第2話 新たな日常は創造以上

 翌朝、午前四時。日も昇っていないこの時間に俺は、まだ誰もいないギルド前にいた。

 日が昇っていないからか、はたまた夏に入っていないからか、この時間の外はジャージ姿では寒かった。

 五分程すると、声がかかる。

「お待たせシンリ。待たせてしまったな」

「いえ、俺も今着いたとこですから」

 そこには、運動着姿の部長がいた。

 運動用のタイツにハーフパンツ。長袖のジャージにリュック。普段仕事着しか見ていない俺にとっては、新鮮な光景だった。

 よくよく考えると、この辺の服装も、トメさんたちの世界のものなんだろうか?

「部長、寒くないですか?」

「大丈夫。少し肌寒いくらいだが、すぐに熱くなるさ」

 そういいながら部長は、軽くストレッチをしだした。

「それと部長はやめてくれ。サナでいい」

「ええ⁉」

「どうしたんだ、そんなに驚いて。これからしばらくはギルドとは関係のない仕事だからな、部長と呼ばれるのは筋違いというものだ」

 そうは言われたものの、今まで部長としか呼んでこなかった憧れの先輩を、いきなり呼び捨てにするのはいかがなものか。

「えっと……、よろしくお願いします。さ……サナさん」

「呼び捨てで構わないぞ?」

「いえ、さん付けでお願いします……」

 部長改めサナさんは、不思議そうに首をかしげたが、「君がそう言うなら」といった感じで、納得してくれた。

「さて、行くか」

「はい!」

 俺は置いてあったリュックを持ち、トメさんたちの住む山を登り始めた。


 山道を歩くこと三十分。俺とサナさんは、マニュアルに描かれた地図をもとに、山道を歩いていた。

「なかなかにしんどいですね、この道」

「あのご老人たちは毎日この道を歩いているのか……。すさまじいな」

「ぶちょ……サナさん。あまり無理はしないでくださいね」

「大丈夫だ。私とてそんな弱くはない」

 疲れを紛らわせるため、話をしながら歩き続ける。

「そういえば。シンリはなぜこの仕事に?」

 ふと、そんなことをサナさんから聞かれる。よくよく考えてみれば、俺がこの仕事に就いてから三年、サナさんとこんなくだらない話をすることもなかった。

「あー……。まぁいろいろあったんですけど。表で戦って活躍するよりも、裏で役に立ちたかったんですよ。そりゃ確かに、冒険者にも憧れましたけど、ステータスの関係であきらめたんですよ」

「……そうだったのか。すまない。辛いことを聞いたな……」

「いえいえ大丈夫ですよ! 別にサポート役として冒険者になれないこともなかったんですけど、俺的にはやっぱ事務仕事が似合ってるかなぁって思ってここに来たので!」

 暗い顔をするサナさんにフォローを入れるべく、少し早口になって説明する。

「そうなのか?」

「そうですよ! それとギルドの入り口に、スタッフ募集って貼り紙があったので、それが決め手となって、こんな俺でも助けになればなぁって」

 ギルドの入り口に貼ってあった、スタッフ募集の貼り紙。貼り紙に堂々と『人が足りない! 助けて!』、と書いてあったことと、そこに書いてあった涙目のミニキャラに衝撃を受け、入ろうと決めた。同情心が沸いたというのが本音だが、行ってることの大半は間違ってはいない。

「貼り紙? ああ、私が描いたやつだな」

「あれ部長が描いたんですか⁉」

「そうだぞ。あの時期は隣町への派遣や、結婚での退社だったりで人員が減りすぎてな。本当にぎりぎりだったんだ。それと、また部長呼びになっているぞ」

「あ、すいません」

 まさかあの貼り紙を描いていたのがサナさんだったなんて。となると、あのミニキャラもサナさんが。

「どうしたんだ、そんな顔をして」

「いえ、サナさんにもそういう一面があるんだなと」

「どういうことだ?」

「あの貼り紙に描かれてたキャラを思い出しまして。今のサナさんを見てると、あんなのをかけるなんて想像つかなくて」

「失礼だな。私を何だと思っているんだ」

「いや、すみません」

 仕事の鬼と呼ばれているサナさんの三年前。そりゃ確かに今に比べたら偉くもないだろうし、仕事は忙しくても、今ほど効率は良く動けてなかっただろう。そう考えると、三年前のサナさんも見てみたい。

「今となっては、仕事が忙しくてまったく描けてなかったが、絵はうまいほうだぞ。今度シンリも描いてやろうか?」

「いいんですか⁉」

「ああ。失敗しても喜んでくれそうだからな」

「ひどい」

 俺はどんな風にみられているんだろうか。そういえば、この仕事に配属される時、サナさんが俺を選んだって言っていたな。ある程度の信頼は得られてるってことでいいんだろうか?

「ふふ、冗談だ。ちゃんと描いてやるから安心しろ」

 そんな話をしていると、木に囲まれた大きな滝と、小さな湖が見えてくる。

「あれじゃないですかねたぶん」

「そうみたいだな。滝の横に家がある」

 まさか山の山頂付近に、こんな大きな滝があるとは。太陽も昇り始め、滝の水に光が反射する。

「すごいきれいですね……」

 思わず声がこぼれる。湖の周りには家が一軒あり、その横に畑があった。

「あらあら。よく来たわねぇ」

 景色に見とれていると、すでに起きて、畑で作業をしていたトメさんが、こちらに向かって声をかけてきた。

「おはようございますトメさん。今日からよろしくお願いします」

「はい、よろしくシンギさん。シャラさんもいらしたんですね。よろしくお願いします」

「すみません。自分シンリです」

「私も。サナです」

 絶妙に惜しい。自己紹介の時に聞き間違えたのか、はたまた純粋に歳によるボケなのか。マニュアルには何も書いていなかったが、もし後者なら、嫌な予感しかしない。

「あら? そうだったかしら。ごめんなさいねぇ、ここ最近聞き間違いがひどくて」

「いえいえ、大丈夫っす」

 よかった、どうやらただの聞き間違いのようだ。俺は少し安心し、胸をなでおろす。

「そうだ、よければさっき採れたニンジン持って行って。採れたてだからおいしいわよ」

「い、いえ。私たちはまだ仕事に来たばかりですし」

 そう言って拒むサナさんに、トメさんは意地でもニンジンを渡そうとしてくる。実家で見たことある光景だな。

「おやおや、シンリさんにサナさんじゃないですか。わざわざこんなとこまですみませんのう。こればあさんや、お相手も困っておるじゃろう」

 ニンジンでもめていると、それを聞きつけたゲンジさんがやってきた。

「あ、俺たちは大丈夫ですよ。ニンジンは俺が持っておきますね」

 この場を収めるため、とりあえず俺がニンジンを預かることにした。

「あらそう? じゃあハイどうぞ」

「ありがとうございます」

 俺は、ニンジンの影も形もないマンドラゴラを受け取り、カバンに……。

「うをわあああああ⁉」

 俺はパニックになり、叫び声をあげる。その叫び声に反応し、こちらを見たゲンジさんが、俺の手にあるものを見て声を上げる。

「くおおおおらババア! 何度も言っておろうが! それはニンジンじゃなくてマンドラゴラじゃ! 毎回処分しとるのにどこから引っ張り出しとるんじゃおどれは!」

「何言ってるんですかジジイ! これはただのニンジンだって言ってるでしょう⁉ ボケ始めたのは構いませんが、客人の前ではやめてくださいな!」

「ボケ始めとるのはどっちじゃアホンダラ! そのマンドラゴラが生きとったら客人は死んどるんじゃぞたわけ!」

 喧嘩が始まってしまった。

 俺は気絶したマンドラゴラを持ったまま、どうすればいいのかわからずたじろいでいた。

「あの!」

 サナさんが声を上げる。その声に驚き、みんなの視線がサナさんのほうへ向く。

「朝食にしませんか?」


「いやぁ、見苦しいところを見せてしまったな。申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。それより、私にも何か手伝えることは?」

「いやいや、サナさんたちは座っててくださいな」

「あの……、このマンドラゴラはどうすれば……」

 ゲンジさんたちが、朝食の準備をしている間、俺たちは座布団に座り、何をすればいいのかわからない状況にいた。

「ああ、儂が預かります。本当に申し訳ない」

「あ、大丈夫です。マンドラゴラって実物初めて見ましたし」

 俺がゲンジさんにマンドラゴラを渡すと、ゲンジさんは家を出て行った。

「とりあえず私たちもできることを探すか」

「そうですね。まずは」

 俺はカバンからマニュアルを取り出し、仕事内容を見る。まず書かれていたことは、「ポストを見て、仕事依頼が入ってたらそこへ行け」、といったものだった。

「じゃあ俺ちょっと見てきます」

「ああ頼む。私はトメさんの手伝いをしてくる」

 俺は玄関から出てポストを探す。すると、玄関から三メートルほどの場所に、ポストが二つ佇んでいる。二つのうち片方は、配達用と書かれており、俺はもう一つのポストの中を見る。

 中には一枚の紙が入っており、中身を取り出し、内容を確認する。

「えーっと……。ゲンジさん宛か。なになに」

 中身を確認すると、隣町からの依頼で、『酒用の瓶五百本求む』と書いてあった。

「ゲンジさんこんなのも作っているのか……」

 俺は手紙を確認して、家のほうを向く。

「おー」

 改めて見ると、なかなかにでかい家だ。木造平屋建てで、横に五十メートルほどある。縁側もあり、管理も大変そうだ。

「でかすぎないかこれ……」

「そう思うじゃろ」

「おわぁびっくりしたぁ!」

 いつの間にか、後ろにいたゲンジさんに驚く。昨日今日で驚いてばっかりだな。

「ははは、驚かせてすまんのう。この家はな、儂たちがここにきて初めて建てた家なんじゃよ」

「ほへ~……。ちなみに何年前です?」

「二百年前じゃ」

「二百年⁉」

 つまりこの建物は築二百年。その割には、まだ建てられて、何年もたっていないような貫禄だった。

「この家は儂が創造神の力を得て、一番最初に造ったものじゃ。最初じゃったから儂の望んだような家にしようと思ったら、力みすぎてしまってのう。傷つかない、風化しない、ドラゴンが突っ込んでも壊れないバカでかい家になってしまったのじゃよ」

「そんなものも造れるんですか⁉」

 なんて人だ。家を建てる時にはゲンジさんにお願いしようか?

「まぁ儂は、これ以外に家を造ろうとは思わん」

「え、どうしてですか?」

 これほどの家があれば、みんな安全に暮らせるはずなのに。

「人が努力することを諦めるからじゃ」

「?」

「子供の宿題を全部親がやると、子供のためにはならんじゃろう? そして、親にやってもらっていると、子供は自分でやらなくてもいいと思うようになる。答えを渡すのではなく、そのヒントを与えるのが今の儂たちの仕事じゃと思っておる」

「なるほど……」

 俺は、町のある方角を見る。あの町も、何百年をかけ、出来上がった町だ。ゲンジさんたちの教えや手助けもあったろうが、作り上げてきたのは俺たちのひい爺さんより前の人たちだ。人間が成長できるように考えているんだな、この人は。

「さて、ポストの仕事はどちら宛じゃったかのう?」

「あ、はい。ゲンジさん宛で、酒瓶を五百本とのことです」

「ふむ、場所は?」

「隣町の『カリブ』という店です」

「おおカリブさんか。承った。朝食をとったら取り掛かろう」

 内容を伝えた俺は、ゲンジさんと一緒に家の中に入る。靴を脱ぎ、大広間に向かうと、机の上には、白米に味噌汁。魚に漬物が人数分置かれていた。

 なぜだろう。メニューは一般的な朝食だが、これまでになく美味しそうに見える。外の景色が見えるのも関係しているのだろうか?

「それじゃあいただきましょう」

 みんなが席に座り、手を合わせ、食事をとり始める。

「うっま! なんだこれ⁉」

 俺は、口に運んだ白米の味に、目を見開く。水加減がちょうどよく、米を噛むたびに旨味が増す。

「ほんと……。いったいどのような調理方法で?」

 米の旨さに、サナさんも驚いていた。

 何か特殊な調理方法があるのだろうか?

「炊飯器で炊いただけですよ」

 トメさんが、その炊飯器というものを指さして言う。

「あれもトメさんたちの世界の?」

「うむ。儂が作った」

 ゲンジさんが、魚の骨をきれいに抜きながら話す。

「いいなぁ……。俺も欲しい……」

「このくらいなら、儂も普及してもいいと思ったんじゃが、如何せん技術に差があってのう。衣服や建物の作りは儂らの居た世界のものに近づいてきてはいるが、機械に関しては、この世界で代用できる物がまだ作られてなくてのう」

 なるほど。その後のゲンジさんの話によると、ゲンジさん達の居た世界の機械でできることは、この世界ではスキルやアイテムでどうにかなってしまうらしい。スキルでも、似たようなことができるらしいが、人が調整しているため、味も日によって変わってしまう。

「まぁあれじゃよ、機械によるところも大きいが、経験で美味くなる作り方を知っているのもある」

「「なるほど」」

 そんな話をしていたら、机の上には空になった食器だけが残っていた。

「ごちそうさまでした! とってもおいしかったです!」

「私も、これほどにおいしい朝食は初めて食べました」

「あらあら。また今度作り方教えてあげるわね」

 俺たちは食器を片付けながら、食事の感想を話す。

「さて、それじゃあ仕事に移るかのう。お二人さん少しついてきてもらえるか?」

「「はい」」

 俺たちは玄関を出た後、滝のほうへ向かって歩き始めた。

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