第3話 止まるな止めるな殺戮軽トラ

「ふむ。なかなかに筋がいいのう。まあ今日はこれくらいじゃな」

「はい……、ありがとうございました……」

 おれは、弱々しい声で返事をする。あまりの情報量に頭がパンクしそうだった。

「それじゃあ、今からそれに乗って、泊まる準備をしてくるがよい」 

「え、今からですか⁉」

「今からじゃ。これ以上後になると、暗くなりすぎて危ないからのう」

 そういうとゲンジさんは、家の中で作業をしていたサナさんを呼び出し説明した。

 説明を受けたサナさんは納得し、助手席に座りシートベルトを着けた。

「それじゃあ、私の命預けたからな」

「怖いこと言わないでくださいよぉ……」

 俺は震える手でハンドルを握り、カギを回す。

「そうじゃ、言い忘れておったが、ここのボタンを押すと周りから見えなくなるぞ。移動の際は使うがよい」

「あ、はい。わかりました」

 あまり多くの人間には知られたくないんだろう。俺はボタンを押し、ギアを入れアクセルを踏む。ゆっくりと走り出した車は、次第に早くなり、あっという間に山を下る。トメさんの運転を経験した俺は、安全運転でハンドルを握っていたが、初めて乗るサナさんは、緊張からか、取っ手を握り、顔が固まってしまっていた。

 そんなサナさんから、なんとか家の場所を教えてもらい、家の前まで送る。

「ありがとうシンリ。みっともないところを見せてしまったな」

「いえいえ。新鮮でしたよ」

 少し顔を赤くし、照れるサナさん。ほんと、新鮮でかわいい。

「それじゃあ、準備ができたらここで待っている」

「はい、それじゃあまたあとで」

 俺はサナさんを降ろした後、自分の住む寮に向かう。寮についた後、物陰に車を隠し、自分の部屋へと向かう。俺は大きめのカバンに、着替えと歯ブラシ、数冊の本を詰め込み、寮を出た。

 荷物を荷台に置き、車に乗り込み、エンジンをかけスイッチを押す。俺は、サナさんの家の前まで車を出す。サナさんの家の前に到着すると、日が赤く染まりだす。俺は夕焼けを見ながら、今日のことを振り返る。

「すごかったなぁ……」

 あっという間で、濃い一日だった。

 今日からあんなのが毎日続くのか……。まさか、この車を運転させられることになるとは、思ってもいなかった。

「明日は何すんだろうな……」

 そっとつぶやく。俺はワクワクしていた。

今までの人生で、見たことも聞いたことのないものが知れる。冒険者になった気分だ。

そんなことを思っていると、家からサナさんが、荷物を持って出てくる。

「サナさんこっちです」

 俺はスイッチを押し、サナさんにも見えるようにする。こっちに気づいたサナさんは、こちらに来て、荷台に荷物を載せ、助手席に座る。

「すまない、待たせてしまったか?」

「いえ、俺も今来たとこです」

 俺は、サナさんがシートベルトを着けたことを確認し、車を走らせる。

「まさかこんな一日になるとはな」

「そうですね。でも楽しかったです」

「そうだな。この車の運転を教えられている時も、シンリは楽しそうだったな」

「え、そうでしたか? 割ときつくて大変だったんですけど」

「私は楽しそうに見えたぞ?」

「いやいや。俺なんてまだまだですし、楽しんでいられませんよ」

「そんなことはないさ。シンリは十分立派だ。そうじゃなければ、この仕事にお前を選んではいない」

 サナさんに褒められ、感動で、涙が出そうになる。しかし俺はそれをぐっとこらえ、感謝を伝えようとしたその時だった。

「うわ! なんだあれ!」

 道から子供の声が聞こえる。子供はこちらを指さし、驚いた顔をしていた。

「あっ! やばい!」

 俺は、押し忘れていたスイッチを押し、車を隠す。

「あれ、どこ行った⁉」

 子供は、急に消えた車に驚き、辺りをきょろきょろしていた。

「いや……、あの……。俺なんてほんとまだまだなんで……」

 俺は顔を赤くし、少し目を伏せる。

「ふふふ、そうみたいだな」

 サナさんは軽く笑いながらそう言う。俺は、笑うサナさんを見て、また顔が赤くなる。俺はゆっくりと、山道を登って行った。

 ゲンジさんたちの家に着くと、サナさんを降ろし、車を滝横の車庫に入れる。

「ふむ、なかなかに遅かったの。何かトラブったか?」

「いえ……。青春を謳歌してました……」

「……なるほど、そういうことか」

 どうやら、なんとなく察してくれたようだ。

「まぁ深いことは聞かん。それより明日は、バックのやり方を教えてやる」

「はい!」

 俺は荷台に乗った荷物を持ち、家のほうに向かう。すると、一匹の鳥がこちらに飛んできて、ポストに一通の手紙を入れていった。

 俺は手紙を取り出し、中身を確認する。

「ん? 二人宛ですね……。なになに」

 中身を確認すると、『明日、道路建設のため、山の解体を行います。その際の、山の動物の避難、解体をお願いします』、そう書かれていた。

「何の要件じゃった?」

 ゲンジさんが後ろから顔を出し、内容を聞いてくる。

「はい、山の解体するから手伝ってくれとのことです」

「ふむふむ。場所は?」

「北にあるシカナ町付近の小山だそうです」

 シカナ町は、今日行った隣町より遠く、馬車で向かおうとすると一週間かかる。まぁ、あの軽トラと今日のトメさんの運転なら、あっという間だろう。だが、あの軽トラも二人乗りだし、どうするのだろうか? まぁゲンジさんが、もう一台作るとかしてくれるのかな?

「わかった、準備しておく。とりあえず、中に入ろう」

 俺はゲンジさんの後を追い、家の中に入る。家に入ると、右奥へ進み、一番奥の一室の前で止まる。

「この部屋を使うといい」

 ゲンジさんはそう言い、襖を開ける。そこは、俺が住んでいた時の寮より少し広い空間が広がる。部屋の角には小さい机と座布団、その横に敷き布団がたたまれていた。

「うっひゃぁ……」

 あまりの豪華さに唖然とする。前ほど荷物がないこともあり、さらに広く感じる。

「この入り口の襖を閉めれば防音になる。閉め忘れには気をつけることじゃ」

 まじか。

「奥の障子を開けば表から見える縁側に繋がっておる。そっちもきっちり閉めない限り防音としては働かん。荷物を置いたら付いて来てくれ」

 そう言われた俺は、荷物を置き、ゲンジさんの後を追う。玄関から正面の廊下を歩く。

「ここが風呂じゃ。男女は分かれておらんから気を付けなされ」

 中を確認すると、社員寮と同じほどの大浴場があった。

 木製の作りで、木のいい香りが広がる。

「ひっろ! これ、掃除とかどうやってるんですか」

「その辺も作る時に考えてな。汚れたりカビができたりしないようにしたから、基本掃除はしておらん」

 もう何でもありだなこの爺さん。

「洗濯物は、脱衣所のところに入れる場所があるから、そこに入れてくれ」

「わかりました」

「さて、ある程度教えたし、飯の準備もできとるじゃろう」

 場所を教えてもらった俺は、夕食をとるために、大広間に向かった。

 大広間に到着すると、豪華な料理が並んでいた。

「え、なんですかこれ」

「これからしばらく共に過ごすお祝いですよ。ささ、座って座って」

 トメさんにそう言われ、俺は座布団に座る。隣に座るサナさんも、困惑した様子だ。

「あの、前の人にもこんな感じに?」

「ええ。でも今回は、ちょっと特別ですよ」

「特別?」

「ええ、あっちの世界にいた時の孫があなたにそっくりでしてね。孫が彼女を連れてきたみたいで嬉しくなっちゃって」

「ぶふぁ!」

 俺は飲んでいた水を思わず吹き出してしまう。なんてことを言うんだこの人は⁉

「トメさん。あの……、私とシンリはそのような関係では……」

 サナさんが、戸惑いながらもトメさんにこたえる。間違ってはいないが、少し悲しい気持ちになった。

「そう……? でもとってもお似合いだと思うの!」

 トメさんが、とっても若々しく見える。普段ボケているくせに、こういう時に限ってボケとか一切なく聞いてくるんだ。

「これこればあさん。お相手にも順序というものがあるから、あまり深くは聞いてはいかん」

 とか言いつつ、ゲンジさんの声も、ものすごく弾んでいる。

「ゲンジさん楽しんでません?」

「そんなことはない」

 俺の質問に即答で答えるゲンジさん。もうちょっと寡黙で、こういうことには興味ない人だと思っていたのに。その後、食事が終わるまでいじられ続けられた俺たちは、互いに顔を合わせることも恥ずかしくなり、すぐさま部屋に戻り、布団に潜った。


 翌朝。早い時間に寝たせいか、ゲンジさんたちが起きる時間よりも、早く目が覚めてしまった。

 俺は、昨日風呂に入っていないことを思い出し、タオルと着替えを持って風呂へ向かう。ゲンジさんの話曰く、滝から水を汲み、沸かしてここに貯め、使ったお湯は、浄水して山に戻しているらしい。そのための機械は常に動いているから、朝でも夜遅くでも風呂にはいれるらしい。もう旅館でも開いたらいいんじゃないかな。

 そんなことを思いながら、俺は脱衣所に入り、服を脱ぐ。

「脱いだ服はあの籠の中だっけ?」

俺は脱いだ服を、女性用の黒い下着が入ったカゴに……。

「えっ⁉︎」

 俺は驚き、持っていた服を落としとっさに後ろに下がった。誰もいない脱衣所で、全裸のまま頭をフル回転させる。

「落ち着け、落ち着くんだ俺」

 昨日の夜、俺とサナさんは風呂に入らずそのまま寝た。

 つまり、この下着はトメさんの物の可能性もある。それに時間はまだ朝の四時。昨日の疲れもあるだろうから、さすがにまだ寝ているはずだ。俺は確認のため、他の荷物置き用のカゴを見渡す。すると一箇所に、着替えが置かれている場所があった。

まずい!

俺は落ちている服を拾い、置いた荷物を取りに行こうとしたその瞬間。

ガラガラ。

「ん?」

「あっ」

 浴場から出てきたサナさんとバッタリ出会してしまった。

 互いに全裸のまま。隠す場所も隠さずに。

「な……なな! なぜシンリがここに⁉️」

「うわああああああああごめんなさいいいいいいい」

 体を隠し、驚くサナさんを見て、俺は謝りながら荷物を持ち、すぐさま脱衣所から出ようと扉を開ける。すると扉の前で、中の様子を覗いていたトメさんと目があった。

「あら」

「うわああああああああああ」

 思わぬ人物がいて、再び声を上げる。

「何してんですか!」

 俺はトメさんに問いかける。

「いえ、サナさんがお風呂に行かれた後に、シンリさんがお風呂に行かれたので、何か面白いことが起きそうだなと」

「なんで言ってくれないんですか⁉︎」

 というか、こういう時に限って、ボケておらずしっかり名前が合っている。こういう状況以外でもそうであってほしい。

「あの……。早く出ていってもらえるかな……」

 その様子を見ていたサナさんが、恥ずかしそうにそう言った。

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