたいね」

私「さしずめ、ラングドン教授(※巻末注7)が活躍する『ダ・ヴィンチ・コード』のようにかい? 大いなる謎を求めてね。まさかジェイソン・ボーン(※巻末注8)じゃないだろう?」

香織「わたしたちは、主人公だから生き残るんでしょう?」

私「さあ、それはわからない。ぼくたちは素人だし、これは小説や映画じゃなく、現実なんだからね。それに、プロの犯罪者集団を相手にしている」

香織「これは、国際的な陰謀なの?」

私「たぶんね」

香織「そうなると、警察は当てにならない。少なくとも、映画ではそうよ」

  その時、バーンと銃声がして、私の傍の 板に穴が開く。

  香織、私の腕に縋りつく。

  私、香織に、「シー」と唇に人さし指を当て、ボディー・ランゲージで示す。

  私、香織に崖の上を指さす。

そこには、ライフルを手にした狙撃手の姿が捉えられた。

しかし、だれもそのことに気づいていないようで、ちょっとした騒ぎが起こったが、何事もなく目的地に着く。


○嵐山の旅館。

  夜。

  私と香織、同じ蒲団の中にいる。

香織「あれも脅しなの」

  香織、私の胸に体をあずけている。

香織「何か言ってきた?」

私「もう少し様子をみよう。大丈夫だ!」

  私、香織を抱きしめ濃厚なキスをし、情熱的なSEXをする

香織「何もかも、忘れさせて!」

私「もちろん!」


○私の回想。

老人が死んだ日。

療養所の懺悔室。

ロマノフ・イワノヴィッチが拳銃で頭を撃ち抜いて死んでいる。

私、その光景を目撃して驚く。

その遺体のそばには、私宛ての遺書と私に遺されたUSBが置いてある。


○同、旅館の部屋。蒲団の中。

香織「どうして自殺なんかしたの?」

私「罪の意識に苛まれていたんじゃないのかな? それとも、人生に疲れたか?」

香織「USBには何が入っていたの?」

私「わからないかい。MCを施された人の名前等もろもろのこと。プロなら現在のハイテク機器を使えば個人の銀行口座からパンストのサイズまで調べられるんだよ。老人はそのプロだった」

香織「まさか、あの話は本当だったの?」

私「あの老人は嘘なんか吐かないよ。いや一度だけぼくに冗談を言ったことがある。ぼくを指さして君も私の被験者の一人だと言ったんだ。彼が真面目な顔でフロストの詩を唱えだしたときは冷や汗が出たよ。それは、彼一流のジョークだったんだけど」

香織「そのUSBを使ってどうするつもりなの?」

私「さあ、どうしようかな?」

香織「まさか、その人たちに片端から電話するんじゃ」

私「きみも老人の話を真実だと認めるんだね。私もあゆみを殺した人間達が、法律が、国が、諸々のことが許せない。片端から電話して統計上の殺人・自殺の件数を増したっていい。それとももっと多くの人が利用するメディアに乗せる方が手っ取り早いか」

香織「逆恨みはよして」

私「直接手を下して人を殺したら罪悪感を覚えるだろう。でも、核ミサイルのボタンを押すといった遠隔殺人なら罪の意識は殆ど感じない。ましてやその信憑性さえ疑わしいのならばなおさらだよ。ぼくはスイッチを押すだけだ」


○京都大原の山道。

  私、レンタカーを借りて、香織と二人でドライブしている。

  香織、助手席で寛いでいる。

  いつの間にか、前後を黒塗りの車に取り囲まれる。

外れの小学校の運動場まで誘導される。

逃げる術はない。

私「どうも、従うより仕方がないようだナ」


○京都大原の小学校の運動場。

  私の車、人気のない小学校の運動場の片隅に誘導される。

私の車の前後を、男を三人ずつ乗せた車が、まるで護衛するように付いて来る。


○同、京都大原の小学校の運動場。

  私、香織、男の手の合図で、車からおりる。

  前後の車から、3人ずつ筋骨逞しい男たちが降りる。

外国人らしい男だ。

見るからにプロだった。

前の車の年配の男が口を開く。

胸のポケットから、AK47を取り出して、二人に向ける。

リーダーの男「ロマノフ大佐から預かったものを頂こう」

  突然、その時くぐもった銃声が6発して、全員の男が静かに倒れていく。

まるで、映画のスローモーションを見ているようだ。


○同、京都大原の小学校の運動場。

  車が近づいてくる。

  イワンだ。

イワン「もう大丈夫です」

  イワンは、いつもに陽気に言った。

イワン「取り敢えず、身を隠してください。後始末は我々がします」

イワン「いまの旅館に! 明日説明します」


○大原の山沿いの旅館。

  テレビがある広いロビー。

数種類の新聞が入ったラックもある。

私「昨日の事件、ニュースにもなっていない」

香織「一体どうしたの?」

私「(小声で)たぶんCIAかFSBが絡んでいるんだよ。映画かドラマのロケだということで誤魔化している。だから、世間では何も起きていない」

香織「イワンよ」

  入口にイワンが現われ、こちらに歩いてくる。

相変わらず、スタイリッシュに決めている。

私「いよいよ黒幕の登場だ。どういうことか訊いてみよう」

  イワンは、私と香織の間のソファに腰を下ろす。

イワン「もちろん、これから話すことは秘密にしてもらいます」

  イワン、ニッコリ笑う。

イワン「あなたたちを襲ったのは、もちろん親父の昔の悪い仲間です。ロシア製の銃を使ったので、すぐわかりました」

私、香織「(同時に)どうして?」

  その時後ろから声がした。

男「私のせいだよ」

私「(驚いた声で)ロマノフ大佐!」

  香織、私をみる。

私「生きていたんですか?」

ロマノフ大佐「君にはすまないことをした。でも、私にも身を隠すと言うか、一度死ぬ必要があった」

  ロマノフ大佐、素直に頭を下げた。

ロマノフ大佐「しかし、あいつらは、君をも狙った。これだけは許せないことだ。だから、イワンを差し向けた。本当に申し訳ない。許して欲しい」

  老人は、殊勝に頭を下げる。

私「まったく、騙されましたよ。影武者ですか? それとも、映画のSFX(特殊撮影)?」

ロマノフ大佐「しかし、奴らが君を狙うことは想像もしなかった」


○同、大原の山沿いの旅館。

  テレビがある広いロビー。

その片隅。

だれも注意を払っていない。

イワン「だから、親父はその命の恩人に大金をはたいたんですよ」

ロマノフ大佐「私には、もうひとつの任務があった。ナチの収集した美術品や盗まれた絵画とかを奪取することだ。合法非合法を問わずにね」

私「あなたの元の仲間は、ぼくがその在り処の目録を持っていると思ったんですね?」

ロマノフ大佐「その一つを、君を守るために使った」

ロマノフ大佐、不敵に笑う。

ロマノフ大佐「君が、アルプスの療養所の私の部屋で見た絵は?」

私「(記憶を辿る)フェルメールの『合奏』」

ロマノフ大佐「1892年、イザベラ・ガードナーが低額でパリのオークションにおいて落札した。しかし、1990年にイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれ、行方不明。現在の評価額は、2億ドル」

香織「そんなに・・・」

私「ぼくのためにそんなに使ってくれたんですか?」

ロマノフ大佐「友達だろう?」


○同、大原の山沿いの旅館。

  レオナルド・ダ・ビンチの『モナリザ』が飾ってある。

  私たち、ロマノフ大佐の熱弁を、静かに聴いている。

ロマノフ大佐「世界中に『モナリザ』は百点以上ある。君は、どれが本物かわかるかね?」

私「たぶん、見分けられないでしょう。たとえ、この目の前の『モナリザ』が本物だとしても」

ロマノフ大佐「この物語だってそうだ。一度試してみるといい。如何に、君がこの話を映画にしようと小説にしようと、だれも信じない。まさに、本物だとしてもね」

私「わかります。ぼくの小説の『予告された殺人の記録』がそうでした。実話なのに」

ロマノフ大佐「私も、これを映画にしたいよ」

私「やってみればいかがですか?」

ロマノフ大佐「それが普通の反応だよ。一般人の・・・。私も、君の作品を読んでいる。私の専門だから・・・」

私「ぼくは、小説の中でいったんです。―私は、一応曲がりなりにも、あなたが犯人だと証明した。だから、今度はあなたが、それが違うことを証明しなければならない」

  私、ロマノフ大佐の顔を見る。

私「否定の証明だ。もし、それができなければ、わたしが正しいことになる―それが正解だ、と・・・。ぼくは、本の中で三段論法を使って証明したんです」

ロマノフ大佐「最後に君は読者に問いかけた。―あなたは、それを否定できるか? 証明してみなさい―と」

イワン「禅問答を聞いているようですね」

ロマノフ大佐「私は宗教に対して中立だよ」

香織「ミステリーの本というより、数学の書か哲学の書みたいだわ」


○同、大原の山沿いの旅館。

 ロマノフ大佐の熱弁は続く。

ロマノフ大佐「人間には、心理学でいう“マイサイド・バイアス”が働くからね。人間のサガだよ。ニセの記憶とも知らないで」

私「わかります」

ロマノフ大佐「観客なり、読者なりは、偽の記憶によって、自分が、こちらが言っているあなたでないことを知っているから、あなた(観客や読者)は自分でないと決めつけ、ハナからその可能性は考えない」

香織「心理の盲点ですね」

私「だから、自分が違うことを証明するために証拠集めが行なわれる」

イワン「スケープ・ゴートを求めてね」

香織「刑事がよく陥る心理ですね」

ロマノフ大佐「読者や観客はキー・ワードを囁かれ、死の直前に真実を知る」

私「バカですよね」

ロマノフ大佐「無知が人を殺すのさ」

私「人は、自分がすぐに死ぬなんて信じないものですよ」

ロマノフ大佐「いまの話を纏めると、シェークスピアの『オセロ』だよ。嫉妬という強い思い込みが、彼を殺したんだ」

私「そちらを引用しましたか?」

ロマノフ大佐「おかしいかい?」

私「ロシアの文学からと思いましたが・・・」

ロマノフ大佐「私はシェークスピアが好きなんだ」


○同、大原の山沿いの旅館。

  ロマノフ大佐、イワン、少し離れたソファに座っている。

イワン「今度こそ、本当に大丈夫だ。もしなにかあったらCIAが守ってくれるでしょう」

私、香織「ありがとうございます」

ロマノフ大佐「また、会おう」

香織「楽しみにしていますわ」

  私、ロマノフ大佐、香織、イワン,暖かい握手を交わす。


○同、旅館の私と香織の部屋。

  私、縁側の籐椅子に座って、真暗い闇を見ている。

香織、差し込む月の明かりの中でじっと天井を見つめている。

私「こうしようじゃないか。この話をテレビかラジオ・ドラマにして流す。そしてこちらがいう番組を聴くか観れば命を助けてやると宣言する。形はどうだっていい。勿論、約束は守る。神の名にかけてね。どうだい。このアイデアは? 面白いだろう?」

香織「さすがに、それはまずいんじゃない?」

私「だれも本当だと思わない。映画のお話だと信じるよ。ロマノフ大佐とイワンも面白いと言っていただろう?」

香織「オシャレな人たちね」

私「アタマがいいのさ」

香織「まあ、そんなことを考えていたの?」

私「このUSBには、殺人と自殺の始動と解除のキー・ワードが入っているから、未来を人々に選ばすことができるんだ。きみもどの視聴者がターゲットか判別できないだろう。この申し出はどうだい?」

香織「つまり、最初に始動の、そして次に解除のキー・ワードを挿入するというの?」

私「そう思わせるだけさ。心理作戦さ。プロテューサーとしては、とても面白いだろう?」

香織「でも、なぜそんなことを?」

私「別に、信じれば問題はないじゃないか。信じる者は救われるさ。信じなければ、それはそれでいい。ぼくも人間というものを試してみたくなっただけさ。いまの人間には、試練が必要だ」

香織「でも、あなたは神じゃないわ。そんな権利なんかない。間違っているわ」

私「勿論悪魔でもない。同じ人間だ。だからこそ、その権利があると思わないか?」

香織「ただの愚者の奢りよ。まるで、狂信者だわ。どこかの教団みたいな」

私「これはラジオやテレビなどでの実験でもあるんだ。勿論、小説とかマンガとかのどんなマス・メディアを通してでもいい。わかるネ」

  私、香織を抱き締め熱いキスをする。

香織「(私の笑顔をみて)なーんだ。冗談なの。騙されちゃった」

私「(ニッコリ笑い)人生は、最高のゲームなのさ」


○大阪、通天閣の前の街頭。

  人の往来が激しく、人のざわめきが耳に痛い。

牧師姿の若い男、「主を信じなさい」と訴えている。

老若男女、冷たく無視して、通り過ぎている。

私のN「“私はかつて盲目だったが、いまは見える”これはヨハネによる福音書第九章第二十五節の言葉だが、この中にすべての真実が隠されているのだ」


○ある日、私の元へ、香織からの手紙が届いた。

手紙には、次のようなことが毛筆で書かれていた。

達筆である。


香織のN「『最近、めっきり春らしくなってきましたが、お元気ですか? 先日はいろいろお世話になりました。わたしはもう大丈夫です。お察しの通り、あの時は失恋してかなり落ちこんでいたのです。いまはもうすっかり立ち直って毎日がんばっています。あの話は、わたしを奮いたたそうとしたお芝居だったのですね。わたし、知っているんです。先生は、ずっと優子と連絡を取っていたでしょう。もしかしたら、ケイタイのGPSの位置情報も・・・。あなたは立派な役者です。もちろん、ロマノフ大佐もイワンも他の外国人の方々もみんな役者ですよね。もしかしたら、“何でも屋”(※巻末注9)という人たちを雇ったのかもしれません。なぜなら、先生の言葉を借りれば、『ぼくは偶然なんて信じない』ということになるのかしら。今度わたしの映画(ドラマ)が放送されることになったのも、すべてあなたのお陰です。復帰第一弾は、このドラマです。そうそう、このドラマを観たり聞いたりした人は、もう一度、わたしが指定したラジオかテレビ・ドラマを視聴しなければいけないのでしたね。それとも、あなたの本を読まなければならないのでしたっけ。フフフ。また一緒に旅行に行って楽しみましょう。お体には気をつけて頑張って下さい。決して飲み過ぎはいけませんよ。とりあえずご挨拶まで・・・。

 

 やさしい


高木清四郎様こと

高原伸安様へ(※巻末注10)

                   


あなたの香織より」


○手紙の紙面。

  追伸、として万葉集の歌が書かれていた。

「Instead of these yearnings, O that I could be a jewel and truly wrapped around my man’s wrist!」(※巻末11)


私のN「大伴家持。訳せばこうなる。“私の思いがこんなにならずに、玉にでもなれたら、本当にあなたの手に巻かれようものを”という意味だ」


○奈良の東大寺。

大きな大仏が鎮座している。

その昔、松永久秀に焼討ちされた仏像である。

静寂と尊厳さが周りを包んでいる。

僧侶の数も多数見える。

古の昔からの、国家鎮護の大寺院である。

私、寺内を見て回っている。

観光客も多い。

ここでも、女子高生達が携帯電話を使っている姿が目につく。

誰かの携帯から、「アヴェ・マリア」の着信音が流れている。

私のN(女の声)「ここに、ロマノフ大佐の手記がある。それは、このようなものだった。

 

《(ボイス・オーバー)これは、あなたへのメッセージだ。それは、すぐわかるだろう。ある時、ある国、ある場所で、私たちはMC(マインド・コントロール)のある実験をしていた。そして、事件がおこった。あなたが、私たちの現地スタッフを殺したのだ。『この事件の犯人はあなただ』超モダンなミステリーだ。その動機も経緯もよく知っている。あなたは否定するだろう。当然だ。あなたには、その記憶はなく、リメイクされた贋の記憶が入っているからだ。そのあと、私たちはあなたを元の生活にもどした。しかし、あなたを裁く必要がある。あなたにとっては理不尽なことだが、仕方がない》

  アルチンボルドの『春』の騙し絵。

《(ボイス・オーバー)あなたは、このタイトルとライターのコンビネーションの“予告された殺人の記録 高原伸安”がキー・ワードになり、あなたをこの作品へ導いたとは思わないのだろうか? それとも、あなたがこの『予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編)』を味わっているのは偶然だろうか?(※巻末注11)私たちは、あなたに、あるキー・ワードで自殺する?プログラムを施しておいた。また、同時にそのいましめを解除するキー・ワードもセットとして挿入しておいた。ここまでいえば、なぜ私があなたにMCのことをしつこく話していたか理解できるだろう? もちろん、ここでいう“あなた”とは、この「予告された殺人の記録」を読むあなたであり、「予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編)」を観るあなたなのだ―》」


私のN「ここまで話が進んでくればあなたは、幾ら否定しようが、自分が私のいう被験者かもしれないということに気づくはずだ。あなたには、私の次の作品を観たり、聴いたり、読んだりしろ、と言っておく。そうすると助かると・・・。その中に魔法の鍵を潜ませている」


○京都タワー。

  ホテルの高層階の客室。

パソコンと携帯電話のそばに、台本が置いてある。

「予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編) 高原伸安」と読める。(※巻末注13)

また、パソコンのUSBには、NOが打ってあった『51212778716』。


○香織の夢。

  香織と私、黒田清輝の「智・感・情」の三位一体の屏風絵を見ている。

私「この絵は、『智・感・情』を表しているんじゃない。『過去・現在・未来』を表現しているんだ。世界の、三元素だよ」

香織「(不思議な顔をして)そうなの。人生を象徴しているってわけ? そのシンボル?」


○キャスト、協力会社等の名前が流れる。


○香織の想像。

過去の出来事。

保津川下りの舟乗り場。

  映画会社のスタッフと称する女性が、「これは映画の撮影で、エキストラをお願いします」とお願いしている。


○香織の想像。

過去の出来事。

  小学校の運動場。

  外国人らしき男たち(掃除屋と呼ばれているエージェント)が、死体をトラックに運び込んでいる。

証拠隠滅である。

すぐになにも痕跡もない元の姿に戻る。


○香織の想像。

過去の出来事。

  女性が、周りの人たちに(目撃者を含むに)「これは、映画のロケで、警察から許可も持っている」と、明るく説明している。


○1894年のゴーガンの畢生の大作。

女のN「この絵は、人間のアイデンティティーをあらわすもの言われています。人間が、永遠に追い求める大いなる謎(ミステリー)です」

  この絵画は、タヒチの原住民が描かれている。右には生誕の赤ん坊が、真ん中には老若男女の人々が、左には人生の終焉を迎える老女が描かれている。

女のN「“われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか”それは、私にもわからないことです」


○東京。

  超高層ホテルの客室。

  ここからだと、美しいネオンの海が一望できる。

  だれかが、日本の首都の夜を俯瞰しながら、ケイタイを弄っている。

未知の声「もし、もし」

  相手が出ると、名前を名乗り、エドガー・アラン・ポーの有名な詩を、原文で朗読し始める。

未知の声「Once upon a midnight dreary, ……Only this, and nothing more.'・」(※巻末注14)

  静寂。

私のN「あなたは私をだれだと思っているだろうか? 高原伸安、それともロマノフ大佐?」

  静かな時。

私のN「もしかしたら井上香織? ひょっとしてイワン? 私はだれであって、だれでもない」


○有名な、ユダの縊死の絵。

  そのイメージ。


○携帯電話の呼び出しのランプが光っている。


○どこかで、携帯電話の音が鳴っている。

女のN「あなたの携帯電話が鳴っています。あなたは、その電話に出ることができるのでしょうか?」


○字幕(テロップ)

  「昔、この世は善と悪、光と影で成り立っていた。今は、男と女の区別もつかない世の中だ。世界には、嘘と真が満ち満ちている」




巻末

※注.人の心を自由自在に操るマインド・コントロール。これは、現代科学をもってしても不可能だと思うだろうか? 心理面に後遺症がのこることや人体への副作用を無視したとしたら・・・。


※注2.『天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ』


※注3.現代の科学ではサブリミナル・メッセージは、効果がないといわれている。しかし、実際脳にどのような、影響を与えるかは証明されていない。効果がないという根拠は、あるテレビ局に協力してもらって、番組の中で1/24秒に1コマ、「このテレビ局に電話をしてください」というサブリミナルのコマーシャルを何回も流したけど、電話は一本もなかったというものと、ポップコーンの実験は一九五七年アメリカの広告マンのヴィカリーが行ったもので、後にウソだと告白しているというものである。この二つをもって、その証拠だと断言しているが、どちらも本当に効果があるかないかの証明にはなっていない。その証明は待たれるところである。ヒプナティズム(サブリミナル)文書とは一切関係がない。名前が似ているだけ。


※注4.『マトリックス レザレクション』。いかに映画オタクでも知らなくて当然なのだ。この映画が、公開されるのはズッと後なのだからー。もし、私に未来を予知する能力(ESP)があるなら、話は別で、簡単に説明がつく。注6も同じ。


※注5.ヒプティナシズム(サブリミナル)文書に、似たものとしてドイツ人作家のセバスチャン・フィツェックが『サイコ・ブレーカー』というミステリーの中で『アルツナー文書』として使っているが、あちらは架空のものである。しかし、ヒプティナシズム(サブリミナル)文書は、実在する。言葉のリズムやテンポが神経シグナルとして脳に刺激を与え催眠に誘うのだ。科学が想定外に発達した現代だからこそ可能なのだ。そして、こちらの『予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編)』は、ヒプティナシズム(サブリミナル)文書なのだ。だから、あなたは、すでに催眠にかかっている。


※注6.スクリーム4が公開された年は? そしてこの私と香織が会話している年は? 時代考証に間違いないのか? またはこのセリフを話す別の映画が存在して、この会話が成立しているのだろうか? 小説でも映画でも、与えられるものは受け入れなければならない。さもなければ、小説も映画も存在しないことになる。実際、スクリーム4は2011年の作品だし、私たちが会話しているのは200Ⅹ年(Xは1~9まで)だから、少し問題ではある。ギリギリアウトだ。これが、もしスクリーム1~3で、共犯者説でも述べるなら、許せるが・・・。このマジックは、いいトリックになる。ESP云々については、注4と同じ。


※注7.ハーヴァード大学教授。宗教象徴学者。


※注8.ロバート・ラドラムが生み出した最強の暗殺者。


※注9.ダン・ブラウンが書いた“インフェルノ”に出てくる“始末屋”というか“何でも屋”の組織をイメージしていただければいい。映画オタクならわかっていただけるだろう。


※注10.この映画の冒頭の部分と私と香織の再会シーンから、“高木清四郎”がペンネームで本名が“○○伸安”であることがわかる。香織が、先生と呼ぶかあなたと呼ぶかで、その距離が推し量れるというものである。要するに、時どきでその心は揺れ動いているといえよう。


※注11.『わが思ひ かくてあらずは 玉にもが 真も妹が 手に巻かれむを』ここで、man’sとなっていることに注目。


※注12.しかし、私は偶然を信じない。


※注13.『大烏』。エドガー・アラン・ポーの有名な代表作の詩。韻を踏んでいる。福永武彦訳が一番好きだ。ポオ詩と詩論(創元推理文庫)参照。Nevermore.


※注14.“予告された殺人の記録 ビギニング(シナリオ 京都編) 高原伸安”コンビネーションがMC(マインド・コントロール)のキー・ワードになっているのかもしれない?




※参考.『予告された殺人の記録』高原伸安著(一九九一年刊)ストーリーはまったく別。ロサンゼルスでおこる殺人事件に高原伸安が挑む! 被害者が握っていた美しいカトレアの花は、ダイイングメッセージか? 犯人は、読者(あなた)だという超モダンなミステリー。


※参考.『ポオ詩と詩論』 福永武彦訳他(創元推理文庫)

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