第4話 儚い命は経験値
「あの……。すみませんでした……」
俺は、サナさんが着替えて出てくるまで、脱衣所の入り口の横で正座をし、トメさんと一緒にサナさんを待っていた。
「いや、その……。私もこの時間だから誰もいないだろうと、入浴中の札をかけていなかったのも悪いから……。その……、私もすまない……」
サナさんがそう言う。しかし、なぜか先ほどから、こちらに目を合わせてくれない。やはり悪いことをしてしまった。
昨日のこともあり、とても気まずい。
「さてさて、それじゃあ早めに朝ごはんの準備しますかね。今日は移動が長いですから」
そういうと、トメさんは「ほほほ」と笑いながら、キッチンに向かっていった。
あのババア逃げやがった。
「サナさん、ほんとすみませんでした」
「いやいいんだ。本当に気にしないでくれ」
そう言いながら、やはり目を合わせてくれない。よく見ると、顔が少し赤い。何だろう、何か見てはいけないものを見たような顔をして……。あ……。俺はあの時の状況を思い出し、全てを察して考えるのをやめた。
「あの……。この話はやめにしましょう……」
「そうだな……」
俺もこの時、サナさんの顔を見れなくなっていた。
「あらぁ~」
廊下の角から、トメさんが顔を出し嬉しそうにしていた。
畜生あのババア!
「おう、お二人さんら。ずいぶん早いのう」
するとその後ろから、ゲンジさんが現れる。ゲンジさんは俺たちの持ち物と、サナさんの髪を見ると、笑みを浮かべる。
「ほ~う」
畜生このジジイもか!
「もうちょっと広い部屋を用意せんといかんかのう」
「ゲンジさんトメさんそろそろ怒りますよ」
「いやすまんすまん。前も言った通り、孫ができたみたいで楽しくてな。気を付ける」
素直に謝るゲンジさん。トメさんもしょんぼりとしているが、気を付けると言ってくれた。
「それじゃあ飯にするかのう」
俺たちが大広間につくと、すでに朝食の準備がしてあった。
まじか。じゃああの人、俺たちのとこから消えてすぐに、この状況にして戻ってきたってこと?
「やっぱすげえなぁ……」
俺はそう言いながら座布団に座る。
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
朝食は焼き魚にサラダ。こんな健康的な朝食はいつ以来だろう。
「そういえばですが、今日の仕事先まではどうやって行くのですか?」
「うむ、軽トラで行けばすぐじゃからそれで向かう」
サナさんの質問に、ゲンジさんがそう答える。
「え、あの車二人乗りじゃありませんでしたっけ?」
「荷台に乗ってもらう。荷台にはバフがかかっておってな。荷台の上にあるものに振動や風、魔法やモンスターから守ってくれるようになっておる」
「あーだから瓶が無事だったのか」
いやそうじゃなくて。なんでこんなとんでもない効果が付いてるんだ。創造神の加護なんて、よっぽどのことがなければ破られない。つまり、このトラックの荷台は、世界一安全な場所なわけだ。やっぱあの軽トラやばすぎるだろ。
「さて、朝食も食べたし、行くとするか。動きやすい服装でいったほうがいいぞ」
朝食を取り、食器を洗い終えた俺たちは、現場に移動するため、動きやすい格好に着替え、トラックに乗り込む。
「荷台から顔は出さんほうがいいぞ、バフがかかっているエリアもそんなに広くないからな」
そう言われた俺とサナさんは、気を引き締めて、荷台に乗り込む。すると、ゆっくりと動き出したトラックは、いきなりトップスピードまで上がり、あたりの景色が急速に変わる。
「きゃあああああああああああ」
サナさんが、あまりの早さに驚いたのか、悲鳴を上げる。
「落ち着いてください! 景色が変わってるだけです! 俺らには何のダメージもありません!」
俺がそういうと、サナさんは目を閉じ、大きく深呼吸をして、気を落ち着かせた。
サナさんが再び目を開けると、自分に何も起こっていないことを確認し、ほっと息をつく。
「すまないなシンリ、見苦しいところを見せたな」
「いえ、俺も昨日同じような反応をしたんで」
落ち着いたサナさんは、高速に変化する景色を眺めていた。飛び散る血や弾き飛ばされるモンスターに困惑していたが、次第に諦めたのか、静かに景色を見ていた。
「なんというか……。すさまじいな」
「正面から見るとさらにショッキングですよ……」
「そうか……。遠慮しておこう……」
「お二人さんら、もうすぐ着くぞ」
運転席の後ろにある窓から、助手席に座るゲンジさんが、報告する。ここまで三十分くらいしかかかっていないのにも、もう到着するようだ。
「わかりました」
少しすると、街が見えた。
軽トラは街を通り過ぎ、近くの山へと向かった。
「ここじゃな。お二人さん、もう降りても大丈夫じゃぞ」
軽トラから降りると、若い女性がこちらに走ってきた。
「ゲンジ様、トメ様。お待ちしておりました。遠方遥々ありがとうございます。おや、そちらのお二人は……」
どうやらこの女性の人は、ゲンジさんたちのことを知っているらしい。
「ん? クレハじゃないか、久しいな!」
「あ、サナさん! お久しぶりです! あれ、どうしてサナさんがゲンジ様たちと?」
「ああ、いろいろあってな」
どうやらサナさんの知り合いらしい。
「あの、サナさん。こちらの人は?」
「ああ。彼女はクレハ。私の一年後に入った後輩でな。シンリの先輩でもある」
「え⁉ あ、どうもおはようございます! シンリ・サーントです」
サナさんの言葉を聞き、俺は急いで挨拶をする。
「初めまして、クレハ・イナです。えっと、今はこの町のギルドの従業員をしてます。サナさんにはいろいろお世話になって、お仕事を教えてもらったり、私のミスをかばってくれたり、落ち込む私に膝枕してくれたり、えーっと」
「こほん。それくらいでいいだろう?」
サナさんが話を止める。膝枕の話は少し気になる。
「あ、そうでした。今からまだ忙しくなるのですぐ説明に入りますね」
そういうとクレハさんは、今回の仕事の説明を始めた。
「ゲンジ様とトメ様は、もう何回か行われているので存じているかもしれませんが、サナさんとシンリさんは初めてでしょうからお話ししますね。まず最初に行うことですが、山の動物やモンスターを避難させます。その後トメ様の力で、この山もろとも消し飛ばしてもらいます」
「動物の避難って具体的にどうするんですか?」
「はい、その辺はいつもゲンジ様が行われていらっしゃるのですが、「企業秘密だ」て言って、私も何が起こっているのかわからないんですよ」
その話を聞いた俺は、ゲンジさんのほうを見る。ゲンジさんは山を見つめ、険しい顔をしていた。
「シンリ、行くぞ。その方にバフをかけてもらえ」
「え? あ、はい。わかりました!」
「ゲンジさん、私はどうすれば?」
「ばあさんがボケないか見てておいてくれ」
「わかりました」
そういうとゲンジさんは、ゆっくりと山のほうへと入っていった。
「それでは身体強化のスキルを使いますね」
そういうとクレハさんは、こちらに手を向け、スキルをかける。バフ系のスキルは取得が難しいと聞く。
「すごいですね、バフスキルが使えるなんて」
「いえ、現役の冒険者様たちから見れば、大したものではありません」
「それでもすごいですよ、俺なんてステータスが低くて何も覚えれませんでしたから」
「そうでしたか……。あっでも、普通に仕事をしていても、ステータスは上がることがあるんですよ。もしかしたら、何か取得できるかもしれませんよ?」
そう言われた俺は、自分のギルドカードを取り出す。ギルドカードは、自分のステータスを見る時などに使われるカードで、スキルポイントの確認もできる名刺みたいなもの。別に持っていなくてもスキルは覚えられるが、自分でスキルポイントの数を覚えている人もいないので、大抵の人は持っている。ちなみに、レベルを上げない限り、スキルポイントが上がることはない。しかし、俺はギルドカードを見て驚く。
「レベルが……、上がっている?」
不思議なことに、レベル一だったはずの俺が、今確認するとレベルが五になっている。
「どういうことだシンリ。一人でモンスターを倒しに行ったのか?」
「いやいや、そんなはずないです。ここ最近倒したのは虫くらいですし……。あ、もしかして……」
「どうかしたのか?」
「サナさんのカードも見せてください」
まさかとは思い、サナさんのカードを確認させてもらう。すると、サナさんのレベル欄に十と書いてあった。
「どういうことだ? 私も一のままだったはずだが」
「サナさん。マンドラゴラの除草剤を撒いたのってサナさんですか?」
「ああ、半分くらいは私が撒いたが……。まさか」
「多分マンドラゴラがモンスター判定だったみたいですね……」
「そうだったのか……。いやでも、シンリのレベルが上がっていることについてはどう説明するんだ?」
「多分……、あれです……」
俺は、赤くなり、凹みまくったトラックを指さす。
「待ってくれシンリ、あのトラックってあんなに赤かったか?」
「ほら、いろいろ弾き飛ばしてたじゃないですか……」
「まさか!」
サナさんすべてを察したのか、声を上げる。どうやらゲンジさんは直していかなかったらしい。すると、先ほどから何が起こっているのかわからなく、困っていたクレハさんが声をかける。
「あの……、盛り上がってるところ申し訳ないんですが……、ゲンジさんを追わなくて大丈夫ですか? 一応バフもかけ終わりましたし」
「あっ」
そういわれて、本来の仕事を思い出す。俺はクレハさんに感謝をし、急いで後を追う。バフのおかげか、山を登っていたゲンジさんに、あっという間に追いついた。
「遅かったのう。何かあったのか?」
「いえ、少し話をしてまして」
「そうじゃったか。浮気はいかんぞ?」
「だからそういうのじゃないですから!」
そんな話をしていると、山の頂上付近につく。するとゲンジさんが、ポケットから何かを取り出す。
「何ですかそれは?」
「うむ。動物やモンスターを集めるものじゃ」
「すごい、そんなものも作れるんですね。それで、集めてどうするんですか?」
「まあ見ておれ」
ゲンジさんは前に手を出し、勢いよく下に下ろす。すると、その場所に切れ目が入り、こことは違う空間が広がりだした。
「何ですかこれ⁉」
「別世界への入り口じゃよ。人間のいない、動物だけの世界じゃ」
「別世界⁉ どういうことですか⁉」
「わしが作った世界じゃ」
その言葉を聞き、全身に鳥肌が立つ。
「わしら人間の都合で、居場所を失うということは、ここに住む生き物からしたら理不尽でしかない。なら、そういう理不尽が起こらない世界に連れて行ってやろうと思ってな」
すごいかっこいいことを言っている。トラックで理不尽にモンスターを轢き殺しているのを、黙認している人の言葉とは思えない。
「なんじゃその顔は? 環境が崩れるゆえ、全部の動物やモンスターを連れて行くわけにはいかん。当然理不尽を受けなきゃいかん者もおる」
実際そうなのだが、どこか言い訳のように聞こえる。
「ええい! もう始めるぞ!」
そういうと、動物やモンスターを集めるアイテムを使う。少しすると、多くの動物やモンスターが、こちらに走ってきた。
「うっわすごい数!」
するとゲンジさんは、集めるためのアイテムを、違う世界に続く穴の中に投げた。
集まってきた動物たちは、その後を追うように、穴の中に入っていった。
「これで全部入りましたかね?」
「いや、一匹めんどくさいのがおる」
「めんどくさい?」
険しい顔をしたゲンジさんが、来た道とは違う道を下り始める。少し降りると、小さな洞窟があった。
ゲンジさんは迷うことなくその洞窟へと入ってゆく。俺はそのあとを追って行くと、大きな祠があり、その目の前に、白いドラゴンが眠っていた。
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